第2話~出会いがしら~①

国井曰く、カナリアの会の会員である阿井はやはり超能力者だったそうだ。

そりゃそうだ。


データの不正改竄はまだしも、ユーザーをゲームの世界に閉じ込めた挙句、

ゲームと現実のダメージをリンクさせるなんてことが、現代の技術力でできてたまるか。


阿井は都内の拘置所に拘留されているとのことだ。

裁判まではまだまだ時間がかかりそうだが、あれだけ甚大な被害を出したんだ。恐らく極刑は免れないだろう。


未だに3-5の凄惨な光景は私の脳裏に焼き付いている。


……恐ろしいのは、あの光景を生み出した一因はテロリストでもない普通の人々にあるということだ。

人間の本質というものは、想像以上に残酷なのかもしれないな。


それに、昨日一緒に戦った仲間たちのことも忘れられない。


もし彼女たちがいなかったら、私は他のユーザーに襲われて命を落としていただろう。


本当の顔も名前も知らないけど、何とか会っていつかお礼を言いたいね。


朝起きて間もなく、また国井から連絡があった。

……今回はすぐに出ますよ。『モンスター&ドラゴンズ』は現在サービス停止してて遊べないし。


いや、遊べたとしてもしばらくはやる気にならないかな。


「はい、輝木です」


『輝木。君にまたしても簡単なお願いがある。

東京拘置所に行って阿井と会ってきてほしい。

君が交戦したテロリストが阿井で間違いないか確かめてきてくれ』


「え。しかし、阿井は全ての罪を認めていると伺ったのですが……」


『我々の活動と警察の捜査は分けて行わなくてはならないのだ。……警察は役に立つが、アテにしてはならないんだよ』


国会議員がそんなこと言っていいのか。

警察庁の官僚全てを敵に回しかねない発言ですよそれ。


『とにかく、事務的に必要なことなのだ。一度会うだけで構わない。どうかよろしく頼む』


「はぁ……。分かりました。今から拘置所へ向かいますね。それでは」


私はそう言って電話を切った。


事務的な仕事ねぇ……。


最初に超能力者のテロ組織と戦うと聞かされた時は、バトル漫画のような毎日を想像していたが、実態はこんなものなのかもな。


いや、別に漫画みたいな展開を期待していたとかそういうワケじゃないですよー。

……ごめんなさい、本当はちょっとだけ期待してました。


でも、楽に1億円の借金が解消できるならば、こっちの方が断然いいですね。事務仕事万歳。


---------


そんなこんなで拘置所到着。


さて、あの憎ったらしいテロリストが果たして現実ではどんなご尊顔なのか、拝んでやるとするか。


……あ、ちょっと待てよ。

こんなラフな格好の女が、未曾有のテロ事件の実行犯と面会なんてできるのか?


門前払いされそうなんだけど。

……ほら、案の定警備員っぽい人がこっちに来てるし……。


杞憂だった。


警備員は私の元に来るなり、

「輝木光さんですね。国井さんからお話は伺ってます。こちらへどうぞ」

と言って案内してくれた。


国会議員の権力ってすごいですね。


「私がご案内するのはここまでです。

このまま奥へ進んでいただくと部屋がございますので、そちらお入りください。

安全のため、面会の際には監視の者がおります。

部屋へ入られましたら係の指示に従ってください。では」


そう言って警備員はどこかへ去っていった。


……これは、後で調べた話なんだけど。


拘置所の職員は、警備員じゃなくて刑務官って人らしいね。

国家公務員なんだとか。


……まあ、そんなことはどうでもいいんですよ。

私はここで、もっとヤバい出来事に遭遇することになったのだから……。


とにかく私は警備員……ではなく、刑務官に入るよう言われた部屋へ入る。


その中で、最初に目にしたものは――




血だまりに横たわる刑務官だった。



な、な、な、なんじゃこりゃああぁぁ‼


脱走するために阿井がやったのか⁈


だとしたら阿井を逃すワケにはいかない!

急いで、かつ慎重に、部屋の奥へ進む。


私が命懸けで手にした功績を、水泡に帰されてたまるか!

