第6話 連続殺人で笑いそうになる

「今日の夕飯に、連続で殺してみたくなったのよ」

 いつもの公園で、私は友人にそうお願いをしてみた。一回一回の殺人よりも、一回の食事で何回も夫を殺してみたくなったのだ。

 友人は私を見て、いつも通りの笑顔だったが、少しだけ考え込んだ。

「そうねえ。アナタのその気持ちは、わかるかもしれないわ」

「でしょう? あ、それと質問なんだけど、あの薬、味とか匂いとかするのかしら?」

「それはないわね。だから、どんな食べ物や飲み物に入れても大丈夫。それなりの液体量があれば、溶けやすいものなの。本当に便利な薬よね」

 私たちは、この白い粉を「薬」と呼んでいる。けっして「毒」とは言わない。それはそうだろう。これは私の願いを叶えてくれるものなのだ。それに友人の好意でくれるものを、「毒」だなんて失礼な言い方はできない。

「――わかったわ。では、九回目までの分をまとめてあげるわ。だけど、ルールだけはちゃんと守ってね」

「ありがとう! わかってる。必ずキッチンで仕込むわ」

「お願いね」

 友人はそれだけを言うと、六袋もの薬を、私のカバンの中に入れて去っていった。


 本当は、おかずを複数作り、それぞれを小鉢に入れ、夫がいつ実際に薬の入っている小鉢を選ぶのかを想像しながら、料理をすることに楽しみを見出そうと思っていたのだが、昨日の夫の露骨な上機嫌さを見て、おだやかな殺意に余裕がなくなってしまった。私はチーズリゾットとコロッケ、それとスクリューキャップの白ワインに薬を仕込むことにした。チーズリゾットもコロッケもとても手間がかかるのだが、その分、殺意を表に出さないためのクールダウンになった。ワインはいつも私が開けるから、夫は何の問題なくそれを飲んで死ぬことができる。連続して殺すのだから、それなりの用意をして弔ってやるのも悪くないかと、自分の説得したのであった。


 夫が帰ってきて、息子が塾で遅くなるのを告げてから、料理を出していく、夫は家に関心がなくってきているようで、息子の塾の日も覚えていないらしい。私はリゾットを盛り付けて、オリーブオイルとブラックペッパーをかけて夫の前に出す。

「今日はおしゃれだねえ」

 夫はそんな軽口を叩きながら、白ワインを飲んで、死ぬ。「これはなかなか良いワインではないか?」というのが最後の言葉になった。――それは、あなたと同じような安物なのですよ――。私は心の中でお悔やみを述べた。それから、リゾットを美味しそうに食べることで、夫はまた死んだ。喜んでいるその顔は、遺影にするには申し分のないものだと思えて、とても嬉しくなる。

 最後の処刑になるコロッケに手をつけようとする夫に、私は「ちょっと待って。できたら、コロッケは最後に食べて欲しいの」と言うと、夫は黙ってリゾットを食べきってから、しばらくワインを飲んでいた。

「もうそろそろ、食べてもいいのかな?」

 罪の意識が残っているのか、夫は私の機嫌を取るために、ここまで従ってきたのだろう。死んだ者の優しさなど、滑稽でしかないというのに。

「ええ、どうぞ。変なこと言ってしまって、ごめんなさいね」

「いいさ」

 夫はコロッケにかかっているトマトソースだけを、フォークで掬って舐める。私は大笑いしたいのを堪えるのに必死になった。六回目用の薬は――トマトソースの方に入れてあるのだった。

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