第11話。灰の代償
いつもと同じ学校。
今日も平和に一日が終わるのだと誰もが思っていた。しかし、普段は明るく振る舞っている教師の落ち込んだ顔を見た時から、嫌な予感はしていた。
「──さんが、亡くなりました」
その名前を聞いて私は驚いた。
私と同じように驚いている人物が隣の席にいる。
教師から詳しい話はされなかったが、後から担任に聞いた話では女子生徒が亡くなった原因は交通事故だったそうだ。
机の中に入れていたケータイ。いつもは
ケータイを確認すると、メッセージを送ってきた相手は
「葬式、か……」
教室に居る生徒のどれだけが、彼女の葬式に行く気だろうか。親しくなくても、同じクラスというだけで葬式には行く人間もいるだろう。
しかし、意外なのは来夏が行くと言ったことだ。
メッセージで葬式があるなら、私と一緒に行きたいと来夏から届いていた。私が行く理由は何一つ無かったが、来夏の頼みを断るつもりはなかった。
葬式の日。
一応、制服を着てきたが、ちらほら見かける同じ学校の生徒も制服を着ている。学校に通うこと以外で制服を着る機会があるなんて思わなかったが、慣れるものではないな。
それに葬式ということもあり、知らない大人達も集まっている。私にとって、大人とは尊敬するべき相手ではなく、警戒すべき存在だった。
これまで何人の大人が白雪に不快な目を向けただろうか。同情すらも、白雪にとっては不要だ。なのに大人は無駄に力を持っており、子供である私が歯向かうには苦労も多い。
「
「ああ……少し、人混みが苦手でな……」
周りの人間が全員、敵に見えていれば余計な気も使ってしまう。だから、大人の集まるような場所は昔から苦手だった。
「どうして、来てくれたんですか?」
「私は来夏があの女の葬式に出る理由を知りたかったからだ」
「そんなの。お友達だからですよ」
お友達、か。来夏をいじめていたグループのリーダーだった女子生徒が事故で死んだ。その取り巻きだった他の女子生徒二人も事故に巻き込まれたようだが、一命は取り留めたようだ。
そのうちの一人は、以前、私と会話もしたことがある彼女だった。私なりに気を使って、そっちには見舞いに行ったが、ろくに会話もなかった。
事故に遭ったことで自らの行いを悔いて、真っ当な人間として生きることが出来ればいいが。来夏は彼女達が生き残って、どう思っているのだろうか。
「来夏さん」
私と来夏は会場には後から入るつもりだった。
しかし、私達の目の前に喪服姿の女性の現れた。
何処か見覚えがある顔をしているが、思い出せなかった。来夏の反応を確かめる為に私は顔を逸らそうとしたが、先に女性が動き出し、頭を地面につけていた。
「来夏さん。ごめんなさい」
近くにいた大人達が数人ほど女性の傍に集まってきたが、ただならぬ様子に何も出来ないようだ。私達も何が起きているのか、理解が出来ずに困惑していた。
「すみません。アナタ、誰ですか?」
来夏が当然の疑問をぶつけた。
「──の母です」
それは来夏をずっといじめていた人間であり、交通事故で亡くなった女子生徒の名前だ。目の前にいる女性がその女子生徒の母親だというのなら、頭を下げる理由が嫌でも理解してしまう。
「どうして、私に謝るんですか?」
「……娘が亡くなった後、あの子の持っていたケータイを見ました。ケータイの中には来夏さんに対する……様々な……」
そういうことか。あの女子生徒はいじめの記録をケータイに残していた。それが死後、母親に見つかり。まともな人間である母親は被害者である来夏に頭を下げて、謝罪をしているのだろう。
女性は涙に声を震わせ、心から来夏に謝っている。女性のことを知らなくても、それが本心であることが伝わり、私まで感情の渦に巻き込まれそうだった。
「もう、どうでもいいですよ」
しかし、そんな女性に対して、来夏の返す言葉は呆気なかった。今さら取り戻せないモノの方が多いことくらい、私にもわかっている。
加害者は亡くなり、被害者が残った。
それが今ある事実だ。
「……すみません、お願いします」