いや、私は阿井に負けそうだったけどさ!

えぇい、とにかく行くぞ!


「なっ……っ!」


阿井創市がガラスのこちら側にいるっ!


脱出している!

まずいっ!

だが、それ以上に、この部屋は何か妙だ!


「――っ」


違和感の正体その1!


脱走に成功しているのにもかかわらず、阿井は青ざめ、怯えた表情を浮かべているのだ!


怯えている対象は……。


部屋の中にいる、絶対に刑務官ではないだろう変なもう1人の輩だ!


コイツの存在そのものが違和感その2! いや、それを通り越して異常事態だ!


「あなたは一体……、!」


この男、銃を持って阿井に向けている!

阿井を殺すつもりなのか⁉

銃を取り上げなければ!


「させないっ」


私は超能力で思い切り磁力を発生させ、銃を自分の方へと引き寄せる。

謎の男は困惑しながら銃を手放したので、私は床に落ちた銃をすかさず拾い上げる。


……ひとまず、銃を取り上げることには成功した!


「あなたは誰なんですか⁈ ここで何をしてるんです‼ 刑務官を殺したのはあなたですか‼」


男に問い詰める。


男は落ち着きを取り戻しましたと言わんばかりの顔をしながら、返事をした。


「オーケイ。質問が多いよ。まずどれに答えればいいのさ?」


なんだコイツ……⁉

銃を取り上げられたっていうのに、なんでこんなノンビリしてられるんだ!?


私は薄気味悪さのあまり、必死で男に銃を向けた。


「全部だ‼ 余計なことしないでさっさと答えろ! 顔半分を吹き飛ばされたいのかこのタコ!」


ワザと威圧的に言った。

普段からこんなに私の口が悪いワケでは断じてない、うん。


「やめろ! さっさとここから逃げろ! 殺されるぞ!」


その言葉を発したのは意外な人物だった。


昨日の宿敵、阿井創市だ。


阿井は続ける。


「お前の質問には俺が答えてやる!

コイツは『カナリアの会』構成員で超能力者専門の暗殺者、『津場井 照(ツバイテル)』だ!

拘留された俺を消しに来たんだ!」


またカナリアの会かよ!

じゃあコイツの目的は差し詰め阿井を殺して口封じとでも言ったところか!


銃を持った手に再び力を入れる。


「おい! 津場井とかいうヤツ! 無駄な抵抗しないで大人しくするんだ!」


「あ、そうだ。

阿井さんが答えなかった質問に答えてあげるよ。

刑務官を殺したのはボクさ。邪魔だったからね」


そんなことこっちはとっくに察してるんだよ!


とにかく、こいつに阿井を殺させるワケにはいかない。


いや、私たちもちょっと殺そうとしたけどさ。

あれは正当防衛だな、うん。


まあとりあえずアレだ……犯罪者は法の下で裁かれなくてはならないはずだ。


「もし、キミもボクの邪魔をするなら殺しちゃうよ? それでもいいかい?」


なんだこのキザったらしい口調は。

ムカムカして仕方がないぞ。


それに私を殺すだって?

お前の銃は今こっちにあるんだ。


やれるものならやってみろ!


「黙れ! 撃ち殺すぞ!」


「女の子なのにィ、キミは怖いなぁ。

そんなに撃ちたいなら撃っていいよォ。

……運が良ければボクに弾が当たるかもね。

悪いとキミに当たるだろうけど」


なんだよコイツ。


私をバカにしてるのか?

この至近距離で外すワケないだろ。

悪いが、足とかその辺を撃ち抜いてやる。


私は引き金に手をかけた。


「銃で脅しても無駄だ!

コイツに銃なんか当たらない!

コイツは暗殺にかけては、誰よりも恐ろしい超能力をもっているんだ!」


こちとらお前の能力も十二分に恐ろしかったんだよ阿井創市!


てか何でコイツは、私にやたらと助言っぽいことをしてくるんだ?


「あのさぁ、何でキミはずっと彼女に味方してるんだい?

