第4話~刺客現る~③

--------(side:???) ---------


くだらない。


何もかもくだらない。


こんな生活、人生に何の意味があるというの?


どれだけ勉強しても、働いても、偉くなっても結局『普通』に生きてそれで終わり。


まるでテンプレートみたいな人生。


……そう言ったら、みんなこう返すんだろうね。


普通の人生でいいじゃないか。普通が幸せなんだ。


……何腑抜けたこと言ってるの?


歴史に名を刻みたいと思わないの?

人にチヤホヤされたいと思わないの?


みんな、心の中では思ってるくせに。


でも、口に出す人はいないよね。


……笑われるから。


普通であることに価値がある、そうでなくてはならない。


人の上に立つなんて、とんでもない。


不相応な夢なんて抱くのはバカのすること。

謙虚に慎ましく生きることが崇高。


マイノリティは排除される。


私は、そんな世界が嫌いで嫌いでたまらなかった。


……でも。


でも、本当に嫌だったのは、世界に流される私自身。


人の顔色を伺い、媚びへつらい、愛想笑いを浮かべてた私。


「将来の夢。不破明。

私の夢は、市役所職員です。

なぜなら、自分の生まれ育った街へ、恩返しをしたいからです。

この町がもっと豊かで人々が笑って暮らせるような理想の町に……」



――平凡で、小綺麗な将来。


違う。


つまらない。


私の理想はこんなのじゃない。


私にしかできない何かを成し遂げたい。


テレビでスポットライトを浴びるような、未来の受験生に暗記されるような、そんな人生を送りたい。


でも。薄々分かっていた。周りの人間は優しいから言わないけど。自分が一番分かっていながら、目を背け続けてた。



――私はそんなに大した人間じゃない。



頭も良くない。

顔も良くない。

何か飛び抜けた特技があるわけでもない。


どこにでもいるだろう普通の少女。


それが私。本当に、つまらない存在。



高校3年生の頃だった。


コンビニでアルバイトをしていたある日、強盗に襲われた。


レジの点検をしていた私は泣きそうになりながら、言われるがままお金を差し出した。

店長にそう対応するよう言われていたからだ。


しかし、強盗は私の差し出したお金を受け取ろうとせず、突きつけたナイフも下ろし、ただぼーっと突っ立っていた。


……そして、私の中の勇気と憧れが、言葉を紡ぎ出した。



『今ならナイフを奪える。

あいつの右手を蹴っとばせ。

ヒーローになりたくないのか。

テレビに出られるぞ。

ワイドショーで取り上げられるぞ。

有名人になれるぞ』



私は、夢中で強盗の右手を蹴り上げた。


その時、強盗は抵抗しなかった。


駆けつけた警察官にそのまま取り押さえられた。


その晩は寝られなかった。


非日常の世界に飛び込んだワクワク感。

恐怖との狭間での心臓の鼓動。


……高揚感が、私を眠らせなかった。


『お手柄女子高生! コンビニ強盗取り抑え!』


そんな記事が出回り始めて3日後くらいのことだった。



「君がなぜ強盗を撃退できたのか、知りたくはないか?」


「はい……?」


「それは君が神に選ばれた、特別な人間だからだ。

そして君のその力で、このつまらない世界をひっくり返してみようじゃないか」


はじめは怪しいヤツだとしか思えなかった。


しかし、『特別』。その言葉が私を惹きつけた。


カナリアの会会員番号7番、不破明。


それが私の肩書きになった。


正直、今でも組織の善悪は分からない。


むしろ、やっていることを客観的に見ればただのテロリストで、悪に近いのだろう。


だが、そんなことは問題ではない。


超能力を使い、社会の裏で国家の転覆を目論む組織。


その会員であること、特別な人生であることが私の全てだった。


これほどまでにスリリングな秘密を抱えていると、あれだけつまらなかった日々の生活も楽しく思えるようになってきたのだ。


私は1人の時、頻繁にカナリアの会の会員証を眺めてニヤニヤしていた。


数ヶ月後、暗殺班に配属された私は、会員番号18番の虎井という少女と行動することになった。


私の『近くのものを敵対させない能力』と虎井の『遠距離から攻撃されない能力』が余りにも噛み合っていたからだ。


私たちは無敵のコンビ。

どんな邪魔者だって消し去れる。


たった2人で死地を共にすれば、深い絆が芽生えるものである。


