第10話。椿綺と白雪

椿綺つばき。お待たせ」


 白雪しらゆきと待ち合わせをしていたのは、弁当屋の近くにある公園。先に私が来ていたのは白雪の仕事が終わるのを待っていたからだ。


 最近、食事を一緒に出来てなかったせいか、白雪から外で夕飯を食べたいと言われ。こうして出かけることになった。


「どこ行こうか?」


「私はどこでもいい」


 立ち止まっていても仕方ない。


 私が歩き出すと、白雪が隣に並んできた。


 公園から離れてそれなりに歩けば、大通りの方まで出られる。そこからなら白雪の行きたい店が見つかる可能性はあった。


「この時間だと、まだ色々やってるよね」


「ああ。そうだな」


「椿綺と外食するの久しぶりだから、楽しみ」


「そうか」


 白雪の機嫌はいいことは見ていてもわかる。ただそれも歩き続けるほど、白雪の表情に焦りのようなものが出てきた。


「椿綺!どうしよう!」


「なんだ?」


「お店が決まらない!」


 優柔不断なところは父親に似てしまったか。正直、私は何処でも良かったが、白雪に相応しい場所を選ぶ必要はあるだろう。


「……ファミレスでいいか」


「椿綺も適当すぎるよ!」


 結局、ファミレスに入ることにした。メニューもそれなりにあり、食べたい物が決まらないということもないだろう。


 案内された席に座りメニューを確かめる。


 ファミレスに来たのはいつぶりだったか。ずっと昔に両親と白雪の四人で来た覚えもあるが、私は母親と同じモノを食べていた。


 確か、その時の白雪は。


「白雪はお子様ランチでいいか?」


「椿綺。馬鹿にしてる?」


「違ったか?」


「それじゃあ、足りない」


 私は返す言葉が思いつかなかった。


 結局、二人で同じモノを頼んで後は適当につまめるモノを選んだ。もし、足りなければ追加で頼めばいいだろう。


 カバンに入れていたケータイを取り出して、画面に表示された時間を確認する。夕飯にちょうどいい頃合なのか会話が無ければ、周りから子供から大人の声まで聞こえてくる。


 これなら、私と白雪が私的な話をしても聞き耳を立てられることはないだろう。人に話せないような会話をするつもりもなかったが。


「白雪。飲み物を取ってくる」


 私は席から離れた。


 ドリンクバーの場所まであまり距離があるわけではなかったが、歩いている途中のことだ。向こうから走ってきた子供が私にぶつかり、地面に倒れた。


「……っ」


 すぐに子供を起こそうとするが、既に子供は怯えた顔をしていた。私の顔を見て恐れているのか、こういう場合に自分の顔がコレだと困ってしまう。


「椿綺。任せて」


 私の横から現れた白雪が子供の対応を変わってくれた。子供が泣き出す前で助かった。幸い、怪我もしていないようで、すぐに離れて行った。


「どうしてここにいる?」


「椿綺が立ち止まってるのが見えたから」


 確かにこんなところで立ち止まっていたら、不自然に見えるだろう。私はあらためてドリンクバーの方に向かうが、白雪もついてきた。


「ちょっと、椿綺」


「なんだ?」


「どうして、お茶入れてるの?」


 白雪に声で止めたから、コップにはわずかな量しか注がれていない。それでも見た目からして、お茶であることは一目でわかるだろう。


「他に飲むものがあるか?」


「普通はジュースだと思うけど」


「お茶があるということは、お茶を飲む人間もいるということだろ?」


「お茶は大人がたしなむ程度に飲むんだよ」


 ずいぶんと偏った考え方をしているが、白雪が納得しないようなので仕方なく、ジュースを入れることにした。


「えい」


 適当なモノを半分くらい注いだ時に白雪は違うジュースのボタンを押した。わざわざ止めようとはしなかったが、白雪ならやりそうな予感はあった。


「白雪はお茶でいいか?」


「ど、どうして?」


「白雪は大人だから、お茶を飲むんだろ?」


 白雪が必死に顔を左右に振った。


「今はお茶の気分じゃないかなーって」


「そうか」


「あ、椿綺!」


