第3話~始動~①

10時間の入院が終了した。

医療費は国家が支払うらしい。


当たり前だろう。

そもそも、『危険じゃない仕事』と聞いていたのにあんな目に遭うなんて……これもう一種の詐欺でしょ。


病院は自宅……と言っていいのか分からないが、今住んでいる例の部屋から割と近くだったようだ。

電車を乗り継いで1時間足らずで帰宅できた。


パソコンを確認すると国井からメールが送られていた。

内容は明日集合する場所と時刻。


9時に西新宿ね。

了解了解。


考えてみれば、今日は色々とおかしかった。


てかなんで昨日私を殺そうとした阿井を守るために、暗殺者と戦ってたんだよ。


結局阿井は死んじゃったしさぁ……。


それに、カナリアの会の基地に乗り込んだーとかじゃないのに、向こうから私の方に寄って来すぎじゃない?

何なの?

私カナリアの会に何かした?


今のところ特に何もしてないんですけど。

あぁ……全くイヤになる。


あ、でも私プロの暗殺者に勝ったんだよね。それってすごくない?


訓練とか受けたワケじゃないズブの素人がプロに勝つってヤバくない?


もしかして私天才?

……まあ、もう何でもいいや。


疲れたしさっさと寝よう。


どうか明日は安全な1日を過ごせますように……。


---------


朝だ。


…………えーと今は、9時半ね。


…………9時半⁉

ヤバい。やらかしたっ!


えぇい、女子力を生贄に捧げ、起床後5分以内で出発!

さらに、『反省した態度』を上っ面に伏せターンエンド!


電車の窓に映った自分を見て、左の襟足辺りに寝癖がついていたことに気がついた。

こういうのって一度気がついてしまうと気になって気になって仕方がない。

うー……早く駅に着いてくれー。


降車駅の新宿に到着。


山手線、無駄な駅に止まりすぎなんだよなぁ。

目白とか要らなくない?

なくなってもみんな困らないでしょ。


行くなら池袋から歩きなよ。

健康にいいよ。


西新宿へは新宿から丸ノ内線で一駅だ。

早いところ寝癖を直したいが、あと数分なので今はガマンガマン。



西新宿の改札を出てすぐのところに国井がいた。


「…………」


あ……、やっぱり……怒ってらっしゃい……ますよね……?


「すみません! 大変申し訳ございません!」


「うん? あぁ、遅刻か。

別に私は構わないよ。

津場井を確保した功績があるしな。

疲れてただろうから免責だ免責」


おぉ……。

なんとお優しい……。


人間の鑑!

理想の上司!

いよっ、日本一!


「ありがとうございますっ! ……あの、ところで津場井は今何を……?」


歩きながら、気がかりだったことを聞いてみる。


また口封じに会員が来てたらたまったもんじゃないし。

無限ループになりかねない。


「現在、津場井からはカナリアの会の情報を聞き出そうとしているが……。収穫はないだろうな」


情報を聞き出すってまさか、拷問とか……?

いや、拷問は憲法で禁じられているハズだから別の方法でしょ多分、うん。


「心神喪失のような状態でな。心を読んでも何も返ってこないそうだ」


あ……。

あの読心女か……。


そうか、アイツがいれば基本的に何でも聞き出せるのか。


にしても、心神喪失状態とは……。何かすみませんねぇ。


「着いた。詳しい話は中でする。彼女たちも待っているからな」


国井が案内した先はスポーツジムのような大きな建物だった。


何だろうここ。それに、彼女たち?

一体誰?


建物に入ると3人の女性が座っていた。


「お待たせした。紹介しよう。彼女は輝木光。

君たちと同じ、超能力特殊部隊へ入隊予定の超能力者だ」


え、あの……何なのですか突然。


「あーっ! もしかして昨日治した人⁉

超能力者だったんだね!

私は水野恵(ミズノメグミ)っ!

