川島村のおいそさん

虎次郎

第1話

川島村は埼玉県の中程に有り、荒川、市ノ川、入間川、越辺川、都幾川の各川に挟まれているので、昔から皆、川島村と読んでいます。

 昔々のお話で、越辺川(おっぺがわ)の周囲には武蔵野の森が広がっていました。川淵には草原が広がっていました。草原には馬や牛などの動物の餌になる草が豊富に在り、畳の材料になるい草も豊富にありました。川辺には四季折々の七草も生えており、村の人々は自然の恵みを与えられ、豊かに暮らしていました。戦国の争いの時も敗残の兵がここに落ち延びてきて、川島村に住み着いた人は多くいた様です。

 川淵の近くに住んでいる若い可愛い娘さんがいました。名を「おいそ」といいました。

 い草の里に働き者の若者がいました。草の生える頃は大きな籠を背負ってほぼ毎日、川淵に出かけて草を刈って我が家へ持ち帰り馬や牛などの餌として使用しました。草が生えない時期には、水辺に行き食用の七草を採集し家族の食事に供しました。

 近くに住む「おいそ」はこれを毎日遠くから眺めながら、真面目な若者だなと感心してみていたのです。

  ある春の日

 若者は草を籠いっぱい詰め込んだ後少し休み、川辺に降りて七草を集めた。

川の水は澄んでいた。小魚が泳いでいるのが見える。おいそさんは川辺に降りて

「あにーはなにを採っているんさ」

「せり、なずな、なんどさ。おっかあの作った汁物はおいしいだっさ」

  ある夏の日

 若者は草を籠いっぱい詰め込んだ後少し休み、川辺に降りて川で泳ぎ、体を冷やした。川面では小魚が泳いでいた。おいそさんは川辺に降りて

「あにーはなにを採っているんさ」

「小魚を捕っているんさ。おいそにも少しあげるべ。夕餉に焼いて食べてみてくんせ。」

「あにーありがとう」

  ある秋の日

 若者は草を籠いっぱい詰め込んだ後少し休み、秋の七草を摘んでいた。おいそさんが降りてきて

「あにいは何を摘んでいるんさ。きれいなお花だね」

「なでしこ、桔梗、おみなえし、等さ。昔から秋の七草と言って風趣のあるお花だよ。食べる物ではないさ。昔の歌人山上憶良が詠んだ歌から来ているんだとよ。なでしこあげるよ。」

「ありがとう。今日はお昼のおにぎりとたくあん持ってきたからね。一緒に食べやんしょ。」

  ある冬の寒い日

 雪が降り、川辺の水たまりは凍っていた。若者は草を籠いっぱい詰め込んだ後少し休み、野ウサギ捕獲用の罠を準備していた。おいそさんが降りてきて

「あにー、草いっぱい採ったようだけど、なにしてんさ」

「今から近くの森に行って、野ウサギ捕獲用の罠を置きに行くんだよ。野ウサギは焼いても煮込んでもおいしいよ。野ウサギ捕れたら、俺んち、来っべか」

「野ウサギ怖いけど、あにーとなら食べれるよ。近ごろ体の様子がおかしいと思って村のばあさんに見てもらったらさ、ややこが出来たらしいよ」

「そんなか。そんじゃ早う式を挙げねばな」


それから大きな戦があって、あにーはなかなか帰って来ませんでした。

おいそさんは川辺に行って、毎日「あにー」の帰りを待ちつづけました。

そして、元気な男の子が産まれました。顔立ちがあにーにそっくりでした。

男の子はあにーの実家に引き取られました。

風の便りであにーは戦で亡くなったようです。

それを聞いたおいそさんは越辺川の深い淵に身を投げて再び上がってきませんでした。そしておいそさんの名前にちなんで越辺川のそこの淵を「おいそっ淵とよんでいます。


「完了」




 



 

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川島村のおいそさん 虎次郎 @agetyu

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