第12話。白雪の包帯
葬式から帰ってきた後、私はベッドに顔を伏せていた。気持ちの悪い感覚が心に残り続け、今は指先ひとつ動かしたくない気分だった。
「
そんなことをやっていれば、
まだ制服から着替えておらず、臭いが残っていたのかもしれない。自分ではよくわからないが。
「葬式に行ったからな」
「え、もしかして、親戚の人が……」
「違う。クラスメイトの葬式だ」
亡くなったのが親戚だったら、白雪を連れて行くだろう。少なくとも、母親側の親戚は大半が白雪のことを可愛がってくれている。
「亡くなったの?」
「ああ。交通事故でな」
制御を失った車に突っ込まれたらしいが、一人が亡くなり後の二人が重症ということだ。つまり、他に被害は出ていない。
たまたまそこにいたから彼女達は巻き込まれたのだろう。事故以外の要素を疑う理由はなかった。
ただ、運命という程の出来事かはわからない。
「そっか」
その声は嫌なことを思い出させる。
昔、誰かの葬式に行ったことがある。ただ、会場を借りてやるような大きなものではなく、親しい人だけが集まるような小さな葬式だった。
子供ながら、私は人の死を目にして、何も感じなかった。しかし、白雪はしばらく一人で眠れなくなるほど、人の死に怯えていた。
「……白雪。たまには一緒に寝るか?」
「お姉ちゃん、もう子供じゃないよ」
白雪がベッドに近づく足音が聞こえた。
私は白雪を見ずに枕に顔を伏せたままにした。
「服、着替えないとシワになるよ」
「疲れてるんだ」
私の脚に白雪が手を置いた。白雪の指先が肌に触れ、私の靴下を引き剥がす。両方の靴下を脱がされると、今度は腰の辺りに白雪が触ってきた。
全部、白雪に任せようかと考えたが、そこまで怠惰になる必要はない。私は白雪の腕を掴んで止めた。
「私も子供じゃない」
この疲労は私の中にある他人に対する警戒心が原因だ。心の中で線を引いて、そこに誰も踏み込ませない。
それに白雪も含まれている。
「はあ……」
私は座り直して、白雪の顔を見た。
「……なんだ、その顔は」
白雪が顔の半分ほどに包帯を巻いていた。
「顔に油が跳ねちゃって。ちょっと火傷した」
「病院には行ったのか?」
「うん。痕が残ったら大変だからって、店長さんが連れて行ってくれた」
「にしては、大袈裟に見えるな……」
よく見れば、包帯が雑に巻かれている気がする。
「本当は薬を塗っただけだよ。でも、痕を人に見られるのが嫌だったから」
白雪は他人に注目されることを避けている。軽い火傷なら、包帯を巻いている方が注目されると思うが、そこまで考えているとは思えない。
「包帯を外せ」
「わかった」
白雪が包帯を外そうとして引っ張る。しかし、思ったよりもしっかり巻いていたのか、手こずっていた。
「白雪。顔を近づけろ」
白雪が顔を寄せ、私は白雪は頭の包帯に手を伸ばした。一つ一つ包帯を外そうとしたが、何故か白雪が私の体に抱きつこうとする。
「白雪」
「まだ触ってない」
「だったら、何がしたいんだ」
包帯を外し終わると、白雪の顔を確認する。
「どこを火傷した?」
「この辺のはず」
白雪が指さした辺りを見てみると、確かに少し赤くなってる気がする。ただ、火傷と言われなければ気づけないほどだった。
確かにこれなら薬を塗るだけでも、問題はなさそうだ。こんな状態の人間が病院に来れば、医者も頭を抱えるだろうな。
「痕、残ってる?」
「少し赤いな」
私は白雪のひたいをデコピンした。
もちろん、火傷をしてない部分を狙って。
「痛っ……椿綺、なんでデコピンするの……?」
「お前は馬鹿なのか。この程度、適当な薬でも塗って、数日も経てば治っていただろ」
「だって、私が大丈夫って言っても、無理やり連れて行かれて……」
白雪を病院に連れて行ったのは、店長とか言っていたか。断りきれない白雪も悪いが、ことを大きくした人間にも原因があるだろう。