18歳でーすっ!」


「え、あの……」


1人が勝手に名乗りだした。

え、だから何これ。


しかもこの声、どこかで聞いたことある気が……。


混乱して困り果てた私が国井を見ると、国井が私に言った。


「輝木。ここ数日の君には連絡が取れず、先んじて話せなかった……。

彼女たちは、君のように私がこのプロジェクトへスカウトした超能力者なのだ。

例えば、君の目の前にいる水野恵は『生命力を引き出す』超能力者。

昨日、君の大ケガを治したのは何を隠そう彼女だ」


この人が……?


「あ、ありがとうございます……?」


とりあえずお礼を言っておく。

未だによく分かってないけど。


「お礼を言うのもいいですけど、予定より1時間以上も遅れた件について反省の弁を述べていただきたいところですわね」


もう1人が口を開いた。


そして、この声……この口調……。

間違いない……!


「それについては申し訳ありませんでした……。……あの……、『レッド』さん……ですよね?」


「……どうしてその名前を?」


やっぱり!


「私、『ひかりん』です! 一昨日、あなたと一緒に戦った剣士ですよ!」


まさか、こんなところで命の恩人と再会できるとは。

運命とやらも中々粋なことをするじゃないか。


「ウッソー⁉ 『ひかりん』なの⁉

あのさ、私『メグメグ』だよ!

ミズノメグミだからメグメグ!」


なんか水野さんが話に入ってきた。


……って、えぇぇ⁉

マジっすか。

世界って狭いっすね。


「……赤井萌(アカイモエ)ですわ。私の名前。年齢は22」


赤いからレッド……。

そのまんまっすね……。


そして同い年。


……ん?

アカイ……?

アイツの言ってたアカイってのはレッドさんのことだったのか。


「皆さんには大変お世話になりました。

もし、皆さんに出会えなかったら、私は今頃墓の下に埋まっていたことでしょう。

本当にありがとうございました!」


これでスッキリ。

いやぁ、お礼が言えて良かった良かった。


「イヤイヤ、そんなコトー……あるかも?

ゲーム始める時にヒーラー選んどいて良かったよー!

……あ、そうだ。別に丁寧語じゃなくてもいいのにー。

ちなみに歳はいくつなの?」


「歳? 22歳だよ」


「う。……いやー、あのー……お若く見えますねー……な、なーんて……」


……私のこと年下だと思ってたのかこの人……。


別にいいけどさぁ……。

そう言えば、今日慌てて飛び出してきたから化粧も何もしてないもんなぁ……。


「別に気にしないからタメでいいよ。

それより、傷を治してくれてありがとね。

結構ヤバかったでしょ私」


「確かに! 一体何やったらあんな状態になるのさー」


ウフフっ……。


よくぞ聞いてくれました!

聞いて驚け!


なんと私は昨日――


「輝木は昨日、阿井の口封じにやってきたカナリアの会の暗殺者と交戦したんだ。その際にあの重傷を負ってしまったようだ」


ちょっと、国井さーん……。


「暗殺者⁉ ヒカリちゃんすげぇ!」


「ま、まあ? 運が良かっただけだよ。 偶然偶然!」


自分の口で言いたかったけど、まあ、いいでしょう!


ん?

なんかレッドさん……じゃなかった、赤井さんがこっちを見てる。


ってか顔怖いなぁこの人。

おっと、この人の超能力が例のアイツみたいに『心を読める』とかだったら大変だ。


余計なことを考えてはいけない。


「あ! あの!」


部屋にいた3人目が声を張り上げた。


正直なところ、ゲームで会った2人の衝撃が大きくて存在を忘れてしまっていた。

すみません。


「えっと、その……お、一昨日は……ありがとうございました……。


あの……私、内木遊(ウチキユウ)と言います……」


内木さんね。名前の通り内気そうな人だけど……。

名は体を現すってことかな。


……いや、それはないな。


それだと私の名前が『輝木光』っていうのはおかしいもん。

輝いてる要素ないでしょ私。


「あの……ひ、ひかりんさんがいなかったら私、殺されてたと思う……。

だから、ちゃんとお礼を言いたくて……」


私がいなかったら殺されてた……?