私は日を追うごとに組織に、虎井に……トラちゃんに夢中になっていった。


そして今から一月前、組織から命令が下った。


今回のターゲットは、輝木光とかいう女子大生だ。


---------


「ふーちゃん! 大丈夫⁉」


どうして今更、昔のことを思い出したのだろう。


撃たれた右腕が痛い。


超能力を自覚してから初めて傷を負った。


そういえば誰かに怒られたり、殴られたりすることってあまりなかったな。

怪我ってこんなに苦しかったっけか。


……1ヶ月の事前調査で輝木光が電気の超能力者であることは分かっていたのだ。


奪わせる前提だった最初の拳銃に弾を込めたのは失敗だった……。


「大丈夫。私はまだ戦える。

2人で一緒に輝木を始末しよう。

そして、組織へいい報告ができるように」


「う、うん!

……それにしても、あのアカイって超能力者、厄介だよね。

拳銃が効かないよ。

あんなヤツまでいるなんて聞いてないのに!」


「うん。それに、私の超能力がバレた以上、もう向こうから突っ込んでくることはないだろうね……。

でもやるしかない。

私の超能力の射程は半径5m。

なんとしてもこの中に、アカイと輝木を同時に入れる。

たったそれだけで、私たちの勝ち」


「……無茶しないでね。決して、私のそばを離れないで」


「分かってるよ。さあ、急いであいつらを追おう」


トラちゃんはこう言ったが、組織に所属して初めて味わうピンチとも言える今の状況。


これも私は楽しくてたまらない。


そうだ。


こんな失敗は、問題ではないんだ。


これは試練。


私はこの試練を乗り越え、さらに『特別』になってみせる。


私は、大したことのない人間じゃない!


選ばれた存在なんだ!



「わわっ!」


ビルから一歩出たら、地面に足がめり込んだ!


アスファルトが溶かされてるのか……!

チッ、小賢しい真似を。


罠をばら撒きながら逃げ続ける気か。


もう通行人は避難済みだから、最初の手は使えない。


……私が倒れるのが先か、あいつらを見つけるのが先かってところだな。


いいだろう。その根比べ、乗ってやる。


逃げた相手を追う時、大切なのは『もし自分が相手ならどこへ逃げるか』を考えることだ。

相手の目線に立たねば。


……もし私が輝木なら、当然だが自分の超能力が発揮できる場所へ逃げる。


あいつの超能力は電気。

中でも得意としているのは磁力の操作だ。


となると鉄製のものが多くある場所に逃げたいだろう。


鉄製のものが多い場所といえば……工場か?

いや工場だけじゃ弱い。


この辺りには大小問わず、工場が腐るほどある。

それらをしらみつぶしに探していたら、日が暮れてしまう。


もっと……もっと決定的な何かが欲しい。


「トラちゃん、この近くの工場ってどんなの?」


「え、え? 工場? 分かった、調べるからちょっと待っててね!

えーっと、牧原繊維工場、明石セメント工場、川島石油工場、高田鐵工所……」


鐵工所!


これだ!


ここならほぼ100%鉄製のものだらけだ!


もし私が輝木なら、きっとここへ逃げる!


「高田鐵工所へ行こう。そこを決戦の舞台にする!」



「この先にはきっと多くの罠が待ち受けている。

だけど、私たちは乗り越えなくてはならない。

……さあ、入ろう。

あいつらに時間を与えても、いいことは何一つないのだから」


まるで難関ダンジョンにでも入るかのように、私たちは鐵工所へ入っていった。



照明が落とされている。

中は真っ暗だ。


バカめ、この程度で足止めができるものか。


「絶対に2人離れないようにね。

あいつらは銃を持っている。

どこから狙われるか分からない」


その瞬間、照明から強烈な光が放たれた。


同時に、破裂した照明のガラス片が降り注ぐ!


「危ない!」


私はとっさにトラちゃんを庇った。


我ながらすごい……!

こんなにボロボロなのに、心はこれまでにないほどエキサイトしている!


「ふ、ふーちゃん……! そんな……私のために……」


「心配は要らない! まだ倒れるわけにはいかないのだから!」


「でも! ……ねえ、もう逃げようよ! 死んじゃっちゃ元も子もないってば!」


「いや! 勝てる! 私は見逃さなかったっ!

二階の管理室と思われるところから、物音がするのを!

ヤツらはそこにいる!」


ヤツらを見つけて私の射程に入れれば勝ちなのだ。


有利なのは私たちの方だ!


