第6話。傍らの花
それは学校の休み時間のことだった。
中庭と呼ばれる、四方を校舎で囲まれているちょっとした広場のような場所。行く宛ての無い生徒が時々、ベンチに座っていることもあるが、今日は私が足を運ぶだけの理由があった。
基本的に学校での私は他人と会話を求めたりはしない。仲良くしたところで、余計な負担が増えるだけだろうと考えていた。
しかし、その人物は私が興味を持つには十分な人間だった。私は中庭に出て、彼女に近づいた。
「ん、なんかよう?」
「質問がある。答えてくれないか?」
相手を刺激しないように言葉を選んだつもりだったが、彼女は少しだけ不機嫌そうな顔になった。
「あー確か同じクラスの……名前なんだっけ?」
「
元々、関わりも無かった相手だ。顔を知られているだけで、十分だろう。
「で、鳳仙は私に何を聞きたいのかな?」
「お前達は
彼女は来夏をいじめている女子生徒のうちの一人だ。ただ、他の二人に比べてみれば、周りに合わせているという印象を受けた。
「……あーもしかして、止めに来とか?勘弁してよね。そんな正義感は誰の為にもならないよ」
「勘違いをするな。私はお前達が何故、来夏をいじめているのか知りたいだけだ」
「どうして、わざわざ聞く必要があるのさ?」
「私は来夏の隣の席だ。お前達が来夏に何をしようと勝手だが、騒がしくするなら、それなりの理由を聞かせろ」
彼女は少し考え込むような顔をしてみせると。
「あーごめんごめん。皆の反応が見たくて教室でやっただけだから、今度からは教室ではやらないよ」
「わかった」
教室での出来事には察しがついていた。私が本当に知りたいのは、来夏がいじめを受ける原因となった方だ。
「私と他の二人、それと来夏は小学校が同じなんだよね。来夏とは一緒に遊んだこともあるけど、今は友達なんてやってない」
「何か問題が起きたのか?」
「問題と言えば、問題だったかな。来夏には母親がいないこと知ってる?」
「そうなのか」
どこかで聞いた覚えはあったが、知らないふりをした。私が来夏とやり取りをしていることは知られるべきではないだろう。
「授業参観って言うのがあるよね?その時に来夏の親だけが授業参観に来なくて。周りの子が来夏のことをいじっちゃんだよね」
「それで?」
「急に来夏が怒りだして、もうめちゃくちゃだったよ。来夏が暴れたせいで、顔から血を流してる子もいたし、止めようとした保護者の腕にも噛み付いたりで。その時から来夏の扱いが、ちょっと変わったんだと思う」
母親のことを言われて、来夏が怒ったのか。
「最初は来夏を除け者にする感じだったのが、来夏が何も反撃してこないとわかると、皆が来夏をいじめ始めた。それが中学生になった時も続いて……たぶん、来夏をいじめることが常習的になっていたのかな」
「つまり、今も来夏に対するいじめが続いていることに明確な理由は存在しないのか?」
「そういうこと。私は正直、過去のことなんて、どうでもいいし……あんまりやり過ぎると、バチが当たりそうで……」
彼女の本音が少しだけ見えた気がする。加害者になった人間だからこそ、余計なことをして自分が被害者側になることを恐れているのだろう。
もし、彼女が罰を受けたとしても、それに同情することは出来ない。でなければ、罰である意味が無いのだから。
「あ、今の話誰にも言わないでよ?」
「私には話す相手がいない」
これは姉にする土産話としても相応しくはなかった。例え、これから聞かせる相手が私に出来たとしても、こんなくだらない話をする意味はない。
「鳳仙ってさ、思ってたより話しやすいのに。どうして、友達がいないのさ?」
話しやすいなんて初めて言われた。
高校に入学して間もない頃を思い出す。初めは声をかけてくる人間もいたが、それらが離れて行った理由に心当たりがあった。
「人付き合いが悪いから、だろうな」
「自覚してるのに直さないの?」