私あの時誰か助けたっけ?

むしろ助けられっぱなしだった気が……。


あ、もしかして間接的に助けた的なことなのかな。

あのゲーム、すごい人気だったから他の超能力者がやっててもおかしくないし。


「いえいえ、そんな。改めまして、輝木光と申します。都内の大学生です」


「だ、大学生なのね……。

私も数年前まで大学生だったんだけど……、あのゲームにのめり込んじゃって、余り青春は謳歌できなかったわ……」


あー……。

この人見るからにゲームにのめり込みそうな感じするわ……。


っと、いけないいけない。

この人の超能力が例のアイツみたいに『心を読める』とかだったら……以下略。


「それでも、あれだけ突き詰めたのはご立派だと思いますわ。

どんなことでも、トップに立つと言うのは大変ですもの。

お陰で私たちも助かりましたし。ねぇ、輝木光さん?」


「え? あ? は、はい! そうですよね!」


は?

何のことだよ。


私たちが助かった?

あの2人以外の誰かに助けられたっけ?


「そ、そうですか! 良かった……!

そう言ってくれて嬉しいわ……。

わ、私、最初あなたたちを、ログアウト目的のプレイヤーと勘違いして突っかかっちゃったから……。

本当は嫌われちゃったんじゃないかって……」


ログアウト目的と勘違い?

突っかかっちゃった?


…………え。


まさか………。

ウソでしょ…………。


「もしかして……あなた……ウッチーさん……?」


「え、は、はい……? そうですけど……」


「……もしかして、気づいてなかったんですの?」


えぇぇ…………。


イヤイヤイヤ。

こんなの気づくの無理でしょ。


キャラ違いすぎでしょ。


「わ、私……人と上手くお喋りできなくて……。

ゲームの中とかなら、話せるんだけど……」


……それにしたって、限度ってものがあると思いますよ。



「では、全員揃ったところで話を始めたいと思う。

今日君たちに集まってもらったのは第一に部隊員同士の顔合わせ、そして第二に君たちに自衛の手段を身につけてもらうためだ」


国井が話を始めた。


「例えば、輝木は昨日カナリアの会の暗殺者と交戦し重傷を負った。

発見が遅ければ死んでいた可能性もあったくらいだ」


3人がこっちを見る。


そんなに見ないでくださいよ。

照れちゃうじゃないのさ。


「無論、君たちの身を危険に晒すことはでき得る限り回避するが、今後も全く安全だとは保証できない。

だから、君たちには数ヶ月間特殊な訓練を受けてもらう」


訓練……なんかキツそうだからイヤだなぁ。


「訓練って、具体的には何をするんですかー?」


水野さんの言う通りだよ。何するんだよ。


「今からそれについて話す」


そう言って、国井はクリップで留められた紙を取り出した。


「この紙に書かれているのは警察のとある特殊部隊に作成を依頼していた、対超能力者用の訓練プログラムだ。

君たちは今後、このプログラムに従って生活してもらう」


警察とある特殊部隊って……SATとか?


「対超能力者用の訓練って、どんなことを……」


「それについて、今日はスペシャルゲストを呼んである。おい、来てくれ」


国井が呼びかけると奥の扉から30代前半くらいの男が現れた。


「この男は坂佐場(さかさば)と言って、私の大学の後輩だ」


「こんにちは。超能力者の皆さん。坂佐場です」


「今、坂佐場は警察庁に勤めていてな。この訓練プログラム作成も彼の指揮で行ったんだ」


「け、警察庁……!」


内木さんが姿勢を正す。


……これは、後で聞いたのだが、内木さんは現職の警察官なのだ。

そりゃ警察庁の人間にはビビるわな。


「えっと、さっき質問してたのは水野恵さん……だったかな?

