第2話 新たな人生


 明るい光を感じて目を開けると、暗闇とは対照的な白い空間にいた。

 体には剣が刺さったままで、間近で見ると軽く10本は刺さっている。だが、不思議と痛みも感じない。だが、歩きにくくはあった。

 

 白い空間は歩いても歩いても変わらぬ景色が広がっている。また、どこにも出口が見当たらない。迷路、というより終わりがない空間と言った方が正しいだろう。


 どうやら俺は死んだらしい。あの日、校舎裏で謎の黒い影に吸い込まれて、剣で串刺しにされ、俺の人生は終了した。


 「俺はまだ終わりたく無い!虚しすぎるだろ……真っ暗な闇の中でひっそり一人死ぬなんて!」


 しゃがみ込んでそう叫ぶ俺自身、死を確信している。ただただこれは何か悪い夢であってほしいという願望であった。だが、人生とは理不尽の連続だ。最後だって儚い願いも届かずに終わるのだろう。


 「そうだよね……終わるには早いよね」


 背後から声が聞こえる。幻聴かと思った。だが、聞き覚えのある声だ。そう、俺が死ぬ寸前、上空に現れた翼の生えた少女だ。

 

 後ろを振り向くと、その翼の生えた少女が静かに近寄ってきていた。


 少女は、美しく腰まで伸びたどこにいても人目につく輝いた銀色の髪に、どこまでも純粋で、一等星のように美しい蒼い瞳、老若男女、誰が見ても見惚れてしまう可愛らしい顔が特徴的な子だ。前に会った時は薄っすらとしか見えなかったが、はっきりと見ると現実のものとは思えないくらい可愛い少女だ。


 身長は俺より頭二つ、三つ分くらい低く、少女を見ていると小学生を見ているような気分になる。


 少女は、俺の少し前まで来たところで、何も無いのに躓いて転んだ。石ころに躓いた、とかではない。地面はただの平面なので、本当に何もない場所で転んだのだ。

 

 「いったぁ!」

 

 そう叫ぶと、紛らわすためか咳払いをしてからこちらに近づき、腕を組んで喋り出した。


 「仲間と逸れ、一人虚しく真っ暗なや闇の中で死んでいく。そんな可哀想な君に、新しい人生をプレゼントしよう!この大天使輪廻様がね」


 ドヤ顔を決め、指でピースをつくると、自称大天使は話を続けた。

 

 正直、何もない場所で転ぶようなこの女にだけは残念と称されたくはなかったが、初対面だし甘く見てやろうと許した。


 「具体的に言うと、君には異世界に転生して、やるべきことをやって欲しいの」


 「異世界って……俺が生きてきた世界とは別世界ってことか?」


 「うん……君はこの世界に転移している最中に死んでしまったんだよ」


 「ってことは、俺はあの黒い穴を通して異世界に転移してたってこと?」


 「うん。そうだよ」


 「……確かに、この体に刺さってる剣が動かぬ証拠だな。とはいえ、俺はこんな理不尽な世界で生きたいとは思えない。少なくとも、はるばる遠い世界からお越しくださった客人に剣をぶっ刺して殺すような世界にはな」


 「えぇー、でもいいの?ここには君のお友達もいるかもしれないよ?」


 俺はその言葉を聞いて思った、部長は最後に全員死ぬなと言っていたが、皆んなが生きているか分からないのだと。

 

 できる人がやらなければならないんだ。

 みんなを見つけ、元の世界に戻る方法を探すのを……


 その為にも、この自称大天使を頼るしか無い。今ある希望は、この自称大天使ただ一人だけだ。


 「いやー本当に私もびっくりしたんだよ。突然上空に大きな黒い空が出現して、様子を見に行ったら全身剣で刺されている君がいたんだから」


 「黒い影は学校からこの世界の上空へ繋がって、こっちの世界にも現れてたのか。それで、あの黒い影は一体何?」


 俺がそう言うと、心当たりがないのか自称大天使は困った顔をして黙った。


 「分からないならいいよ。じゃあ、この剣をぶっ刺したのは誰か分かる?」


 「んー、心当たりがないわじゃ無いんだけど、一旦事の顛末を聞いてもいいかな」

 

