猶予は消えて
「わたしも、あんな恋してみたいなあ」
陽菜は大粒の涙を目に溜めながら言った。
優香もうなずいているのを見るに、これが一般的な感想なのか、陽菜と優香の気が合うかの二択だろう。
「綺麗ですよね、ああいう恋」
「だよね。現実なんてもっと欲望と打算に溢れてる」
「それはちょっとわからないですけど」
陽菜の過去の苦い経験からくる言葉が、優香はわからなかった。
そもそも優香に恋愛の経験はほとんどない。なぜなら、昔から春人のことしか見えていないから。
対して陽菜は、自己肯定感の低さから、告白はほとんどオーケーしていた過去があるので、現実的な恋愛の経験は豊富だ。
互いに経験は違えども、綺麗な恋に憧れるのは変わらない。これが女性の性とでも言うべきものなのかもしれない。
必然的に、優香と陽菜の会話はかなり盛り上がる。
「わたしの知る限りでは、そういうものに一番近いのは春人くんだよ」
春人は陽菜の言っている意味がわからなかったが、おそらく高い評価を受けているだろうことはわかったので、喜ぶ。
「ねえ、もしもわたしが、春人くんと付き合いたいって言ったら、どうする?」
その言葉の意味はさすがに理解できた。
しかし、理解できたからと言って受け入れられたというわけではなく、なぜ陽菜がそんなことを言ったのか、しばらく戸惑う。
「待ってください陽菜さん、抜け駆けはずるいです。春人、わたしも春人のこと好き。だから、春人と付き合いたい」
続くのは優香のストレートな告白。
薄々予想できていたことではあったが、まさかこのタイミングで、しかも二人同時にとは思わなかった。
「ちょっと、すみません、考えさせてほしい」
春人の動揺はかなりのもので、それを察したのか優香と陽菜はいったん口を閉じた。
考えたいとは言ったものの、春人の心はもうすでに決まっている。
願わくば、どちらと付き合うこともせず今までみたいに曖昧に幸せな生活を送りたかったが、そうはいかないらしい。
猶予期間は、もう終わりだ。
「僕は―—」
優香と陽菜が、息を呑んで春人の姿を見守る。
「ずっと前から、優香のことが好きだ」
言い切った。
三人とも、長い息を吐く。
覚悟と、歓喜と、悲哀。
一人を選ぶということは、他を切り捨てるということ。
「ごめんね、春人くん。こんな選択を迫っちゃって」
最初に謝罪したのは、陽菜だった。
「陽菜さんが謝ることは、なにも。むしろ僕の方が」
声の震えが隠しきれない。
優香はそんな春人を涙ながら見守る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます