至福の時というのは光速で過ぎていく。

 いかがわしい恋にも相対性理論が適用されるのかもしれない。わたしの恋する鼓動の速度が光速に迫ると彼への気持ちは無限大の質量となっていく。わたしは彼に対する模範的な教師でも人生の先輩でもない。物理法則にかこつけて愛情の深さを注ぎ込んでいくことに躊躇のない、ただの浅ましい女なのであった。


 プリントを押さえる彼の小指にはわたしの小指が重なり、マウスを握る彼のあどけない手にはわたしのあやしげな手が寄り添う。サイズの大きくないモニターのおかげで、わたしは彼の肩に手を置き、胸を高鳴りを彼に聴かせるために彼の背にぴったりとくっつけることができた。その密着度は固着して離れないくらいの隙のないもので、わたしの胸が嬉しいくらいに押し潰されている。彼のしなやかで肉のない背中はどんなふうにわたしを受けとめているのだろう。彼は気がつかないフリをしながら課題に対する質問をしてくる。わたしはいじわるく彼の耳元でささやくように答える。「そんなことよりも横になって楽になりましょうよ」と言わんばかりに。

 

 彼が前かがみになってしまったことで、課題の進行は著しく捗らなくなった。わたしはそれ以上の暴発はまずいと思い離れることにした。わたしの胸がメリメリと音をたてて彼の背から惜しむように剥がれていくような気分になりながらも、優しく彼の手を掴んで微笑む。わたしが「少し休みましょうか」という、大人であれば究極の儀式の誘い台詞のようものを吐き出すと、額面通りの解釈をした彼は少しだけ残念そうな顔をして頷くのであった。


 欲望を抑えに抑えてなんとか授業を終了させた。いや、なんとかというのは正確ではない。わたしは彼からの無言の告白を聞いたのだから。中間の休憩時、わたしがおやつのお菓子を差し出そうとしたとき、彼はわたしの手を自分に引き寄せたのだ。それは無意識であり、欲望からの偶然の産物であったのだろう。しかしながら、わたしに好意以上の動物的な欲求を覚え始めたのは間違いなかったのである。


 帰りのエレベーターの中で彼は、「もっと教えてくれますか?」と操作パネルを見ながら漏らすように言った。わたしは「もちろんよ。プログラムなんていくらでも覚えることがあるのだから」と先生としての声で回答すると、彼は「そうではなくて」と振り返り、待ちきれない表情でわたしに抱きついてきた。

 わたしは彼に抱かれたまま丁寧な笑みを作り、彼の求めに応じようと慎重に顔を下げていった。


 彼を見送った後、わたしはすぐに大人の仮面を道路に叩きつけ、興奮を抑えきれなくなったエネルギーを発散すべく狂ったように階段を駆け上がり、怒鳴り込むような勢いで部屋のドアを開けた。そして、冷蔵庫のドアを引きはがすような勢いで開けて缶ビールを取り出し乱暴に開栓する。震える手で零しながらビールを飲み、ひと段落すると、大声で笑った。――やった。わたしは彼を手に入れたのだ――。そんな気持ちを爆発させながら、わたしはベッドに転がり込んだ。


「ふふ。うふふふふふ……」


 遂にわたしの努力は実った。わたしは自分で自分を褒めてやりたい気持ちでいっぱいになり、先程彼とした行為を思い出しながら、洗ってもいない手をズボンの中へと入れ、たっぷりと身体を慰めてあげることにしたのであった。

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