君が教えてくれたこの感情

八雲玲夜

第1話 塩対応な君

僕のクラスにはこの学園で一番と言われる、絶世の美女がいる。


黒髪ロング、透き通った瞳、無駄のないスタイルを持つ彼女は外に出れば、モデルとしてスカウトされてもおかしくない容姿をしている。だが、そんな彼女には一つ、欠点と言われている物があった。それは、塩対応だということだ。


「おはよう! 緋月さん!」


「……おはようございます」


「緋月さん、今日の昼一緒に食べない?」


「……いえ、結構です」


と、このように男子からの誘いもことごとく断っている。どんなことを聞かれても塩対応で返すため、陰では『孤高の氷姫』なんて呼ばれてたりもする。先輩や同学年の男子から告白された回数なんて、数え切れないくらいだろう。それでも、成功した人はただの一人としていない。毎回、冷たく返されているそうだ。といっても、僕には関係ないことだから興味なんてないのだけれど。


それでも、僕は毎日そんな彼女に朝の挨拶は欠かさなかった。


「おはよ、緋月さん」


「……おはようございます、藍沢さん」


「今日も朝から災難みたいだね」


「……もう慣れたので」


「そっか」


緋月さんはこの高校に入ってからというもの、毎朝のように男子に囲まれていた。塩対応されるというのがわかっていても、緋月さんは学園のマドンナだから、お近づきになりたいと思うのだろう。だからと言ってしつこく話しかけるのも間違っている気がする。


僕は机にカバンを置くとホームルームの時間になるまで本を読むことにした。あいにく緋月さんも本を呼んでいるため、誰かと話すことなく、静かに読書に勤しむことができる。


「……藍沢さんは毎日私に挨拶をしてきますけど、なにか理由があるんですか?」


本を読み始めると、ふと緋月さんがそんなことを口にした。


「んー特にないかな。挨拶は大事なことだし、したいからしてるだけだよ」


朝、学校に来たら隣の席の人に挨拶するのは当然のはず。でも、緋月さんからすれば当然のこととは思わないのだろう。毎朝、クラスの男子から挨拶にならないような挨拶をされて、男子のことを警戒しないはずがない。僕はそんなことはしない。人が嫌がることをしてまで、人と仲良くしたいとは思わない。


「私、藍沢さんと隣の席で良かった気がします」


「そりゃどうも」


それは気が置けない存在として認識してくれていいのか、どうなのかわからないけど緋月さんにそう思ってもらえてるなら悪い気はしない。


その後、僕たちは黙々と読書に勤しんだ。


「緋月さんって、読書好きなの?」


「……なんですかいきなり?」


「いや、ごめん。なんとなく気になって」


気になったからと言って突然聞くのは失礼だったかもしれない。毎朝のように本を読んでいるから嫌いというわけではなさそうだけど、実際にはどうなのか気になっていた。


「いえ、朝はやることがないので、読書をするのが最適だと思っているからです」


「ふーん、そうなんだ」


確かに、朝はやることがない。僕も高校生になったら朝の時間は友達と話したりできるのかなと思っていたのだけれど、そうともいかず。これ以上言うと自分で自分の首締めるのであとは察していただきたい。


その後、ホームルームの時間になり、先生が連絡事項を話しているときも緋月さんは本を読んでいた。聞く耳は立てているのだろうけど、僕も退屈だったため、本を読みたくなるのは同感だった。


それにしても、本を読んでいるときといい相変わらず横顔は整っているな。正面から見ても横から見ても美人とか反則級だと思う。これは男子がこぞって彼女にしたいと思うのはわかる気がする。でも、それは結局は側面だけだろう。その中に詰まってるものに目を向けてる人はどれほどいるものか。僕にはわからない。見た目の容姿だけで人を見るなら誰だってできる。


でも、それって結局その人の中身を見てないから開けたらつまらない女だって言って捨てる人は少なからずいるだろう。


「緋月さん、先生の話を聞いてなくて大丈夫なの?」


僕はそんなことを聞いてみた。聞いているはずと思っているのだが、実際に考えてみると疑問に思うものだ。


「……問題ないです。先生の話を聞きつつ、本の内容を理解してますので」


「そこは聞いてないんだけどな……まあ、いいか」


先生の話を聞きながら、呼んでいる本の内容を理解しているなんてとんだ天才だと素直に思った。僕には到底できない。この技は成績優秀である緋月さんだからこそできることなのだと思っておこう。僕にも極めればできるのだろうか……


というか、『孤高の氷姫』とかなんとか言われているけど、僕からすれば普通の女の子だと思う。静かに本を呼んでいる姿とか普通だし、話しているときだって、普通の女の子だと思うけど。


だから僕は思う。


__かわいい


と。


でも、そんなこと言おうもんならなんと言われるかわからないから言わないつもりだったのに__


「……やっぱ君はかわいいよ」


口に出てしまったあとで、後悔した。あ、と思った頃には遅かった。


緋月さんの方を見ながら言ったため、彼女がピクッと動いたことも見えてしまった。最悪な気分だった。緋月さんには気の置けない存在として思ってもらっているのに、こんなこと言えば絶対に株が落ちる。


でも、そんな心配をすることもないみたいだった。


なぜって、彼女の顔が少し赤くなっているから。僕たちの席は窓側の一番うしろなので、僕以外は多分見えてないだろうけど、頬を赤らめているあたりやっぱ可愛いと思った。


そして__


「……ずるいよ」


小声でそんなことが聞こえたが、緋月さんからすれば聞かれたくないことだと思ったので聞こえないふりをした。自分の口元がニヤけてないか心配だったけど問題はなさそうだ。


だって緋月さんがこっちを見ようとしないことが決定打だろう。

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