第1話 プロローグより遡ること少し前



  「俺は、神になってこの戦争を止める」


  「やってみなよ。君にできるならね」

 

  俺の目の前には数十を超える天使たちがおり、それを束ねる天命王を前にして俺は神になると宣言する。

 

 「そして俺は、皆んなで元の世界に帰る」

 

 そう言い放って俺は剣を強く握り、天命王に立ち向かった。


 ―――――


 


 俺の名前は神楽坂望、私立神通高等学校に通っている高校一年生である。

 黒髪に中立的な容姿、そして少し目つきの悪いごくありふれた特徴の人間である。周りからは稀に天才とか、変人とか言われることもあるが、自分は違うと思っている。


 今日から二学期が始まり学校生活が再開する。

 

 (そういえば今日、変な夢見たなぁ)


 そんな事を考えている内に学校の校門に着いた。まだ神通の生徒が何人か登校している。遅刻ギリギリ登校だが、どうやら間に合ったらしい。

 

 校門では生活指導主任が手荷物検査をしている。この学校は新学期早々健在だな、と思いながら校門をくぐるろうとする。

  

 俺は特に指導されるようなものを持ってきていないので、歩いてそのまま通り過ぎていくはずだったのだが……

 

 「おい、神楽坂かぐらざか……オマエ、手荷物を見せろ」


 俺が教師から目を付けられているのは知っていたが、手荷物検査に引っ掛かるとは思っていなかた。 


 ……とはいえバックの中身は特に問題ないはずなので、躊躇わずバックを渡す。


 生活指導主任は、バックを開け少し中を見た後、何かに気づいたのか、こちらを睨んでくる。


 「おい、神楽坂……オマエ、宿題はどこだ。それどころか、教材の一つも持ってきてないじゃないか。中には大量に買い込んだ昼飯しか入ってないぞ!」


 「えっと……」


 まさか手荷物検査で宿題検査されるとは、夢にも思わなかった。俺が宿題なんてやってるわけないだろ。

 

 この学校では、手荷物検査で遅れても遅刻扱いされるので、このまま話が進むと遅刻してしまう。


 「何を言うかと思えば……愚かだな、この私に向かって、これだから指導するしか脳がないバカは……と関係ないけど藪ノ内やぶのうちが言っていました」


 「なっ、あの藪ノ内が……」


 よほどショックだったのか驚愕したのか、指導主任の顔が真っ青になると、俺のバックが手から滑り落ちた。

 実際、藪ノ内は真面目なのでそんなこと言わないが、俺は遅刻しないためには手段を選ばないクズなので、藪ノ内にはすまないがここは通させてもらおう。


 「あれ……望?今日は少しだけ早いね」


 その聞き覚えのある優しい声が発せられた背後を恐る恐る振り向くと、幼馴染であり、今、最も会いたくなかった藪ノ内晴香やぶのうちはるかがそこにはいた。

 

 透き通った色の薄い青い髪のロングヘアに、天使のように優しい顔立ちが特徴的で、誰が見ても彼女のことを美少女と言うだう。

 今は引っ越したが、かつて家が隣で、幼稚園から高校までずっと同じ所に通っている。


 「藪ノ内……」

 

 生活指導主任が藪ノ内を見ながらそっと呟く。


 「ど、どうしたのですか?」


 藪ノ内にも聞こえたようで、多少戸惑いながらも要件は何か尋ねている。


 俺はそのうちに地面に落ちているバックを取って校舎の方に走っていく。後ろで生活指導主任がこちらに向かって何か発しているようだがそんなものに構っているほど俺の心は広くない。


 そのまま校舎の玄関に入り、急いで教室に向かう。


 ―――――



 俺が教室で朝からパンを食っていると、暫くしてから藪ノ内が教室に入ってくる。

 

 薮ノ内は座席に向かうのではなく俺のところにやってきて、何か文句を言っているが、適当に謝っておいた。薮ノ内は優しいから、「はぁ、本当に望は……」といって許してくれた。


 藪ノ内が時間を確認して、席に戻ると同時にチャイムが鳴り担任が入ってくる。夏休み前と変わらない優しい顔つきの新米教師だ。


 「それじゃあ、宿題を集めるます……後ろから回してください」

 

 そう言われた瞬間、俺は堂々と手をあげた。


 「宿題を忘れました」

 

 その後、生活指導主任も教室に来て、俺には長い説教が待っていた。

  