「もう逃しはしない。ここで決めるよ!」


「ね、ねぇ……それも罠なんじゃ……」


階段を駆け上がり、管理室のドアを思い切り開ける!


そこには――。



――――大量の鋭利な金属片が蠢いていた。



……やられた。


気付いた時にはもう遅かった。


金属片は、私に向けて一直線に向かってきていた。


後ろに輝木とアカイの姿が見えた。


ヤツら、そこへいたのか。


輝木へ向かう金属片はアカイが溶かして防御している。

……なんだよ、ヤツらも結構なチームワークじゃないか。


「トラちゃん! 逃げて!」


最後にそう叫んで、私は倒れた。



--------(side:???) ---------


どうして。


どうしてあなたはそんなにも強いの?


私は今だって怖くて堪らないのに。

目を逸らしたくて仕方ないのに。


「トラちゃん! 逃げて!」


自分は逃げないくせに、私のことは逃がそうとするなんて。

すごいよ。


あなたはどこまでも、私の理想を行く。


でも、私は逃げたくない。

なんとかしてあなたを助けたい。


私にとってあなたを失うことは、死ぬことよりも恐ろしいの。


「追い込まれると、人は決着を焦るものさ。

……これで1人は無力化したな。

あとはもう1人だ」


「残っているのはトラちゃんと呼ばれていた方ですわね。

遠距離から攻撃できない超能力の持ち主ですわ。

近づいて一気に決めますわよ」


「分かってるよ。……それか、ビルの中の時みたいに『自衛のため』に銃をぶっ放すべきかな?」


「もうそんな小細工は要らないですわよ」


「だろうね。よし、終わりにするぞ」



輝木たちが降りてくる……。


この!

よくもよくもよくもよくもっ!


お前ら2人とも、ぶち殺してやる!

絶対、絶対、絶対に!


……だが、感情に流されてはいけない。

ここで怒りに任せて突っ込んでいけば全てが無駄になる。


……私がこいつらに勝つ手段……一旦逃げて、遠距離から銃での不意打ちでフィニッシュ、これしかない。

近づかれて私の能力の射程からヤツらが外れたら、その時点で敗北。


「アナタ、遠距離から私たちを撃とうと考えてますわね?

それなら、その手は封じさせてもらいますわ」


炎が輝木とアカイを包む。

しまった……。


こうなると不意打ちしたとしても、私の銃弾はヤツらに届かない。


絶体絶命。

どうすればいい……?


…………。


…………もう投了して、ふーちゃんを保護してもらおうかな?


いや、ダメ。


そうなったら阿井さんみたいに組織に消されてしまうかもしれない。

もし生き長らえたとしても、客観的に私たちのやったことを考えると、裁判で極刑は免れない。


どうしよう……。

私じゃ、ふーちゃんを助けられないの……!


イヤだ……、イヤだよ……!


……泣いちゃダメ。


そう分かってるのに、ポタポタと落涙の音が……。


「…………!」


……いえ、違う!


この音は、涙じゃない!



2階部分から血が落ちる音!


「赤井! 上だ!」



「え⁉ あ、こいつまだ……!」


ふーちゃん……!


ふーちゃんが立ち上がっている!


「遅い! 射程距離内だ……!」


ふーちゃんは2階からそのまま輝木たちの元へ飛び降りる。


そして、この瞬間!


輝木とアカイはふーちゃんの半径5メートル以内に入った!

これでもうこの2人は抵抗できない!


勝った!


私たちの勝ちだ!


「か……勝った……! トラちゃん……私たちの勝ちだ……。

さあ、その拳銃でこの2人にトドメを……!」


「ふ、ふーちゃん……!」


「私の意識があるうちに……、早く!」


私はヤツらに近づいて銃を構えた。


や、やった!

ミッション成功だ!


これで2人とも助かるんだよ!

ふーちゃんも組織に治療してもらえる!


良かった……!


「よくもふーちゃんを傷つけたな! まずはお前からだ! 死ね、輝木!」



――――その時。


「えっ?」


私の手が輝木に蹴り飛ばされた。


思わず銃を落とす。



……は?


え、え?

なんで?


どうして?

ふーちゃんの超能力で、こいつらはもう抵抗できないはずなのに!


混乱しているうちに輝木に投げ飛ばされる。


何⁈

何なの⁈


何が起きてるの!