ただ、相手が白雪を心配しただけならいいが。私はいまだに白雪に対して下心があるのではないかと疑っていた。
同性であり、妹である私が白雪を綺麗だと感じているならば。他の人間は私の何倍も白雪の評価を高く付けているだろう。
「白雪は自分のことを話したか?」
「ううん。何も話してないよ」
白雪の視線が一瞬、動いたように見えた。
「本当に何も話してないか?」
「嘘、本当は話した。でも、話したのはお姉ちゃんと椿綺の生活のことだけ」
白雪が同情されているわけではないのか。
「両親が家に居ないことは?」
「話したよ。でも、お父さんは仕事だし、お母さんは実家に帰ってるだけだから」
家庭のことに関しても、同情されるような状態でないことは伝わっているのか。母親のことは勘違いもされそうだが、私や白雪が本気で望めば母親も帰ってきてくれると知っている。
「……仕方ない。一応、お礼はしておくか」
「石鹸セットでも買うの?」
「そうだな。しかし……」
私の考え通りだと、単純な物を送るよりももっと相手が喜ぶ物に心当たりがあった。だが、それは余計な手助けをすることになるのではないか。
「手作りのお菓子を渡すのはどうだ?」
「椿綺って、時々乙女だよね」
「私は現役の女子高生だが」
「そういうところが、乙女っぽくないよ」
あまり高額な物を渡しても相手に気を使わせてしまうだろう。白雪という人間の評価を下げない為にも、家庭的な印象を与え、なおかつ値段を抑えた物を渡せばいい。
「さてと。さっそく作るか」
私はベッドから離れようとしたが。
「待って。椿綺が作るの?」
「そうだ。私が作った物を白雪が作ったことにすればいい」
「それはダメだと思うよ」
私が作ろうが、白雪が作ろうが同じ物が出来るだけだ。キッチンを白雪に汚されるくらいなら、自分で作るべきだと考えた。
「白雪。私は料理に愛情を込めるというものが最も理解出来ない。つまり、心のこもった物も同じだ。誰が作っても、結果が変わらないなら、効率的にやる方がいいだろ」
白雪が私の両肩を掴んで顔を左右に振った。
「ちっがーう!」
全力で否定をされたのは久しぶりだ。
「大きな声を出さないでくれ」
「そんなこと言ってるから、椿綺には彼氏が出来ないんだよ!」
「それは関係ないと思うが」
恋愛に興味が無い私自身の問題だ。
「じゃあ、椿綺はお姉ちゃんが作ったお菓子とお父さんの作ったお菓子どっちが食べたい?」
父親を何かの比較に出すのは可哀想だからやめてほしいところだ。白雪に悪気があるわけではないと思うが。
「父親」
「なんで!」
「白雪。あの男はあれで、お菓子作りが趣味だ。小さい頃はよくケーキも作ってくれていただろ?」
「圧倒的女子力!お姉ちゃん、お父さんが作ってたなんて知らなかった!」
私がそれに気づいたのは偶然だ。父親からは恥ずかしいから白雪には言わないで欲しいと頼まれたが、てっきり白雪も気づいているものだと思っていた。
「とにかく、誰が作ったかが重要なんだよ」
「理解は出来ないが、わかった」
私は父親から料理とお菓子作りを教わったが、白雪は何も知らないだろう。適当に手を貸して、白雪が作ったことにすればいい。そうすれば本人も納得するだろう。
「ところで、お菓子って。何作ればいいの?ポテトチップス?」
「ああ。それでいいと思う」
「椿綺。今のは冗談のつもりだけど」
「すまない。本気で言ってるのかと思った」
結局、私は白雪と一緒にクッキーを作ることにした。家には適した道具もあり、レシピ通りに作れば苦労することもないだろう。
まさか、白雪とお菓子作りをする日が来るとは思ってもいなかった。白雪が最後にキッチン立ったのは自らの足に包丁を落とした時だ。それから白雪がキッチンに立つことは無くなったのだから。
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