キミとボクは仮にも同じ組織で志を共にした仲じゃないか。

冷たいよねェ」


私を意図を察したわけではないだろうが、津場井が阿井に尋ねた。


「黙れ! 俺だって死にたくはないんだ! もはやお前は俺にとって外敵でしかないんだよ!」


そんな理由なのかよ。

アンタこの局面を逃れても多分死刑だと思うけど……。


「そうは言われてもボスの仰せらしいからね。

阿井創市、キミには余計なことを話す前に死んでもらうよ」


ナイフ!

まずい、阿井を刺し殺すつもりか!


チクショウ、もう撃つしかない‼


引き金を思い切り引いた。


銃なんか撃ったことないから正しい撃ち方なんて知らないけど、無我夢中で津場井に向けて私は発砲した!



「誰にも当たらず外へ飛んでいったようだね。オーケイ。中吉といったところかなァ」



津場井の呑気な声が。


しかも、背後からだ。


阿井の言う通り、『当たらない』のか……!


「せっかく阿井が警告してくれたのに、勿体無いことするなァ。ボクに銃なんて当たらないんだって」


慌てて振り向く。


阿井と戦った時といい、どうしてこう私は背後ばっかり取られるんだ!


「もう遅い! ジャマするならキミにも容赦しない!」


津場井がナイフを投げてきた。


フッ、バカめ。如何なる武器であろうと、鉄製である限り私の前では無力!

磁力で明後日の方向へ吹っ飛ばしてくれるわ!


「!?」


――‼

私の超能力が効かない⁉

なんで!


「ぁぁあァ!!」


速度も軌道も変えることなく私の左脇に突き刺さったナイフを見て、ようやく私は答えが分かった……。


このナイフ、アルミ製だっ!



血が止まらない……!


ここはゲームの中じゃないから痛みを消し去る手段もない……!


こういう時、ナイフ抜くのと抜かないの、どっちが正解だったか……!


クソ、うずくまって、のたうち回りたい程の痛みだ‼

だけど、ここで膝をついたら、次で私は確実に殺される……!


「キミにも超能力があるんだね。

多分、磁力を操るとかそんな感じの能力かなァ?

でも、ボクは超能力者専門の殺し屋だよ。

そんなチンケな超能力は腐るほど見てきたのさ。

だから、いくらでも対策のしようがあるんだよねェ」


チ、チンケだと⁉

バカにしやがって!

しかも私の能力を磁力だけだと勘違いしてるし!


「だけど、ボクの超能力は違う。

ボクの超能力は絶対に破られることはないし、対策も不可能。

キミはまるで自分を主人公かのように思ってるみたいだけど、それは勘違いさ。

ボクから見れば、キミはただのモブキャラ、1話限りの使い捨てキャラに過ぎない!

真に天に選ばれた存在は、ボクのような最強の超能力を持つ人間なのさァ!」


好き勝手言いやがって……!

こいつどんだけ自分の能力に自信があるんだよ。


「うるさい! 気持ち悪いんだよこのナルシスト!」


「うゥーん……。

ボクの言ってることが分からないなんて、悲しい人だ君は……。

オーケイ。特別にボクの超能力を教えてあげようか?

キミが格の違いってのを理解できるといいけどねェ」


完全に私のことをナメてるなコイツ……!


いや、逆に好都合か。


このまま図に乗らせ続けて喋らせた方がいい。

ヤツの能力の謎を解く手がかりを掴めるかもしれない!


「調子に乗るな! 対策不可能の超能力なんてあるものか!」


さあ、乗ってこい。


銃弾を回避できるコイツの超能力……超スピードとかそんな感じだろ多分。


「それがあるんだよなァ。ボクの超能力は――」


よし。

そのままだ。


弱点を見極めて、そこを突く!



「――時間を止める能力なのさ」



………はぁ?

時間を……止める……だって⁉


そんなバカな‼


「ほら、驚いてるゥ。そういう顔が見たかったのさ!」


時間を止めるとか、そういうのはもっとストーリーの終盤で出てくるべきだろっ‼

まだ2話だぞ!?


