まずは、彼と話すことにした。

 すぐにはレッスンをせずに、彼との会話を楽しむことにしたのである。彼はお菓子を食べながら、屈託ない笑顔で学校のことを話してくれる。仲の良い友人や楽しい学校生活。緩い活動のバトミントン部に入っていること。背が伸びないから女子に少し馬鹿にされていること。彼の生活をすべてを把握できるのではないかというくらいに、彼は饒舌になって教えてくれる。それが緊張からでないことは、彼のわたしに向ける視線で理解できた。あえてダボついた部屋着にしておいてよかった。薄いブラウスやTシャツでは、彼の視線に耐えられず、胸元に穴が開いてしまっただろうから。


 彼のターンが終わり、ようやくやってきた沈黙を利用して、わたしは彼女のことを聞いてみた。あれだけ長い彼の自己紹介の中に、わたしが一番知りたい情報である、彼が彼女どう思っているのかについては、一切入っていなかったからである。


「貴方は彼女のこと、どう思っているのかしら?」


 彼は探るようなわたしの視線から逃れるように下を向くと、「わからない」と答えた。


「本当にわからないの?」

「うん。彼女のこと、嫌いではないんだけど」

「じゃあ、友達みたいなものかな?」

「うーん。そうなのかな」


 煮え切らない態度に、つい、イラッとしてしまう。


「彼女は貴方のこと、好きだと思うわ」

「そうかな」

「そうよ。でなければ、一緒にプログラミング講座に行きたいなんて、言わないと思うわよ」


 わたしが水を向ける分だけ、彼は流されて言葉を出してくる。


「実は、この前、告白された」

「そう。で、貴方はどうしたの?」

「……ごめんって言った」


 わたしたちへの祝福のために、教会の頂上にあるような、大きな鐘が鳴ったような気がした。残念ながら、彼女はわたしが手を下すことなく、彼のいるわたしの蜘蛛の巣から落下してしまったようだ。


「そう。ごめんなさいね。そんなことを思い出させてしまって」

「いいえ。いいんです」


 わたしは、彼を抱きしめてから、ベッドへと引きずり込みたい気持ちを堪えて、パソコンを立ち上げ、形だけの授業をすることした。

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