  ―――――



 放課後、教室で一人反省文を書き終えて、職員室に提出しにいく頃には、最終下校時間近くになっていた。


 そんな中俺は、本校舎の反対にある部活用校舎の最上階、最奥部にある部屋を訪れていた。


 人通りは少なく、まるで廃校の学校に一人忍び込んでいるかのような気分に陥る。とくに今日は鳥たちの異様なまでにうるさい鳴き声の合唱が響いて、さらに不気味さが増している。


 奥まで行くと、比較的新しいドアには、『心理部へようこそ、そしてさようなら』とよく分からないことが書かれているが、この部室に来るのは部員か教師だけである。

 

 ガチャっとドアを開け部屋を見回すとのあ以外の部員全員が揃っていた。


 「遅いわね……神楽坂君、まあ何があったのかは藪ノ内さんから聞いているけど」


 そう言ってこちらを見つめてくるのは、この心理部の部長 天井沢 静華あまいざわしずかである。


 黒っぽい紫色の長い髪に堂々とした、我の強そうな、人形のように繊細な部分まで綺麗な容姿の先輩である。

 この先輩は美少女だが性格に難があり、生徒と教師両方から恐れられている。


 「さて、部員全員揃ったしそろそろ帰るか」


 そう言って帰る準備をしているのは、副部長 百目鬼 馨どうめきかおるである。

 

 真っ黒な髪にところどころ白、赤、黄、青といった髪の毛の色が入り混じっているが、大部分は黒髪だ。


 クールな顔立ちの先輩だが、人を甚振るのが大好きなため、天井沢部長同様に生徒と教師から恐れられている。


 「ほんと、自業自得だよ」


 藪ノ内が頬を膨らませて文句を言う。

 真面目な性格で心理部唯一まともな人間と言われている藪ノ内だが、異常者だらけのこの部活に意外にも馴染んでいる。嬉しいことだ。


 最後に俺含めて合計4人の部活で、1年生と2年生が二人ずついる。

 本当は同好会だが、心理部という名で学校では広まっている。


 「今日の部活は終わり、帰るわよ」


 部長がそう言うと、皆んなイスから立ち上がって部室から撤退していく。まだ俺は部室にも入っていないが、今日はこれで終わりらしい。


  ――――――



 玄関を出て、校門に向かっている最中、校舎裏の自動販売機の前に見たことのない枯れた木と石板が置いているのを見つけた。


 150cmくらいの大きさの石板には、いくつか穴が等間隔に空いており何か埋めるためのものに見える。


 魔力、とでも言えばいいだろうか、石板からは、この世のモノとは一線を画する禍々しい気配を感じた。事実、石板の周りの植物は枯れきっていた。確か昨日までは茂っていたはずなのに。加えて、鳥の死骸が2、3匹くらいあった。


 最も恐ろしいのは枯れた木の方だった。枯れた木からは目に見えない粒子のようなモノが風に乗って飛んでいた。資格では捉えることができない。だが、俺の第六感は反応していた。


 「……何かしら」

 

 部長が興味を向ける。

 この心理部の部員は、こういう未知の物体に異様な興味がある、だが、部長はしばらく石板と枯れた木を見た後、興味を無くしたのか校門に再び向かう。


 「調べなくていいんですか?」


 「ええ、もう興味ないわ……行きましょう」


 部長の不可解な行動を疑問に思ったのは藪ノ内も一緒だったらしい。部長がこんなにも不気味で、好奇心をそそられるモノに興味を示さないはずがない。


 しばらく無言で歩いて校門が見えてくると、部長が足を止め、後ろを振り返る。


 「やっぱりさっきの見てくるわ。でも……貴方達は先に帰っててね」


 いつに無く険しい表情でそう言うと、早歩きで石板の方に向かっていった。


 「俺も行ってこよう。今日のあいつは様子がおかしいからな……」


 そう言って、百目鬼先輩も石板の方に向かっていく。俺と薮ノ内は取り残されてしまった。


 「俺たちも向かうか」


 「でも、先輩帰れって……」


 「だからこそ向かうんだよ。先輩達だけに任してられないから」

 