 「ああ、分かった」

  

 俺は、何があったかを一から説明した。

 帰り道に怪しげな石板と枯れた木を学校で発見したこと。黒い影が現れて吸い込まれたこと。黒い影の中であったことなどを。


 自称大天使は時に頷き、時に首を傾げるなどしてリアクションを取った。


 「なるほどねー!強引に世界を繋いで無理やり引っ張って来て転移させたのか。大胆なことをするなー」


 「感心するのはいいけど、誰の仕業か分かったの?」


 「うーん、心当たりがない事はなかったんだけど……君をゴミと罵ったのは二人だったんだよね?」

 

 「ああ、剣でぶっ刺された時に聞いた声は二つだった。間違いないと思う」


 自称大天使は右手を顎に当て長考した。

 恐らく心当たりのあった人物の特徴とは何か違ったのだろう、段々と汗が流れて顔色が悪くなっていく。


 「ごめん。分からないや……てへ!」


 そう言って、右手で軽く自分の頭を叩き、こちらを向いてくる。そのか弱い子猫のような眼差しを見て、俺は残念な天使に拾われたのだと改めて理解した。

 

 一度でもこの残念天使に希望を抱いたことを後悔し、俺はため息を吐いた。


 「もういいや。もう何も期待しないから早く転生させてくれない?」


 呆れたのか、少しキレ気味で俺はそう言った。


 「期待してないって何よ!いくら大天使と言えど全知全能じゃ無いんだからしょうがないじゃない!」


 「じゃあ転生以外何ができんだよ」

 

 ギクッと体を震わせ残念天使は激しく動揺した。

 すると残念天使は、涙目になり泣き言を言い始めた。


 「君までそんなこと言わないでよ!私こう見えて七大天使なのに、みんなから子供扱いされて、戦場から遠ざけられるし、いざ戦場に行けば体調崩して敵陣の下っ端にやられるし、もういや!」


 「あぁ、そうか……それは災難だな。共感するなぁー」

 

 俺はそう適当に返事して、彼女の残念な話を泣き止むまで聞いてあげた。七代天使?まぁ天使の位かなんかだろう。

 

 「とりあえず転生はもう始めるから安心して。まぁ、それ以外何もできないけどね……」

 

 泣き止むと同時に無能であることを包み隠さず話したが、転生できるならそれだけですごい能力だ。


 「ふふん、実はね、転生はもう始まってるんだ。そもそもこの空間は転生の際に、次の生まで魂を待機させる場だから」

 

 道理でこの空間に出口がない訳だ。いくら進んでも変わらない景色なのは、死に終わりはないということを意味してるのだろう。

 

 「最後に何か聞きたいことある?」


 「もう残念天使アピールタイムは終わりか?」


 「うん、自分の体を見てみなよ」

 

 そう言われ、自分の体を見てみると体が少し透けている。淡い光が体から湧き出るとともに、体はどんどん透け始めている。


 「じゃあ、最後に一つ聞いていいか」

 

 唾を飲み込んで、最も尋ねたかったことを尋ねる。

 

 「おまえは俺に『世界』を救って欲しともやるべきことをやって欲しとも言ったが、俺は一体何をすればいいんだ?」


 右も左も分からない『世界』で一体何をすればいいのかなんて俺には分からない。『世界』を救える気もやるべきことをできる気もしない。


 「すべての生命には必ず意味があり、やるべき使命がある。私はそう思っているよ。君にも同じようにやるべき使命がやってくる……君が生き続ける限りね」


 真面目な顔で、俺の周りをクルクル歩きながらそう語る。その眼差しは、どこか遠くを見ているようで、まるでここには居ないかのような瞳をしていた。


 「それっぽいこと言ってるけど、具体的には分からないんだろう」


 「まっ、そゆこと!から来訪者が来るなんて稀の稀、君は私と違ってなんだから、自信持ちなよ!」

 