うーん……。逆に僕から質問させてもらうね。

何すると思うかな?」


坂佐場が言う。


柔和な表情なのは結構だが、質問を質問で返すなよ、めんどくさい。


「え、えーっと……。銃の使い方……とかですかね?」


「……うん」


水野さんが答えると坂佐場は意味深に呟き、銃を取り出して私たちに向けた。


……って、えぇ⁉

銃⁉

何考えてるんだ!

取り上げないと!


「!」


すぐに私は磁力を発生させ、坂佐場から銃を奪い取る。


「お見事。……とまあこのように、超能力者を相手取る際に、武器へ頼るのは難しいんだ。

特に銃とかの飛び道具は、ほとんどの超能力者が何かしらの方法で対策しているだろうね。

あ、ちなみに、その銃はニセモノだよ。安心してね」


……。

はぁ……。


この説明のためだけに私は超能力を使わさせられたのか。


磁力出すのって結構疲れるんですけど……。

具体的には塁間を全力疾走するくらい。


「つまり、最後に頼れるのは己の肉体。

よって、プログラムは走る、跳ぶと言った身体能力の強化、そして徒手空拳での護身術!

この2つが中心だよ。

これが今から行う訓練の具体的な内容……要するに水野さんの質問の答えってことになるね」


…………。あぁ、聞くからに面倒くさそう……。


……とにかく、緊張して喉が渇いたから、隅のクーラーボックスにあるだろう飲み物が欲しい……。


訓練といってもそのくらい許してもらえるよね?

昭和の時代じゃあるまいし。


---------


何でこんなことになったの……?


全く気が進まないんですケド。


私が珍しく愚痴ってる原因は30分ほど前にさかのぼる。

……ほら、そこ。『いつもグチグチ言ってるだろ』とか思わない!


「あの……やっぱりやめましょうよこんなこと……。

私たちは同じ部隊に所属することになった仲間じゃないですか。

なんで戦う必要があるんですか!」


「戦いではない。訓練の一環だ」


最悪っ‼



---------



30分前――。


「戦闘訓練?」


「そうだ。君たちはちょうど今『お互いの超能力を知らない』状態だ。

だから、君たち同士で戦闘訓練を行い、見知らぬ超能力者と対峙した時どういう行動をするのかを見させてもらう。

無論、今後は部隊員同士の連携のため超能力を明かす必要がある……。

よって、初顔合わせである本日にしかできないことなのだ」


えー。昨日津場井と戦ったのに、今日も戦うなんてイヤっすよ……。


「1対1の形式で行う。

ただし、水野の超能力は全員が知っている上に、負傷者が出た際に迅速に治療する役目があるのでこの訓練から除外する」


いいなー……。

私も回復要員が良かったなぁ。


「……では、まず赤井と輝木からだ。内木は2人の超能力が分からないよう、別室へ移動してくれ」


「は、はい」


内木さんが部屋から出て行った。


マジでやるのか……。


「国井先輩。僕もその戦闘訓練、見てていいですか?」


坂佐場が国井に尋ねる。


「あ、あぁ。別にいいが……。仕事に戻らなくて大丈夫か?」


「やった。じゃあ僕も観ていきます。

みんな、頑張ってね。あ、仕事なら大丈夫ですよ。

今日は午後休ですから」


「それならいいが……。よし、赤井、輝木。準備してくれ」


「アナタは一応恩人ではありますが、ここはお互いに恨みっこなしですわ。

訓練ですもの、真剣にやらなくてはなりませんわ」


赤井さんもなんかやる気だし……。


「あ、あはは……」


「何ですの? その気の抜けた返事は。

この訓練の必要性は先ほどご説明いただいた通りですの。

一切手を抜く気はないので、そのつもりでお願いしますわ」


やっぱりこの人怖いよぉ……。


「2人とも頑張れー!」


水野さん、気楽でいいですね……。



---------



――そして今に至るというワケ。


こうなったらやるっきゃない。

プロの暗殺者を退けた私の実力を見せてやる!

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