I♡春人
少年時代の春人は、優香にとって少し頼りなかった。
二人は物心がついたころにはお互い既に今の家に住んでいて顔見知りだったが、その頃の春人は優香からは気弱な少年のように映った。
春人から遊びに誘うことはなく、優香が遊びに誘えば必ずついてくるが、春人はあくまで受動的だった。
優香の春人への認識が変わったのは、中学二年の夏だった。
夏休み、春人が優香に誘われるがままにショッピングモールに映画を見に行ったことがある。
春人が映画の前にトイレを済ませようと席を立ったとき、タイミングよく現れた男たちがいた。
「姉ちゃん、可愛いね。俺らと一緒に来ない?」
実際に自分に迫る、自分よりも遥かに体格のいい男たちに、優香は怯んでなにも言えない。
「えっ……」
優香が言葉に詰まると、ここぞとばかりに男たちが距離を詰める。
「俺たちの奢りでいいからさ、いい店知ってるんだよね」
優香は一歩後ろに下がる。
「なにしてるんですか」
聞き慣れた、でもいつもより硬い声が、男たちの視線の対象を優香からずらした。
つられて優香も男たちと同じ方を見ると、親の顔より見た、頼りないはずの幼馴染がそこにいた。
「兄ちゃんには関係ないでしょ」
「僕、その子の幼馴染なんですけど」
「興ざめだな。おい、帰ろうぜ」
一人が声をかけると、他の男たちも追従するようにふらふらと優香から離れる。
「優香、大丈夫?」
放心状態の優香に、頼れる幼馴染が声をかける。
優香ははっと我に返る。
「う、うん、大丈夫。助けてくれてありがと」
「このくらい当然。優香が無事ならよかった」
そう言いながら春人が見せた優しい笑顔に、優香はようやく胸を撫で下ろす。
「映画、見に行こ」
春人が優香の手を取り、優しく引く。
頼りなく貧弱だと思っていたその手が、思っていたよりも大きく温かく、優香は少し緊張する。春人は確かに強くなっている。
「とまあ、そんな感じでそれから進展なく今に至るって感じなんですけど」
「そこまでやっといて、春人くんなにもしてないってこと?」
「まあ、そう言うことになりますね。相変わらず春人がわたしを誘うこともほとんどないですし」
「でも、優香ちゃんはまだ春人くんのことが?」
「春人は面倒くさいからわたしのことを誘わないわけじゃないってことはわかってるんです。わたしに気を遣って、あえて誘ってないんだと思います」
陽菜は考え込む。
春人はあまりに受動的で、例えば陽菜が話だけ聞いたとしても好きになることはないだろう。でも実際のところ、陽菜は春人に惹かれている。
「わたしとしても不思議なんですけどね」
優香の言葉に、陽菜は無言で頷く。
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