お泊まり

「春人、今日泊まっていい?」


「別にいいけど、なんでそんな唐突に」


 春人は訝しく思い、優香に訊く。


「やっぱりこういうところから差をつけていかないと」


「なんの差だよ……」


「やっぱり、陽菜さんに春人を取られるのは嫌だからさ」


「その『さ』のことは訊いてないけど」


 優香は真面目に答えたつもりだったが、春人が鈍感だったからか、冗談かと捉えらえてしまう。


 優香は頬を膨らませる。


「春人全然わかってない」


 春人はなんのことか全くわからなかった。しかし、自分がなにかまずいことをしてしまったという事実には気づく。


「ごめん。よければ説明してくれない?」


 春人が知ろうとしたことを評価し、優香は寛大な措置を取った。


「つまり、春人とお泊まり会をして既成事実を作っちゃおうってこと」


 優香の衝撃発言に、春人は瞠目した。


 そういうことを言うのは陽菜だけだと思っていたのに、優香もそういうことを言い始めた。


 別にそれが嫌というわけではないが、昔とは変わってしまったことを、時間の流れを実感する。


「じゃあ、今日泊まっていくね」


「わかった。でも、自分の布団は自分で出してね。手伝いくらいはするから」


「んー、まあ必要ないかな」


 床で寝るのか、と春人は内心で思う。


 しかし実際は優香はそんなに甘くなかった。


「春人の布団で寝るから」


 現実逃避。昔は一緒に寝たこともあったよなあと古の記憶を呼び覚ます。だがそこで自分たちが高校生であり思春期である事実を再認識。


「それは優香が嫌でしょ」


「わたしは春人と一緒に寝たいよ」


 ふと優香の方を見やると、彼女は目を輝かせている。


「後悔しても知らないからね」


「後悔しないし」


 そこまで言うなら、と春人はうなずく。


 春人だって、優香と寝るのが嫌なわけではない。ただ少し、緊張してしまうような気がしただけで。


「春人くん、優香ちゃん、お帰り」


 二人が学校から帰って陽菜の部屋の扉を開けると、陽菜が出迎えた。


「今日は紅茶あるよ。二人とも、飲む?」


「わたしは砂糖多めにしてください」


「僕は砂糖少なめで」


 陽菜がキッチンから紅茶を持ってくる。


「ほら、注文通り」


「ありがとうございます」


「ありがとうございます」


 二人は各々陽菜に感謝し、カップに口をつける。


「今日はなにかあった?」


 春人が学校での出来事を語る。


 その表情が、家にいる時より自然と緩む。


 それを見てか、優香も同じように笑った。

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