第2話~出会いがしら~②

「な、何ィ⁉ ボクが大ウソつきだって? 死への恐怖で気が狂ったのかい?」


津場井が初めて狼狽えた表情を見せた。

ならば……私の推理は恐らく正解だっ!


「お前は私のことを『血濡れた』と言っただろ。

確かに私はお前にやられた刺し傷と……そして、阿井創市の首から吹き出した血で塗れている」


「だ、だから何だってのさァ……!」


「阿井が死んだ時、私よりお前の方が阿井の近くにいたハズだ!

それなのに『お前には一滴たりとも血が付着してない』ってのはどういうことだっ‼」



「!!」



「と、止まった時の中ならば、血飛沫を避けることなど造作もない――」


「残念だけどそれも通らないっ! 足元をよく見ろ!」


津場井が下を向く。


同時に苦悶の表情が見え隠れする。

気が付いたかバカ。


「お前は今、血だまりの上に立っている。

元からお前は血を避けようとすらしていない。

さらに、お前の靴も服と同じく血は付いていない」


これに対する答えは一つ。


「お前の本当の超能力は、時間停止じゃないんだろう! 津場井照!」


津場井は黙ってこちらを睨みつけている。


「お前はさっきこうも言ったな。

『ボクは慎重な性格だからね。わざわざキミに近づかない』

……慎重を自負する人間がそもそも、自分から超能力を明かすなんて明らかにおかしい。

そんなことするくらいなら黙って私を殺せばいいはずだ。

しかし、敵に時間停止の超能力と思い込ませること、それがお前の戦術だと仮定すればツジツマが合うっ!」


「ぐ、ぐゥ……!」


はっ。まだぐうの音は出るってか。


でも、根拠はこれだけじゃないんだぞ。


「ナイフを頑なに一本ずつしか投げないのもおかしい。

本当に時間停止できるなら、私の全方位からナイフを投げて瞬殺できるハズ」


「ふ、普段は銃を使ってるのさ! 複数を同時に投げられるほどのスキルはボクにはないんだよォ!」


ふん、バカなヤツめ!


「ボロが出たなこのウソつき! 複数同時に投げる必要なんてないんだよ。

――『本当に』時間が止められるならねっ‼」


「! あっ、……しまっ……」



「お前の超能力は時間停止じゃない!

恐らく……映写機のように自分の映像を映す、みたいな超能力じゃないのか?

お前の本体はこの部屋のどこかに潜んでいて、写した映像で私の気を引いているスキにナイフを投げ込んでいたんだ!」


ナイフは全て私の左側、入り口方向から投げられていた。


映像に気を取られた私が勝手に背中を向けていたから、まるで全方位から攻撃されているように錯覚していたんだ。


さあ、諦めて投了するんだ津場井照!


「………………。

フフフ……。オーケイ、キミの言っていることは正解さ。

……ボクの超能力が見破られたのは初めてだよ。

見事な推理力、観察力だねェ」


気づけば穴だらけのトリックだった。


コイツは今まで、素直なヤツかアホとしか交戦してなかったんだろう。


「だけどねェ。それに何の意味があるんだい?

…確かにボクはキミの言う通り、この部屋に隠れているよ。

でもキミはすでに虫の息。

右足も動かせない。

そんな状態でボクを見つけられるのかなァ?」


ハン。人が隠れられるところなんて、この狭い部屋の中では限られてる。


例えば、私が壁際に移動するのに使った、後ろのロッカーとかね。


……でも、ここにアイツが隠れているとしたら、既に私は背後から攻撃されているだろう。

だからここはハズレ。


「……見つけてやるさ。少なくともここから見て入り口側にいるということは分かっているんだ……」


しかし、入り口付近にはパイプ椅子くらいしかない……。


もちろん人間がパイプ椅子に隠れられるワケはないのでこれも違う。


「せいぜい頑張りなよ。

でも、キミはすでに満身創痍。

それに、一瞬でもボクに背中を見せたらすぐに殺されちゃうよォ」


「うるさい! 黙っていろ! すぐに見つけ出して、ぶちのめしてあげるからな!」


津場井は私の気を散らすつもりなのだろうが、これはヒントになる。


『今、私の前方に津場井がいることが確定』した。

……やはり入り口付近か……。


「入り口側にはイスくらいしかないのになァ……。

イスに人間が隠れられるワケないじゃないか。

でも、この部屋には他に何かあるかなァ?

ないならやっぱり、イスが正解かもね」


ごちゃごちゃうるさいな。


……もしや、イスに細工が……?

私は体を引きずって入り口付近に向けて移動する。


「こんなに血を流してかわいそうにィ。見つける見つけない以前に、出血多量で死んじゃうんじゃないの?」


またしても、血……か。


…………!


そうか!


ヤツの隠れてる場所は……!


「入り口まで死なないように頑張りなよォ〜」


「…………入り口? いや、私はもうゴールに到着した」



「はァ? 何言ってるんだい?

