第14話。椿綺の本性
「遅いな……」
私はケータイで時間を確認しながら呟いた。今日は早く帰ると言っていた
「よくあるんですか?」
私が顔を向けた先では制服姿の
「いや、いつもなら連絡があるはずだ」
「……心配ですね」
来夏が起き上がった。
「弁当屋さんって、近くなんですよね。私が一走りして、まだ働いてるか見てきましょうか?」
確かに私が出て白雪お入れ違いになった時、来夏しか家に居ない状況はややこしくなる。しかし、来夏の提案が正しいと理解しながらも、私は自分の選択を優先したかった。
「悪いが、待っていてくれないか」
「わかりました。待ってます」
私は白雪のことを迎えに行くことにした。
弁当屋に行くのは二度目だが、日が暮れても迷うことはなかった。私は自宅から真っ直ぐ、弁当屋まで歩いてきた。
「もう営業時間は過ぎてるな……」
店の明かりは付いていたが、扉には鍵が掛かっていた。店内に人の姿は確認出来ず、仕方なく裏に回ることにした。
「……っ」
角を曲がろうとした時、人の声が聞こえた。
「見てよこれ。手作りだってさ」
私は顔を出す前に立ち止まった。
「アイツ、入った時から店長に可愛がってもらってるよね。こんなお菓子までつくちゃって」
「変な物でも入ってるんじゃないの?」
その会話が妙に気になった。
しかし、心のどこかで耳を塞げと告げる声が聞こえた気がした。まだ確証があったわけじゃない。なのに、私の胸騒ぎが収まらなかった。
「でもさ、アイツも馬鹿だよね。店長が手作り食べれないって言ったら信じちゃって。代わりに私達にくれたんだから」
「誰がお前の作った物なんて食べるんだよって話だよね」
私は再び歩き出した。
そして、そこにいた人間の手の中に見覚えのある袋があったことを確認すると。私の感情が酷く逆撫でされた。
次の瞬間、私は駆け出していた。
私は拳を握り、袋を持っていた女の前まで近寄った。そのまま勢いをつけたまま、女の顔に向かって拳を突き出した。
「……っ!」
しかし、寸前のところで避けられた。
どれだけ感情的になろうとも、私は心のどこかで冷静でいようとする。その結果が甘えた攻撃になったのだろう。自分のことながら、情けない話だ。
もう一度。今度は拳を握らずに腕を振って、その勢いで女の顔を殴ろうとした。
「なんだ……」
だが、またしても私の手は届かなった。
「
私の腕を掴んでいた男。それは以前、私が話をした人間。店長で間違いはない。
「私に触れるなッ!」
掴まれていない方の肘を使って男の腕を殴る。男の手が離れた瞬間、私は飛び込み、女の体を押し倒した。
せめて一度でも殴っておかないと気が済まない。
男に止められる前に一度だけでも。
「椿綺さん!」
しかし、またしても男に腕を掴まれ、引き離される。その間に女達は私から距離取り、容易に近づくことは出来なくなった。
その事実に私の感情はますます溢れてしまう。
「お前は誰の味方なんだ!」
私しかいない。私しか、白雪を守れない。
「わたしは白雪さんの味方ですよ!」
「……っ」
その言葉が私の全身から熱を引かせるようだった。冷静だからこそ、男の言葉を理解してしまった。
「お二人の会話は最初から聞いていました」
男が私に小さな機械を渡してきた。
「レコーダーか……」
「今回の件に限らず。以前から白雪さんに対して、お二人が行っていたことは知っています」
男の言葉で先程まで困惑の表情に満たされていた女二人が、不意に理不尽を押し付けられ、抗う人間の顔をしていた。
「元はと言えば、あの女が悪いじゃんか!」
「白雪さんがアナタ達に何かしましたか?」
「仕事はろくに出来ないくせに、店長にはいい顔しようとして。私達があの子の後始末、どんだけやらされたかわかってんの?」
私は頭を抱えたくなった。白雪が元凶だと言われたら、私は納得するのだろう。初めからこうなるとわかっていたはずだ。