 俺が石板の方に向かって走り出すと藪ノ内も行くことにしたようで後をついてくる。


 石板が見える位置までついた。見ると、部長達が石板の前で何か喋っている。冷や汗をかいて、どこか緊張した様子だった。


 しばらくしてこちらに気づくいたのか、激しく動揺している。


 「こっちに来ないで!逃げて!!」


 俺たち二人に気づいた途端、部長が冷静さを失い、今までに一度も聞いたことのないような荒々しい声でそう叫ぶ。


 部長の叫び声が聞こえると同じタイミングで、目の前の地面に黒い小さな影が出現する。


 黒い影は水面に落ちた水滴のように円を描きながら段々と大きく広がっていくと、瞬く間俺の足元まで広がっていき、黒い影の中心から部長達のいる石板と木までを半径として円を描き、黒い影の膨張は静止した。


 黒い影は、心理部員はもちろん石板と枯れた木の地面まですっぽりと覆っている。

 

「……この影、私たちを吸い込んでいる」

 

 藪ノ内の言ったようにこの黒い影は段々と俺たちを降下させて、全身を吸い込もうとしている。

 

 トンと音がすると共に俺のバックが完全に影の闇の中へと吸い込まれた。吸い込まれるということは、この下は地面ではなく謎の空間という事になる。


 それに気づくと、今まで感じたこともない恐怖が押し寄せてきた。

 

 俺の全身も落とし穴にはまったように黒い影の中に吸い込まれていく。まるで沼にハマったかのように、身体が謎の引力によって下へと進む。

 皆んなも同様に沈んでおり、すでに顔以外は影の中にある。


 「皆んな……何があっても死なないでね」

  

 無力感に溢れた部長の声を最後に俺の体は完全に闇の中に吸い込まれた。


 

  ―――――


 その後、右も左も分からない暗闇の中を段々と降下していく、どこに向かっているのか、生きて帰れるか、皆んなはどうなったのかなど恐怖の感情で頭がいっぱいになる。

 

 「ここはどこなんだ。どうすればいいんだよ……」

 

 恐怖と空想的な現状への興奮のあまり様々な感情を含んだ涙が流れてくる。だが、そんな問いかけに返事をしてくれたのは、物凄いスピードで何かがやってくる音だけだった。


 音は次第に大きくなって、全方向から聞こえてくる、おそらく複数個あるのだと分かる。

 

 音が目の前にあることを感じた直後、全身に猛烈な激痛と音が響きわたる。


 「ガハッ!アァァ!い、痛い……」

 

 自分の体を力を振り絞って見てみると暗闇の中でも劣ることなく金色に輝いた無数の剣が、俺を串刺しにしていた。おそらく四方八方から串刺しで、全身この状態だろう。


 『おい、何か目的外のものが混ざってるぞ。どうする?』

 

 『ただのゴミだ、捨てておけ』


 暗闇全体から誰かの声が聞こえてくる。不快で憎いその声がいっき心を侵食してくる。

 

 「……そうか、俺は……ゴミか。ただ平凡な日常を……送っているだけじゃないか……」

 

  日常はたった一瞬の出来事で黒く染められる 

 

 (…世界はこんなにも理不尽で真っ黒だ)


 (……俺みたいな奴でも次は、こんな理不尽な世を変えたいなぁ……)


 そう思うと同時に、瞼が重くなっていく。


 だが、次第に狭くなっていく視界には、この暗闇に差し込む光が見えてくる。それは降下するほどどんどん強くなっていく。


 (あぁ、やっと、出口か………)


 そして、降下しきり、暗闇から完全に抜け出した俺の瞳に映ったのは、美しく輝く星々であった。

 黒い穴の先は上空に繋がっていたようで、暗闇から抜け出した俺は今、高さ数千メートルはある上空にいた。星々が地上より輝いて見える。

 

 (ああ、綺麗だなぁ………最後に見たのがこの星々で良かった……)

 

 瞼は重なっていき、ただ明るく輝く光しか目には映っていない。光は段々とこちらに向かってきて、強い光になっていく。

 

 「可哀想にあんまりだよ……」

 

 星々以上に明るい大きな光が現れ、 優しげな声が一緒に聞こえてくる。

 

 「君のことは私が絶対助けるから……だから……」


 「君は『世界』を救って!」


 瞼が完全に閉じる前に最後に見えたのは、天使のように真っ白な翼の生えた、すっと涙を流した少女だった。

 

 少女によって放たれる大きな光の中で望は息を引き取った。


そう、神楽坂望の人生はこの時終了したのだった。


 

 

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