キミのいるところには床しかないじゃないか。

……あァ、ついに出血多量で脳にまで血が行かなくなって……」


「お前こそ、盲目なのか?

ここにあるじゃないか。

ぴったり人間1人が隠れられるモノ……。

――そう、血だまり中の遺体が‼」


「‼」


「刑務官の遺体に扮してお前は私を攻撃していたんだっ!」


刑務官の遺体から帽子と上着を奪い取り、銃を突きつけるっ!


「津場井、お前の負けだっ!」


遺体は、遺体ではなかったのだ。


その正体は、先ほどまで私を追い詰めていた男、津場井照に間違いなかった!


これにて、私の勝利!



「フフフ……!

最後の最後に油断したねェ!

ボクは津場井照、光の超能力者!

ボクに近付こうとした時点で、キミの命運は尽きていたのさァ!」


「なっ……!?」


瞬間、視界が真っ白に!


しまったぁ!

目眩しだっ‼


「スキありィ! 死ねえぇェェェェッッ‼‼」


津場井は何をしてくる⁉


私から銃を奪う⁈

ナイフを投げてくる⁈

それとも、私にナイフを突き立てようとする?


答えは――3番目だったっ‼



「ギャアァァァァッ‼」


直後、悲鳴を上げたのは――――津場井!



「最後の最後で油断したのはお前の方だ津場井。

いや……お前はずっと油断していたんだ」


津場井が血だまり中でうめく。


「か、体が痺れるようなっ……!

焼けるようなこの痛みはっ……⁉

まさかァキミ……」


津場井……お前にはずっと勘違いしていたことがある。


相手を侮り、勝ち誇るお前は、最初の時点でミスを犯していた。


「私の超能力は磁力じゃない。

電気なんだ!

私に『電気の通るナイフを突き立てる』ことはできないっ!」


「で、電気……ッ!」


視界が戻った私は、感電してうずくまる津場井に、再び銃を向ける!


「もう一度言うぞ。お前の負けだ! ……覚悟はいいかっ」


「や、やめてくれ……、やめろおおおォォォォォォォッッ‼‼」


拘置所に銃声が響いた。




……いや、別に殺したわけじゃないですよ?

手足を撃って動けなくしただけです。


津場井はショックで気を失ったみたいだけど……。


それに、私ももう限界……。


左脇腹、背中、右足、左腕をナイフで引き裂かれた状態で動き回れるハズはなく……。


あ、ヤバいわコレ。出血多量のせいかな……?


景色が揺れるような、霞むような……。


お願いします……、どうかこれにて……一件落着であってください……。


そう懇願しながら、私の意識は途絶えた。



---------



見慣れないところで目が覚めた。


……えーっと……確か……東京拘置所で変な暗殺者と交戦して……名前は……津場井だったかな。


結構こっ酷くやられて……そうだ、ナイフで色々と刺されたんだ。


あれ……。でも今の私にはケガはない……。

あのケガがすぐに治るってあり得るのかな……。


実はあれから何週間も経っている?

それとも、全部夢だったとか……?


っていうか……そもそもここはどこだよ。


白い天井にベッド……病院か。


じゃあ、やっぱりアレは現実だったのか。

あの大ケガが跡形もなく治るなんて……人間の生命力ってすごーい。


「気がついたか。輝木」


……この声は。


「国井さん……」


「危ないところだったな。あと1時間発見が遅ければ、君は死んでいたかもしれない」


マジですか……。

2日連続で命の危機ってヤバイっすね……。


「私は何日間眠っていたんですか……?」


「何日……? 君が眠ってたのは10時間くらいだよ」


……え?


10時間?

イヤイヤイヤ、ご冗談を。

10時間であのケガが治るワケないでしょ。


10日の間違いでしょ。

10日だとしても治らないと思うけど。


「何変な顔をしてるんだ。……あぁ、ケガのことか。もう心配は要らないと思うが……」


「10時間で治ったんですか⁉ あり得なくないですか⁉」


私の声に驚いて周りの患者が一斉にこっちを見る。

い、いや、あの……すみません……。


「ん? あぁ、そっちのことか。

確かに普通ならあの大ケガがすぐに完治なんてあり得ないな。

……しかし、普通じゃないことをできる人間が、この世にはいるじゃないか」


……!

超能力か……!


ケガを治す超能力者がいるということか。

私を治したってことは恐らく敵ではなく、味方なのだろう。


……つまり、その人も私のように国井に脅され、無理やり働かされてるんだろうなきっと。

かわいそうに。


「超能力特殊部隊プロジェクトには私と読心女以外にも超能力者が………」


「独身女? 確かにプロジェクトには単身者が多いが……。

まあいい、そのことで君に明日来て欲しい場所がある。

今日はもう遅い。帰ってゆっくり休むといい」


「はぁい……」


私は気の抜けた返事をした。


それが安堵ゆえなのか、疲れゆえなのか、はたまたこれからの日々への不安感ゆえなのか、自分でも分からなかった。

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