 一時は真面目な眼差しをしていたが、その目はもう元の目に戻っている。


 異世界に転移したなんてことで特別扱いされてもあまり嬉しくないが、この天使なりの勇気づけなのだろう。

 

 「ありがとう。俺を転生させてくれて。そうだよな。誰だって自分の使命なんてわからないよな」


 俺はこの残念天使が言った事を改めて考え直し、真面目に答えた。頼りない天使だが、言っていることは間違ってない。

 

 体はもう完全に透けて、体が淡い光に溢れる。

 

 「じゃあ、行ってくる」

 

 「うん、行ってらっしゃい」

 

 残念天使は笑顔で手を振って俺を見送った。

 旅立つ子を見送るようなその眼差しは、どこか懐かしい感覚にさせてくれる。

 

 それを最後に俺の体は全て淡い光となり天に登っていった。


 

 ―――――

 

目覚めると、見覚えのない黒髪の少女が俺のことを見つめていた。どうやら俺は、下半身にゾウさんが付いていたショックで気絶してしまったようだ。

 

 年齢は歳上に見える。真夜中、月に照らされた闇に満ちた世界のように美しく輝いた長い黒髪に、太陽のような真紅の瞳をした少女だった。ッパイ、、間違えた。胸も大きく、こちらの世界ではありえないくらいの美少女だ。


 「あ、目が覚めた。身体の調子はどう?どこか痛いところとかない?」


 俺は頷くことで返答した。辺りを見ると俺は誰かの部屋のベットにいるようだ。

 この少女の部屋だろうか、旧時代的な木製の部屋に、自分の着ている西洋風の服装を見るに、性別は間違えても、どうやら転生には成功したらしい。


 「あの、ここって…」


 「ああ、私の部屋だよ。嵐の中、道端で倒れてたから連れてきたんだけど、無事みたいだね」


 少女は胸に手をあってホッとすると、部屋のドアの方へ歩き出した。


 「何か飲むものをもってくるから、そこで横になっててね」


 そう言い部屋を出て行くと、階段を降りる音が聞こえてくる。わざわざ取りに行ってくれるなんて、なんて優しい人なんだ。


 横になりながら窓の外を覗くと、激しい暴風雨に見舞われて前も見えない天候だった。


 暴風雨に叩きつけられた窓は、ギシギシと音を出している。


 横になっていてと言われたが、立てそうなのでベットから立ち上がる。

 

 やっぱり目線が低いな。めっちゃ身長縮んでる。


 生前は、下を向くと床との間にある程度の距離を感じた。だが、今はすぐそこに床があるようにさえ感じる。


 机の隣に設置されている鏡の前まで歩き、鏡に映る自分の姿を凝視する。

 

 俺の体は成長期前の中学生のようになっており、生前の身長の20cmほど低い、銀色の髪に、蒼い瞳、顔も美形になっており、どこか見覚えのある容姿に変わり果てている。


 俺は自分の愚かさを憎んだ。何故残念天使に転生先を聞かなかったのかを……


 結論から言うと、俺はあの残念天使に転生したらしい。容姿から身長、髪の色まで、あの残念天使の姿になっている。多少、生前の俺に似た顔つきにもなっているが、それでも残念天使の容姿に瓜二つだ。


 念の為、俺はもう一度自分の股間にゆっくりと手を近づける。

 

 何度も触れて確認するが、ついているのは細長く、少し柔らかみのある棒だけ。………そう小さな男性器だけだった。


 あの残念天使ぃ!性別だけは変えやがったなぁぁ!クソ、とんでもないことをしてくれた。


 それに俺のあそこもスッゲー小さくなっている。


 俺は気力を失い、後ろに倒れてしまった。


 やるべき事は、やっぱりそう簡単に分かるものじゃないみたいだ……

 




 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る