来夏は嫌な空気に耐えられなくなったのか、周りにいた大人達に声をかけて女性を連れて行ってもらうことにした。
また私と来夏と二人きりになるが、先程とは反対に来夏の方が疲労を浮かべた表情をしていた。
「あれでよかったのか?」
来夏は青空に目を向ける。
「私、あの子が死んだと聞いた時、嬉しかったんです。ずっと私のことをいじめていた人間が、運命に引き寄せられたように罰を受けた。それって、凄いことだと思いませんか?」
「ああ。偶然にしては出来すぎているな……」
しかし、あれは偶然が重なった結果。引き起こされた事故だとわかっている。来夏が言うように運命の存在を信じても、おかしくないような出来事ではあったが。
「でも、あの子の母親に謝ってほしいわけじゃなかった。あの人は自分の娘を事故で失って、十分な罰を受けた。なのに、私がさらに罰を与えるなんて、出来るわけないですよ」
「来夏にはその資格があるはずだ。人間の命一つで来夏が受け続けた理不尽のすべてが清算されというのなら、話は別だろうが」
私には与えられる罰が不十分に思えた。
加害者に与えられた罰は人間としての終わり。彼女は他者を害することで、自らの欲を満たすような人間ではあったが。その行いの罰として考えるならやり過ぎだと考える人もいるだろう。
だが、彼女の行いで何度、来夏という人間の心は殺されただろうか。人間としてのカタチを保っていたとしても、中身が伴わければ、それは死んでいるのと同じだ。
「私は椿綺さんほど、合理的ではないのかもしれません」
「……来夏は、あの女に同情したのか」
あの女も泣き脅しをするつもりなんて微塵もなかったのだろう。それでも、来夏の心に響いてしまったのは、あの女が本来持つ人間としての優しさを感じてしまったからか。
「私にはお母さんがいません」
「……ああ。知っている」
「お母さんは私が小さい頃に家を出て行って、今はお父さんと二人で暮らしています。だから、母親って存在がいまいちわかりません」
来夏はあの女が伏せていた地面に視線を向ける。
「でも、あの姿を見た時に、私は羨ましいと感じてしまいました。ああ、これがお母さんなんだと。わかって……余計に辛くなりました」
来夏には、来夏の家庭の事情がある。
もし、私が来夏の家に生まれていたら、来夏のような考え方になっていた可能性は十分にあった。
「来夏。あれが特別母親らしいだけで、他の人間が同じだとは限らない。実際に私の母親は娘二人から離れ、実家にずっと引きこもっている変人だ。母親らしいことなんて、何もしてはくれない」
私も母親のことを嫌っているわけじゃない。ただ、母親として見れないだけで、人間としては好きな方だ。
「それでも、やっぱり。羨ましいです」
その時、来夏は泣いてるわけではなかった。
地獄のような長い日々から解放されたというのに来夏の笑顔は戻らなかった。もう、何もかも手遅れだったのか。
「椿綺さん。そろそろ行きましょうか」
「そうだな」
それから、始まった葬式は酷いものだった。
先程の光景を見られていたのか、あの女に向けられるいくつもの不快な視線。事実を知っている人間から伝言ゲームのように真実が広がり、来夏の身に何が起きたのか伝わってしまった。
人間、死ねば同じだと言うが、残された人間からすれば。死んだ人間の残したモノ次第で人生が狂う可能性だってある。
あの母親が娘の行いを知り、自分を追い詰めなければいいが。残念なのは、あの女の娘が母親からは想像も出来ないほど残酷だったということだろう。
「過ぎた愛情が根を腐らせたか」
彼女は甘やかされて育ったのかもしれない。周りの人間が自分の行いを肯定するような環境で生きていれば、間違いであっても、それを認識することが出来ないだろう。
優しい世界が彼女の命を奪った。
この世界がもう少しだけ、喜びと同じくらい悲しみがあることを彼女に教えていたら。彼女が罪を背負うこともなかったのかもしれない。
もう、何もかも、手遅れな話だったが。
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