わたしの仕事は、とある制御のプログラムを書くことだ。

 仕様書を基にモジュール定義書を作り、上司がOKを出したものからコーディングをしていく。古臭い機械を動かす組み込みソフトウェアのため、Cという言語で書く。制御用メインモジュールに必要になる数十の変数を定義して16進数で値を設定する作業を延々と続ける。七月の暑さでやる気が出ないが、手だけは動かしていく。


 ようやく作業に集中してきた昼前。スマホが小さく振動してメールが届く。もちろん待ち受けは彼でない無難な写真にしてある。地元住民が利用する市民講座の先生からだ。たまにボランティアでプログラミングの講師として参加しているので、予定表だろうと思ったら、案の定である。


 周囲を見渡し、咎める上司がいないのを確認してから画面をスワイプすると、「中高生向けの夏休みプログラミング講座」というタイトルが見えた。


 これだ、と思った。


 蜘蛛が獲物を捕らえるために巣を張るシーンが思い浮ぶ。一度巣に招いてしまえば、後はどうにでもなるという、根拠のない自信と邪な欲望がふつふつと湧いてきた。


 そう。蜘蛛とはわたしのことで、彼は――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る