第7話 毎朝、服薬中に夫は死ぬ
これで、六回、私は夫を殺した。
私は胸に手を当て、そろそろ満足かと自分に問いかけてみた。結果はノーであった。ここ数日、夫の帰りが露骨に遅くなっている。六回も死んでいるのに反省の色もなく、家には無い香りを纏って帰ってくるのだ。すぐに風呂に入っても、着ていたシャツは罪を十分に暴露していた。本当に愚かな夫である。私が殺してあげなければ、不倫相手にもいずれ迷惑になるだろう。
あれだけ塩分や糖分を与えているのに、不倫相手のもとに行けるということは、性行為ができているのだろう。せっかく不能にして殺したかったに、残念である。ネットを見ると、健康になる話は無数にあるが、意図的に不健康になる話はなかなか出てこない。容赦なく甘い炭酸飲料を買ってみたが、息子が勝手に飲んでしまい、意味がなかった。
私は夫の健康を害すことは断念して、殺害に専念することにした。友人からは九回分までの薬をもらっている。頻度による飽きなど、ここまでくると感じる余裕はなかった。むしろ、さっさと十回目をいつ達成するかしか、私は考えてなかった。寝室のベットの引き出しを開けると、久しく使われていない避妊具がなくなっていた。そんなものすらあちらで買わずに持ち出すとは、私は完全に舐められているのだ。だから、私のそんな怒りと悲しみは、殺害の頻度を上げることを是としていくのだった。
夫は糖尿病の薬を朝晩服用している。それを飲む水に毎回あの薬を入れ、二日目に十回目の薬をもらって晩に与えれば、夫は完全に死ぬ。友人の言う通りであれば、原因不明で死んでしまうのだ。私には医学の知識などないが、服薬中に死ぬというのは、あり得なくはなさそうな死因ではないだろうか。
だが、私は毎日朝だけ、夫を殺すことにした。不倫をして遅く帰ってくる夫に対して、夜に飲ませるだけの冷静さは、持てそうにないからだ。
毎朝、夫が起床すると朝食を食べさせ、キッチンであらかじめ用意しておいた水を手渡し、死んでもらう。その水で錠剤やカプセルを飲んでいる夫を見ると、嬉しくなった。のうのうと知らぬ女の所に行っているのは気に食わないが、その女を探すより、夫を殺した方が手っ取り早い。慰謝料など問題ではない。十回殺して地獄に向かわせることが、至高の目的なのだ。
ついに三日目の朝、夫は九回目の死を迎えた。夫は飲み終わると、とても長いゲップとおならをする。私はそれを、夫が九回死んだことへのファンファーレとして、ありがたく聞いていた。
「これを書いて頂戴」
十回目の薬、すなわち最後の薬をもらうために公園に行くと、友人は一枚の用紙を渡してきた。広げてみると、離婚届であった。
「何故、こんなものを書くの?」
「死を怪しまれないためよ。離婚してすべて片付いたのに、旦那さんを殺すなんて、他の人は考えないでしょう? だから、これを書いてから、最後の薬を与えれば、完璧な死を達成できるのよ」
私は戸惑った。これまで夫を殺すためにやってきたが、離婚までは考えていなかった。殺人よりも離婚の方が大事おおごとに思えるだなんておかしなことだが、息子のことを考えると、離婚するのは世間体が悪くならないだろうか。
「やめるなら、今のうちよ」
夫の生と死のどちらを心配しているのか不明だが、友人はか細い声でそう言った。
「……わかったわ。これを書いて、出せば、最後の薬をくれるのね?」
「――ええ。そうだけれど」
しばらく悩んだ後、「もう、ここまできたのだから」と、私はそう自分に言い聞かせるように呟いて、離婚届を書くことにした。
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