そうはいっても、どうすればよいだろう。

 申し込みを締め切りを考えると、夏休み前には彼に接触しなくてはならない。だが、現状はわたしだけが彼を一方的に知っているだけで、彼はまだ、私のマンション前の通学路を通り過ぎるただの他人である。接点など持ちようもないではないか。


 それでも、恋というのは困難であれば燃え上がるようで、ここ数日、わたしはベッドの中で彼を想いながらどうすればよいか考えていた。社内納期が迫ったモジュールのことを放っておいて、彼と出会うシーンを想像しているのだ。


 悶々とした一週間が経過すると、いけそうな案が突然浮かんできた。深夜にも拘わらず、わたしはプログラミング講座の案内を少し加工してから、プリントアウトした。


 朝になり、彼が一人で登校する機会を待つ。複数人でも良いが、後々考えると彼一人が参加した方が接する機会が増える。


 彼以下の子供のような無邪気な恋心と大人気のない希望を抱いた、仕事用スーツ姿のわたしは、印刷された案内のチラシを持ってマンションの前に立つ。願いは通じたのか、彼は一人でやってくる。スマホを手鏡にして自分を見て、淡い赤のグロスがいやらしくない程度であることを確認してから、彼に声をかけた。


「こんにちわ。夏休みにプログラミングの勉強をしてはみませんか? 市民講座なので無料なんですよ」


 ファーストインプレッションは悪くないと思う。彼は戸惑いながらもチラシを手にしてくれた。わたしはすかさず、自分が講師であることを告げて、さりげなく彼の横にポジションをとる。案内を見せながら、そっと彼に寄る。半袖のシャツから伸びる青白く女性のような細長い腕が、わたしのスーツに擦れた。


「親に聞いてみます」


 彼はそう言うと足早に去っていった。わたしはその後姿を見てほくそ笑みながら、つぶやいた。――どうか、前向きなご検討をよろしくお願いいたします――と。

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