それでも私が愚かな行動をとったのは、少しでも問題を大きくして白雪に同情する人間を増やす為だ。それこそが私が冷静でいたことの証明になるだろう。
後は、この男が上手くやってくれるかどうか。
「それは……」
いくら同情する心があっても、現実を突きつけられれば言葉も詰まるだろう。もう少し、この男が自分の立場を忘れて、白雪の為に何かをしてくれたのなら。私は信用をしてもよかったというのに。
本当に残念だ。
「白雪は普通の人間とは違う」
だから、私はすべてを壊すことにした。
白雪を傷つける世界なんて必要ない。
「お前達の意見は至極真っ当なものだ。白雪は何度も同じ失敗をするし、すぐに人を頼る。人との距離感を誤っていて、自分でも気づけない」
私は白雪のダメな部分をたくさん知っている。
「でも、白雪は感謝の気持ちを忘れたりはしない」
私は女の手にある袋を指さした。
「そのお菓子。白雪は全員分作っていた」
白雪は店長が受け取らなかったから、彼女達に渡したわけじゃない。初めから同じ物を渡すつもりだったから、白雪は彼女達にお菓子をあげたのだろう。
感謝と謝罪の意味を込めて。
「……っ」
背後から伸びた腕に視界を遮られた。私は腕を掴んだが、引き離しはしなかった。ただ、その震える手に触れていたかっただけだ。
「なんで、勝手なこと言っちゃうのかな」
それが白雪の声だとすぐにわかった。
「みんな。ごめんなさい」
白雪の謝罪。それはきっと、これまで白雪がやってきたことと私が暴れた分も含められているだろう。もう、白雪も色々と諦めていたのかもしれない。
「私は仕事を辞めます」
私が白雪の覚悟に口を挟む理由はない。
だから、黙っていた。
「白雪さん。待ってください」
私は白雪の腕をずらして、様子を見る。
「わたしは白雪さんのことを初めから知ってました」
予想もしなかった話に私は驚いた。
「白雪さんは覚えていないと思います。でも、わたしは白雪さんと同じ学校に通っていました」
「え……」
白雪の抜けたような声。どうやら、白雪も知らなかったようだ。
「なんとなく、白雪さんの事情については知っていました。でも、卒業まで白雪さんと関わることが出来ず、卒業をした後も白雪さんのことが気になっていたんです」
この男は初めから白雪を知っていた。だから、どれだけ白雪が失敗を繰り返しても、辞めさせようとはせず。今まで続けさせていたというのか。
「自分の店を始めてから、白雪さんと再会をしたのは偶然かもしれません。でも、白雪さんと初めて話した時、わたしは確信をしました」
ああ、この男は。そうなのか。
「ずっと、白雪さんのことが好きでした」
こんな結末、誰が予想しただろうか。
もし、白雪が彼を受け入れたら。私が白雪の意思に介入することは出来なくなる。それはつまり、今までの関係ではなくなるということだ。
私は白雪の顔を確かめた。
「……っ」
白雪の雪のように白い肌が、赤く染った頬を引き立たている。それを見ただけでも、白雪が満更でもないことがわかってしまった。
「お二人には申し訳ないですが、白雪さんを辞めさせるくらいなら。お二人を追い出すつもりです」
恋は盲目というが、この男は店の未来よりも白雪を選んだ。そんな人間は愚か者だが、それも仕方ないのだろう。
「アホくさい。だったら、自分で辞めるし」
彼女達は立ち去ったが、最後まで白雪から貰ったお菓子の袋は手に持っていた。
白雪の思いは少しは報われたのか。
「椿綺。お姉ちゃんは怒ってるよ」
「ああ」
「大切な妹には、誰も傷つけてほしくない」
誰も傷ついていない。と口にしようとしたが、店長の男は腕を押さえていた。私が殴った時に痛めたのか。
「……すまなかった」
それは誰に対しての謝罪だったのか。
自分でも、わからなかった。
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