映画

「ちなみに僕は、映画泥棒の広告を見るために映画館に来ている」


 春人が唐突に意味の分からないことをほざいたので、優香と陽菜は彼をじっと見つめる。


 冗談で言ったつもりではあったが、どうやらそう受け入れられてはいないようで、本当にドン引きした目を向けられていて、さすがに説明しようと口を開く。


「映画泥棒の広告を見るためっていうのは冗談だけど、でもこれだいぶ面白くない?」


「どうだろ。わたしはそんな風には見てないけど」


「たぶん春人がおかしいんだと思う」


 割と真面目に春人の意見が正面から打破されて落ち込む。


 再び釈明しようと思ったタイミングで映画館の照明が落ち、釈明の余地なく春人は黙り込んだ。




「最後、有くんは幸せだったのかな」


 陽菜は軽く涙を流しながら、登場人物について語る。


 優香も、涙を流すわけではないが、余韻を味わいながら陽菜と語り合っている様子が見られる。


 春人はといえば、あまり積極的に感情を表に出すことはしないが、感動を胸に秘めている。


「この後、お昼ごはん食べよう」


「わかりました。どこにしますか?」


「わたし寿司食べたい」


 優香の意見に全員賛成し、一行は寿司屋に向かうことに決定。


 向かった先の寿司屋は、映画の余韻とは程遠く俗っぽい騒々しさに溢れる場所だった。


 先ほどまで映画の余韻に浸っていただけに、現実に引き戻されるのはなかなかつらいものがある。


「隣に春人がいるから、別にいいんだけどね」


「急にどうしたの」


 優香が突然発した言葉を聞き、春人の頭には疑問符が浮かぶ。どういう意図なのか。


 陽菜はといえば、それに同意するかのように首を縦に振る。春人だけ完全に置いてけぼりを食らっている雰囲気だった。


「あ、わたしたち案内されてる」


 前の画面と番号札を見比べて陽菜が提起すると、二人はそれについていく。


 席の前まで案内され、座ろうかというタイミングで問題が発生した。


「わたしと優香ちゃん、どっちが春人くんの隣に座るか」


 春人からしてみればそれは大した問題に思えなかったが、二人にとっては大問題らしかった。


 二人の合議が始まり、春人はしばし立たされることとなったが、自分の隣がそれほどほしいのかと思うと悪い気はしない。


 話し合いの末、優香と陽菜が隣り合って座って、その向かい側に春人が座るという構図に決定。


 そこから話題は映画の話に戻った。

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