第2話 いらないのなら下さい

 サーリアの容姿を見て、エルフだと美也子は思った。

 勇人がよく見ているアニメに登場するので、その存在は知っている。

 幻想上の種族が目の前にいることに美也子は衝撃をかくせない。

 指先が勝手にわなわなと震える。


 サーリアは美也子の顔を見て、にこりと微笑んだ。

 その笑みを見て、美也子はどこか見下されている気分になった。


「高橋美也子さんですね。お初にお目にかかります。わたくしはサーリアと申します。ファーリア王国で宰相と騎士団長をつとめております」

 サーリアは再び自己紹介し、深く頭をさげる。


「お、お姫様……」

 美也子はサーリアの可憐な容姿を見て、そう言った。サーリアのもつ気品は貴族とか王族がもつもだと美也子は思った。その圧倒的な存在感に美也子は終始圧倒されていた。


「はい。せんえつながらファーリア王国の王位第一継承者でございます」

 笑顔のまま、サーリアは言った。


 ファーリア王国なんてきいたことないわと美也子は思った。ヨーロッパの知らない国だろうか。


「いいえ、わたくしはこの世界の住人ではごあいません。そう、あなたがたが言ういわゆる異世界の住人なのです。美也子さん、あなたに話があり、はるばるこの地にまいったしだいです」

 サーリアは右掌を豊満な胸にあてた。

 その例えようのない迫力に負け、美也子はサーリアをリビングに通した。

 お姫様を玄関に立たせたままではいけないと思ってしまったのだ。


「感謝いたします」

 サーリアは礼を言い、通されたリビングの椅子に座る。

 エルフのお姫様と対面していることに美也子の脳の処理能力は追いつかない。

 お姫様に失礼があってはいけないと紅茶を出してしまった。

 これでは歓迎しているみたじゃないのと内心、美也子は思った。


「ありがとうございます……」

 サーリアは優雅な所作で紅茶を一口飲む。

 その動作ひとつっひとつが優雅であった。


「早速ですが、本題にはいってよろしいでしょうか」

 真剣な目つきで、サーリアは言う。

 あまりの真剣さに美也子は気後れしてしまう。


「は、はい……」

 美也子はサーリアの迫力に圧倒されっぱなしだ。


「それは勇人様のことです」

 サーリアは美也子の瞳をみつめる。

 こころなしか勇人の名前をいうとき、目が潤んでいるように美也子には見えた。


 エルフのお姫様が夫になんのようだろうか?


「簡潔に説明いたしますと勇人様はかつて我々の世界を魔王の手から救った勇者なのです。魔王を倒したあと、元のこの世界に戻られました。わたくし共は勇者である勇人様に我らの世界にとどまっていただくようにお願いしたしましたが、あの方は帰ってしまわれました」

 そこでサーリアは一口、紅茶を飲む。


 勇者とか魔王とか、まるで勇人が好きなアニメやゲームの話みたいだと美也子は聞いていた。その話はあまりにも荒唐無稽すぎて、なんだか他人事のように美也子には思えた。

 あのお使いもろくにできない無能な夫が異世界を救った勇者ですって。どうにも理解に苦しむ。


「わたくしは正直に言いますと勇人様を慕っておりました。共に魔王と戦った仲間というだけでなく、一人の女としてあの方を想ってしたのです。しかし、勇人様はこの世界にもどられました。失礼だとは考えましたが、わたくしは魔法の水晶であの方の様子を時々見ていたのです。勇人様が幸せならこの気持ちは諦めようと……」

 そこでサーリアは一呼吸つく。

 キッと肌がいたくなるような視線をサーリアは美也子にむける。

「あなたはおっしゃいましたね、あんな人いらないと。美也子さん、いらないのなら、わたくしに下さりませんか?」


 ここでついに美也子の頭はパニックの極致に陥った。たしかにSNSにこんな旦那いらないと何度も書き込んだことがある。

 だけど、それは愚痴の延長のようなものだ。

 本気でそう思ったわけではない。離婚していないのがその証拠だ。

 それが絶世のと形容しても足りなぐらいの美女がいらないのなら下さいと言いにくるなんて。そんなことは夢にも思ってみなかった。


 そのときガチャッという音がした。

 誰かが部屋の中に入ってきたのだ。

 それは仕事に行っているはずの勇人であった。


「あ、あなた……」

 見慣れたスーツ姿の勇人を見て、美也子は安堵した。

 夫の勇人にこのわけの分からないことを言っているサーリアとかいう女を追い返してもらわないと。こんなに騒いだら、有人が起きてしまう。


 勇人は美也子とサーリアを交互に見る。

 サーリアは勇人に見られて、その白磁のような頬を桃色に染めた。

 美也子は本能的に感じ取った。

 サーリアのその表情は惚れている女の顔だと。


「懐かしい魔力を感じて、転移魔法で帰ってみたらリアじゃないか」

 勇人は言った。

 リアという愛称らしきもので呼ばれたサーリアはその笹の葉の形をした耳の先まで赤く染めていた。

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