「後、一年もしないうちに卒業だ。今さら友人を作って、学校での生活を充実させようとは思っていない」
本当は他人と関わる気がないだけだったが。
「でもさ、卒業した後も人生は続くよね?」
「未来の話は好きじゃない」
「いやいや、流石に何も考えないってのは……」
未来のことを考えたところで、不測の事態が起きれば計画は無駄になる。それでも何も考えていないというわけではない。憧れとは違う、自分が目指すべき道はあった。
「他人の心配をする余裕があるのか?」
「あーそういうこと言うんだ」
「未来の話がしたいんだろ?」
彼女は満足そうに微笑んでいた。
「ぶっちゃけ、私もなるようになるとは思ってるよ。でもさ、やっぱり人間って、希望が無いと生きていけないと思うから」
彼女も確信があるわけではないのだろう。それでも先を行く大人達を見ていれば、子供なりに歩きべき道が見え始めてくるはずだ。
「……ある人間の話だが。その人間は生きていくうえで家族よりも仕事を選んだ。家族の為というのなら、美談にもなっただろう。しかし、その人間は仕事をすることが楽しいと思ってるからこそ、働き続けた」
「働くことが、その人の希望だったてこと?」
「そうだ。確かに希望を持つことは大切だが、願いを叶える為には何かを犠牲にしないといけない場合もある。自分が覚悟を決めるのは勝手だが、犠牲にされた側からすれば、不快な話だ」
ここまで言えば誰の話か伝わっているのかもしれない。しかし、彼女と関わるのはこれきりになるだろう。だからこそ、どんな言葉でも告げることが出来た。
「じゃあ、私も家族を犠牲しないとね」
「なんのことだ?」
「私の実家は、それなりに古くから続いてるお店なんだよね」
彼女の姿からは想像も出来ない。
「私一人っ子だから。跡継ぎもいないんだよね。だから、親は私にさっきと結婚してもらって、結婚相手を跡継ぎにしようとしてる」
「女では駄目なのか?」
「私のこと?いやいや、私、両親からは結婚以外ことは期待されてないし。私が他人を傷つけるようなダメ人間だって、知ってるでしょ?」
「ああ。そうだな」
彼女が今の性格になったのは、家庭に問題があったのではないか。すべての責任が親にあるとは言わないが、娘がこじらせた原因は多少なりとも親にあるだろう。
「犠牲というのは、家族の期待に応えないといことか?」
「そういうこと。もし、私が結婚をしても、相手の人を跡継ぎにさせない。だって、その人は私にとっての希望だから。家族に渡す理由なんてないよ」
本質的な部分で彼女は自身のことを、よく自己分析出来る賢い人間だと気づいた。それでも友情という名の呪縛の前では、人間は愚かにもなってしまう。
「哀れだな」
「私に同情してる?」
「人間というものを不憫に思っただけだ」
「鳳仙だって、同じ人間でしょ」
私と彼女は似ているようで、まったく違う。
私は彼女が縛られている友情とやらを初めから手に入れなかった。それだけでも、歩むべき道はお互いに違っていた。
だから、彼女とは親しく出来ない。
「お前のような人間にはならない」
「ふーん。私とは仲良くしたくないってことか。残念だね」
もうすぐ休み時間も終わる。彼女との関係はこれきりだが、ここでした彼女との会話を私は無駄だとは思わない。
「鳳仙さ」
私が立ち去ろうとする時に声をかけられた。
「来夏のこと。好きなの?」
「何故、そうなる?」
「興味もない相手のこと、普通は聞こうと思わないよ」
確かに、その可能性はあった。
「仲良く出来そうだとは思っている」
「そっか。まあ、いいと思うよ」
彼女の表情は暗く、不安を抱えているように見えた。もう、彼女は後戻りが出来ないところまで行ってしまったのかもしれない。
本当に残念な話だ。
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