第13話。灰の跡
「ここに居たのか」
学校の昼間休みの時間。教室に居ない
「
保健室に足を運んでみれば、来夏は椅子に座っていた。てっきりベッドで休んでいるものだと思っていた。
「これ。よかったら食べないか」
私は袋を来夏に渡した。袋の中身は昨日、
「これって、手作りですか?」
来夏は開けた袋の中を覗き込んでいた。
「ああ」
「誰が作ったものですか?」
「私と私の姉だ」
来夏は袋からクッキーを取り出して口にする。
そのまま来夏はクッキーをこぼさないように丁寧に食べているが、来夏の質問が気になった。
「何故、誰が作ったか聞いた?」
「私、人の手作りが食べられないですよ」
「ん……今、食べてるじゃないか」
「椿綺さんが特別だからです」
手作りが食べられないか。確か人の握ったおにぎりが食べられない人間がいると聞いたことはあるが、お菓子等も含まれるのは知らなかった。
衛生的な感覚というよりも、他人から口にする物を貰うという行為そのものが苦手なのか。来夏の考え方は否定しないが、普通の人間はただのクッキーを疑ったりするだろうか。
「待て、来夏は私の姉を知らないはずだ」
「そういえば会ったことないですね」
「なのに私の姉を信用するのか?」
「私が信用するのは、椿綺さんだけです。もし、このクッキーに毒が入っていたら、私は椿綺さんに裏切られたと思いますよ」
そういうことか。あまり友人らしいことをやってこなかったが、来夏には信用されていたのか。
なら、もう少し来夏に踏み込んだ質問をしても許されるだろうか。
「ところで、来夏は何故、保健室に居る?」
「頑張って登校してみたけど、教室に着く前にギブアップした感じです」
来夏が精神的に参っている理由。葬式での出来事ことは来夏なりには納得していたはずだ。だとしたら、他に何か別の理由があると考えるべきか。
「あれから何かあったのか?」
私の質問で来夏はクッキーを咥えたまま停止するように動かなくなった。しかし、無駄なことだと気づいたのか、来夏は一気にクッキーを食べた。
「椿綺さん。不快な話は好きですか?」
「好きな人間がいると思うか」
「ええ。いると思いますよ、世の中には」
来夏は出逢ったことがないようだが、私は該当する人物を知っている。そいつは不快な話が大好きな人間だ。そういう人間に限って、簡単に死なず、しぶとかったりする。
「話せ。私は気にしない」
変人の影響を受けたわけではないのでが、不快な話かどうかは結局は自分次第だ。よっぽどのことが無ければ、私が気分を害すことはない。
「わかりました」
真面目な話をする為か、来夏は手に持っていたクッキーの袋を傍に置いた。いつものように感情の浮かばない来夏の顔から、いったい何が語られるのか。
「それは葬式が終わった後のことです」
私と来夏はあの場で解散した。
「私は真っ直ぐ家に帰りました。すると、その日の夜にとある人物が家を訪ねて来ました」
「誰が来た?」
「──さんの母親です」
それは来夏をいじめていた女子高生の母親だ。葬式の日に人目も気にせず土下座をしていたが、わざわざ来夏の家を訪ねたということは、何か起きたのだろう。
「来夏の家を教えていたのか?」
「いえ。どうやら、学校に聞いて教えてもらったみたいです。今回は事が事ですから、学校側も伝えたようです」
個人情報などど言っている場合ではないか。下手をすればいじめが明るみになり、学校側も責任を負う可能性もある状況で、加害者の母親の行動を遮るのは難しいだろう。
「私が扉を開けるなり、謝罪の言葉を向けられました。葬式の時よりも追い詰められているような顔をしていて、私も思わず気迫に後ずさりしました」
自分の娘が亡くなっただけでも、普通の人間なら精神的にキツいはずだ。その状態で被害者の家に一人で足を運んだのは、まともとは言えないだろう。
「その時です。私の父親が帰ってきました」
来夏は父親と二人暮しをしていると言っていたが。
「当然、あの人は私の父に対しても謝罪の言葉を向けました。ですが、父が快く受け入れるはずもなく、事態は最悪の方向に転びました」
来夏の表情が暗くなったように見えた。
「……父は慰謝料を求めました」
「慰謝料……それはまた……」
謝罪の言葉よりも、金銭のやり取りで解決する方が確実ではあるが。そんな状況でまともな話し合いが成立するとは思えなかった。
「あの人はすぐには用意出来ないと答えました。すると、父は慰謝料の金額を減らす代わりに別のモノを要求しました」
「いったいなんだ?」
来夏は両手で自らの顔を隠した。きっと、手の下にある表情は何も変わっていないのだろう。それでも、大事な言葉を吐くには必要なことだ。
「体ですよ」
話の流れで、予想はしていた。
とても正当な要求には思えないが、まともな精神状態にない人間からすれば。それが正しいと思い込んでしまう場合もある。
来夏の言い方からしても、その要求は受け入れられたのか。自分をいじめていた相手の母親と実の父親がそういった行為をするのは、娘としては複雑だろう。
「私は邪魔だからと家を追い出されました。行く宛もなかったので、一晩中さまよってました」
来夏は顔から手を外したが、特に変わった様子はなかった。
「何故、私に連絡をしなかった?」
「昨日は今よりも酷い顔だったからです。椿綺さんに見られたくなかった。それだけですよ」
来夏は朝から保健室に居た理由が判明し、不快な話の意味もわかった。ただ、私からすれば他人の母親がどうなろうと関係はなかった。
「来夏は一回で終わると思ってるのか?」
「続く、でしょうね。繰り返されるほど、私も慣れると思いますよ。止める理由もありませんから」
それは大きな火種だ。何か一つ間違えば、大きな炎となり、周りのモノを巻き込みながら、破壊し尽くすだろう。
来夏はそのことに気づいているのか。
いや、知っていたとしても、来夏には止める方法が無いのかもしれない。父親の暴走を止められる力が来夏にあるのなら、こうして悩んだりはしない。
「しばらく、私の家に泊まりに来ないか?」
「……優しくすると、懐きますよ」
「それは困るな。ただの宿の代わりと思ってくれ」
「椿綺さんにメリットがありますか?」
メリットか。確かに私はメリット、デメリットを考える人間だ。しかし、今、来夏を繋ぎ止めようとする理由があるとすれば、私が心のどこかで来夏を友人として認めているからだろう。
「知り合いが弱っていく姿を見たくない」
「椿綺さん、優しいですね」
「……私が弱らせたと思われたくない」
「それでも、優しいですよ」
来夏が手を差し出してきた。
「椿綺さん。お願いがあります」
「なんだ?」
「私と友達になってください」
今の来夏が背負っているものは、以前よりも圧倒的に減っているだろう。かつての私が来夏と友人とならなかったのは、自分にとってあまりにもデメリットが大きく感じたからだ。
「私のような変人と友達になりたいのか?」
「今なら、椿綺さんに迷惑をかけずに済みそうですし。初めから、その気はありましたよ」
まだ来夏の重りがすべて消えたわけではない。
それでも、私は来夏の手を握った。
「来夏。私にとって……私の人生において、最も優先するべきことは姉である白雪のことだ。だから、今は他人を気遣う余裕はあまりない」
「お姉さんのことが好きなんですね」
「……ああ。私は白雪を愛してる」
その時、来夏は呆れた顔をしていた。
「椿綺さんって、平気で愛なんて言葉を口にするんですね」
私の何かを見破られたわけではない。それでも来夏が感じているのは、私の本質的な部分だろう。
「私が愛せるのは家族だけだ」
家族を愛せても、自分のことは愛せなかった。
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