 白雪を無視して、お茶を入れた。白雪はお茶の入ったコップを席まで持って行くと、一気に飲み干してからまた戻ってきた。


「律儀だな」


 結局、最後はお互いに納得出来るモノを入れてから席に戻ることにした。白雪に付き合った自分も悪いが、お互いにまだまだ子供らしいところは残っているようだ。


 席に着いたが、まだ頼んでいた料理は来ていない。となれば、白雪と会話でもして時間を潰すとしよう。


「白雪」


 名前を呼ぶと、白雪は私の言いたいことがわかったのだろう。白雪はリスのように手に持っていたコップをテーブルに置いた。


「椿綺。今欲しいものある?」


 それを聞いて、白雪が何をしようとしているか理解した。もうすぐ、私の誕生日だ。毎年、白雪は誕生日の少し前になると、同じ質問をしてくる。


 去年はなんだったか。私は誕生日には赤い色のボールペン欲しいと白雪に言ったが。当日になり、白雪が私の誕生日に用意したのは緑の観葉植物だった。


 私が適当に答えたせいで、白雪が別の物を買ってきてしまった。それは私に対する白雪からの当てつけだろう。しかし、今ではそれなりに観葉植物のことを気に入っていた。


「クマのぬいぐるみ」


「なんか、本当に欲しがってるか微妙なところ」


 あまり高価な物を頼むつもりはなかったが、かといって他に欲しい物もない。実用的なことを考えれば、やはりボールペンの方が今欲しい物だった。


「なら、私に似合う髪留めを頼む」


「髪留め?髪飾りじゃなくて?」


「ああ。集中したいに使いたいからな」


 私は自分の前髪に触れた。それほど伸びているわけではないが、気を使わなければ目にかかってしまう。


「わかった。用意するね」


「高い物じゃなくていいからな」


「給料三ヶ月分の髪留めとか?」


「なんだ、その髪留め。純金で出来てるのか」


 そんな物を送られたりしたら、私は白雪のセンスを疑う。確か白雪の服は母親が選んだ物を着させているらしいが、本人が選ぶ服はどんな物になることやら。


 二人で会話をしているうちに頼んでいた料理が届いた。食事中に会話は無いのはいつものことだったが、今日の白雪はいつもよりは楽しそうに食事をしていた。




 それほど時間もかからないうちに食事は終わった。後は白雪が何度かドリンクバーを取りに行ったが、最後に白雪はコップに色々混ぜたモノを飲むのに苦労していた。


「もう十分か?」


「満足しました……」


 私は白雪とレジに向かう。カバンに入れていた財布を取り出して、支払いを済ませようとしたが、白雪が割り込んできた。


「ふふ、ここはお姉ちゃんが払うよ」


 何故、白雪が急に外食をするなんて言い出したかと思えば。それをやりたかったからか。


「ああ。頼む」


 先に店を出ようとすると腕を掴まれた。


「待って、椿綺。お姉ちゃんの勇姿を最後まで見届けてよ」


「いいから支払いを済ませろ。店員が困ってるだろ」


「二人の食事に、お姉ちゃんの初めてのお給料が使われるんだよ?椿綺には最後まで見ていてほしい」


 私と白雪が生活をする上で食事に使うお金は父親から渡される生活費というものがある。だから、わざわざ自分達のお金を使う必要なんてなかった。


 はっきり言って、白雪の行動が無駄に思えた。


 なのに、白雪の笑顔を見ると私は何も言えなかった。わかってはいる。この考え方はよくないものだと。


「白雪。手が震えてるぞ」


「武者震いってやつかな」


 白雪にとっては大切なことだ。


 私は最後まで見守ることにした。




「見て、椿綺!」


 店から外に出ると、白雪が空を指さしていた。


「月が綺麗だよ」


「今日は満月か……」


 夜空に浮かぶ満月。それを外で見たのは、いつぶりだろうか。ただ、やはり私の感想はいつだって同じだ。


「白雪の方が綺麗だ」


「そんなこと椿綺に言われても嬉しくない!」


 少し、白雪の顔が赤かったように見えたが、気にしなくてもいいだろう。私は先を歩く白雪の後ろをついて行くことにした。

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