ふーちゃんはまだ意識を失ってない!


それなのになぜ⁉

どうしてどうしてどうして⁉


「どうしてなのーっ⁉ 意味分からないよーっ‼」


ふーちゃんも呆然としている。


輝木は無表情だが、攻撃の手を緩めない。


なぜ?

意味不明‼


意味不明意味不明意味不明!


「そうだ! これは悪い夢なんだ!

私たち2人が負けるなんてあり得ない!

これは全部夢なんだ! あはははは……」



--------(side:輝木光) ---------


勝った。


「……輝木。アナタ、夏休みの宿題は最後の1週間にまとめてやるタイプでしょう?」


「そうだけど……。それが何?」


「別に……。アナタという人物が分かってきたような気がしましたわ」


何言ってるんだこいつ。

夏休みの宿題とこのテロ事件、どう関係あるっていうんだ。


「……内木さん、ありがとうございました。

あなたのおかげでこいつらを拘束できました」


「や、役に立てたようで嬉しいわ……。ありがとう……」


私の作戦はこうだった。


内木さんには事前に工場内で待機して隠れてもらう。

そして、私たちが罠を仕掛けてあいつらを迎え撃つ。


罠でヤツらを倒せれば1番だが、もし私たちが危なくなった場合は『内木さんに私を操作してもらう』。


これなら、あいつらを『対象にしていない』し、範囲外にいる内木さんなら『敵対できる』。


「そうか……。最初に撃ったソイツも超能力者だったのか……」


ふーちゃんとやらがまた意識を回復した。

こいつタフすぎるだろ……。


今、こいつらは工場の柱に縛り付けてある。

もちろん、半径5メートル以内には入っていない。


「安心しなよ。私たちの身内に、どんな怪我でも一瞬で治せるヤツがいるからさ。

まあ、その後の裁判で重罪判決は免れないと思うけど」


「別にいい……。私はどうせ、この世界にはそぐわない人間……。

だったら無駄に生き長らえるより、充実したスリリングな人生を歩みたい……」


「アナタ……。この大量殺人が充実した時間だったとでも言ってますの?」


「……結果はそんなに重要じゃない。

私にとって大切なのはそこに至るまでの過程。

……負けたけど、君たちと殺しあってた時間、楽しかったよ」


……少し分かってしまう気がする。


阿井の時も、津場井の時もそうだった。


この極限をどこか楽しんでる自分がいる……。


「君たちにもわかる日が来るかもしれないよ?

……なんて言ったって、私たちは『特別』なんだから」


「……一緒にしないで欲しいですわね」



……そういえば、さっきから外が騒がしくなってきたな。


「おーーい‼ ヒカリちゃん! モエちゃん! 大丈夫ー⁉」


武装した集団、そして間の抜けた声と共にメグがやってきた。


「あ、ウチさんもいたの⁈ 大変! ケガしてる! 治さなきゃ!」


「あ、ありがとう……」


「いやぁゴメン! 全然気付かないで家で爆睡してましたー!」


メグがいても状況はそんなに変わらなかったから、別に良かったと思うけど……。


「この人たち、政府直轄の特殊部隊なんだってさ!

何でも対超能力者の訓練を積んでて、昨日の私たちのプログラムを作ったのもこの人たちなんだって!」


へぇー。そんな部隊があったのか。

SATじゃなかったんだな。

でもなぁ……超能力なんて人それぞれ違うのに訓練なんてできるのか?


「輝木、赤井、内木。ご苦労だった。またしても拘束に成功するとはな。さすがはA級能力者だ」


「久しぶりだね。超能力者さんたち。無事で何よりだよ。後は、僕たちに任せて!」


国井と坂佐場もいたようだ。

そして、エーキュウ能力者?


A級?

永久?


分からん。


「この血だらけのヤツは近くの人間が敵対できないという超能力です。

で、もう1人が遠くから攻撃できないという超能力。

基本的にこの2人を離れたところに拘留しておけば無害です」


「……。ありがとう。よし、それでは慎重にこの2人を拘置所に送れ!」


2人に手錠がかけられる。


「ねえ、これ外してくれないかな?」


「往生際が悪いヤツだな。超能力が効いても、これだけの人数がいたら外そうする人を周りが止めるだけだぞ」


「あぁ、そっかぁ……。うーん……」



そして、2人は逮捕された。


あいつらは不破明、虎井芽衣が本名だったらしい。


これにて、一件落着。

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