「ぁぁあァァっ‼ ⁇」


背中を斬られた⁉

今、アイツは間違いなく目の前にいるのにっ‼


時間を止めるっていうのは本当なのか⁉


「フフフ……。普通は超能力を相手に教えるなんて馬鹿のすることなんだけどねェ。

ボクは最強だから問題ないのさ。

……ま、とりあえずはこれでミッションコンプリートっ!」


ミッション……⁉


しまった!

阿井を守らなくてはっ!


「阿井っ――!」



………………。


間に合わなかった。

大火傷を負った阿井は、ナイフを回避できず……。


首筋に突き刺さったナイフは阿井創市を絶命させた。


部屋中に飛び散る血、血、血。かつて見た3-5の光景とは違う、リアルな『人間の死』に戦慄する。


「あ、あぁ……」


人生とはこんなにも呆気なく終えられてしまうのか。


……私も、急所を一突きされれば、同様の死を迎える……。

私の背を伝うものは己の血液か、阿井の血液か……それとも、死の恐怖による悪寒なのか。


「さて、これでキミがボクを邪魔する理由もなくなったワケだけどォ……。

もしかして、キミ、生きて帰れるとか思ってる?

ボクの時間停止の超能力を明かしたんだよ。

殺すに決まってるじゃないかァ。フフフ……」



来るっ!

震えてる場合じゃない!


次は、どこから攻撃される⁉


後ろか?

上か?

私は、身体が上げる悲鳴を無視し、全神経をフルに使い警戒する。


正解は――


「オーケイ、大当たりィ!」


――下だった‼

クソ、回避できないっ!


「ぃやぁあァァっ!」


アルミのナイフが私の右足を引き裂く。

激痛から、不本意にも膝をついてしまう。


「ちょこまかと動き回られるとウザいからねェ。

まずは足を奪う。これが、暗殺の基本さ。

オーケイ、これでキミはタダのダーツの的と化したワケだ」


ヤバいヤバいヤバい……!


『アイツの能力が本物なら』一瞬で私をハリネズミにすることだってできるハズ!


何か対策を打ち出さなければ、輝木光はここで死ぬ!



「ハァ……ハァ……」


引き裂かれてしまったため、足を動かすことはできないが、お得意の磁力の超能力で鉄製のロッカーに体を引き寄せ、壁際に移動。

これが、今私が考え得る最善策だった。


……壁を背にすれば、少なくともこれ以上『背後からの攻撃』は受けないで済む……。


しかし、これでは本当にその場凌ぎにしかならない。

殺されるまでに、何とか逆転の秘策を……!


「オーケイ。壁際に行って背後を取られないという作戦かな。

うーん。残念ながらそんなことじゃボクの時間停止は破れないよォ。

ま、ボクは慎重な性格だからね。

わざわざ近づいてトドメを刺しにはいかないけどさ!」


またナイフが飛んできたっ!


だが、今度は反応できるっ!

津場井の狙いは私の首筋だ!


「ぐっ!」


咄嗟に左腕で首元をかばう。

二の腕にナイフが突き刺る。


「ハァ……、こ、この……!」


脇腹に刺さるナイフと背中の裂傷は依然として私の体力をゴッソリと奪い去る。

さらに、足を裂かれ機動力も失った。


そして今、左腕も機能を停止した。


『次の攻撃で確実に死ぬ……!』そんな確信めいた恐怖が私の脳を駆け巡る。



「足を失い動くこともできず、左腕を失い攻撃を防ぐこともできない。オーケイ! これにてキミはジ・エンドさァ!」



「さあァ‼ 凍りついた時の中で、血濡れの終幕を迎えるがいいっ‼‼」



……。


血濡れ……。


部屋中に飛び散った血……。


私の全身にこびりつく血……。


体から流れ出す血……。


吹き上げる血……。


……っ‼



――「うらァッ!」


左腕からナイフを引き抜き、飛んできたナイフを叩き落とす。


「なっ! ……フフフ。中々機敏に動く右腕だねェ。なら、先に右腕も使えなくしてあげようかな」


「やれるモノならやってみろっ! この大ウソつきめっ‼ お前は今、『私の左側にしか攻撃できない』ハズだっ!」

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