やーいやーい夫婦ー

「最近やけにからかわれることが多いんだよね」


 世間話をするような調子で、優香は春人にそう告げた。


「からかわれる、って?」


「なんかこう、わたしと春人の仲を夫婦って呼ぶ、みたいな」


「陽菜さんにも夫婦みたいって言われたし、からかってるんじゃなくて思ったことを言ってるだけなんじゃない?」


 春人の指摘はごもっともで、実際夫婦みたいだとからかわれることもあるが、優香にとって問題はそれではなかった。


 春人がかなり消極的な人間だということで、老いた夫を介護する老婆のように思われているらしい。


 春人の消極性は優香も前から気になっていたことであり、しかし直接告げるほどの内容でもないということで、春人への言葉は胸のうちに秘める。


 だがなにも気にならないというわけでもない。


 もしかしたら自分は嫌われているのではないかという考えが脳裏をよぎることもある。


 周りからは夫婦みたいだと言われているのに、もし自分が春人に嫌われていたら、周りからどんな目を向けられるだろう。春人はどう思うだろう。


「じゃ、またあとで」


「うん、またあとで、優香」


 こっそりと胸の内に隠した不満は、何年も持ち続けただけあって、結構肥大化していた。


 それこそ、一人で抱えきれずに陽菜に相談するくらいには。


「でもわたし、春人のことはどうしても好きなんです。どうしたらいいんですか?」


「別にわたしも恋愛経験が豊富ってわけじゃないし、どちらかと言えば失敗したタイプなんだけど」


「失敗?」


「わたし、三人に振られてるから」


 さらっと告げられた衝撃の事実に優香は衝撃を受け、自分の配慮不足を痛感した。


「ごめんなさい、わたし--」


「いやいや、大丈夫。もうそんなに気にしてないことなの」


 それは嘘だった。


 陽菜は今この瞬間までずっと彼ら三人に振られたことを気にし続けている。


 未練があるというわけではないのだけれど、今の人格に多大な影響を与えている。


 具体的には、陽菜が自分の魅力は豊満な身体しかないと思っているのは、彼ら三人に繰り返し言われ続けたためだ。


「で、なんだっけ。春人くんが消極的すぎるんだっけ」


「そうです。どうすればいいですかね」


「春人くんなら、直接言えば--」


 陽菜はそのアドバイスを口に出しかけてやめた。


 陽菜は、いい人だと思っていた人が想像より怖い人で、気になる点を指摘したら怒り始める、という状況に陥ったことが何度もあった。


「いや、直接言わない方がいいかも。さりげなく気づかせることが出来ればいいと思うんだけど……」


「さりげなく、ですね。ありがとうございます、意識してみます」


 優香はぺこりと陽菜に頭を下げた。


 優香は別に陽菜が嫌いというわけではなく、春人が陽菜にあんなことやこんなことを教えられるのが嫌なだけだ。だから、それ以外の場面では素直になる。

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