次はないぞ

天鳥そら

第1話次はないぞ

 小さいころから悪ガキとまではいかないが、やんちゃではあった。バイクを持っている近所の兄さんに憧れて、やっと取ったバイクの免許。バイクも何とかして手に入れた。学校もろくに行かずに走り回り、深夜も高速道路をかっ飛ばすような男だ。同じようなバイク仲間とつるむのが楽しかった。


 それでも、事故もなければ警察に捕まるようなこともない。他の奴らが捕まってても、俺だけはすいっと逃げられることもあった。運が良いんだろう。バイクの神さまに愛されているのかもしれない。


「そんなわけないだろう! このバカ孫が!!」


「でも、ばっちゃん。俺だけはなんともないんだって。ケガもないしさ。本当にバイクの神さま、いや、交通の神さまに愛されてんのかも」


「どうせなら、学問の神さまに愛されるんだね。それか、芸術かスポーツの神さま、それとも、なんだろうね。料理の神さま。あ~。いたたたたた。腰が痛いね。医療の神さまにでも愛されて、ばっちゃんの腰を良くしてくれた方がよっぽど良いね」


 まくしたてる祖母に反論する余裕はなかった。何か言えば十も二十も返ってくる。小さいころから可愛がられて育ったせいか、どうにも頭があがらない。今日は、バイクを飛ばして自宅から、祖父母の家に来ていた。もちろん、今ごろ学校では数学か英語か体育があるはずだ。


「じっちゃんは?」


「釣りに行ったよ。お前が来るって聞いたからさ、なんか釣ってくるとさ」


「釣れるかな」


「釣れなかったら、売れ残りの魚を買ってくるさ」


 お茶でも入れてくるから待ってなと立ち上がりキッチンに向かう。祖父母の家は昔からずっとガスコンロだ。周囲が勧めても頑としてガスコンロを手放そうとしなかった。ガスでないと料理の調子が狂うらしい。料理をしない俺にはわからない話だった。




 築百年は超えようかという祖父母の家は、修築やリフォームを繰り返しながらも立派に建っている。今どきの洋風の建売で育った俺には、まったく違う環境だ。小さいころから何度も祖父母の家に遊びに来ているが、雰囲気が違うと感じる。


 俺がいる部屋は居間だ。テーブルにテレビがあるから、親戚や家族が集まる憩いの場所でもある。その真ん前にはガラス戸があるが、納屋と小さな裏庭が見えた。レンガ造りの壁があるが、その先には小さな畑と稲荷の祠がある。


 ご利益があるのかわからないが、祖父母も親戚も父母も必ずと言って良いほど手を合わせていた。


「俺もお参りしておこうかな」


 普段は祠にお参りなど考えもしないくせに、先ほど祖母と神さまの話をしたせいか、なんとなく気持ちが落ち着かなかった。


 しゅんしゅんとお湯がわく音がする。お茶の葉が入った缶の蓋を開ける音がした。ぼんやりとガラス戸の向こうにある祠のことを考えていると、ふと祠から少女がでてくるのが見えた。


 あれ、とか、おかしいとか思う間もなく、ごくごく自然に祠から少女が出てくる様子を見ている自分を受け入れている。本当ならレンガ造りの壁があって見えないはずなのにだ。そもそも、どうやって少女があんな小さな祠から出てくるのか考えもしなかった。


 少女は朱色の着物を着ている。肩で切りそろえた黒髪が揺れた。呆けている俺の目の前で、少女は大きく伸びをすると俺の方を見た。


(次はないぞ。運が良かった分、気をつけろよ)


 かわいらしい声で物騒なことを言った後、俺に向かって朗らかな笑顔を向けた。


「はい。お茶だよ。今日は泊っていくんだろ? 」


 祖母の声がしたと思ったら、少女の姿は見えなくなった。当たり前のことだが、自分の目の前には裏庭と納屋とレンガ造りの壁がある。祠を見ることなど不可能だった。


 大人しく祖母が出してくれたお茶を飲み、まんじゅうをかじる。祖母は何も気づいていないようだ。さっき、見た不思議なことを話してみようかと思ったけど、話す威力が起こらない。


 白昼夢を見ていたのかもしれない。気のせいなのかもしれない。それでも、毒気が抜かれたように、俺はバイクで無茶な運転をしようとは思わなくなった。学校をさぼって遊んでいた友達とも、なんとなく距離を置き、クラスメートに距離を取られながらも学校で授業を受けるようになった。


 その半年後だ。元バイク仲間が仲間同士でいさかいを起こしたあげく、警察沙汰になり学校を退学になったのは。


 もしかしたら、危機一髪だったのかもしれない。


 


 


 

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