第5話 三回目の殺人

「すっきりしたわ」

 またあの公園で友人と会った。殺害内容を友人に事細かく聞いてもらうのは、殺害への満足感を反芻することができて、とても気持ちが良かった。友人は何も言わずニコニコしながら聞いてくれる。私は自分がこんなにも多弁であったのかと思うくらいの勢いで話した。こんなに忙せわしく言葉を口にしたのは、生まれて初めてではないかと思う。

「三回目となると、慣れで油断が生まれてしまうかもしれない。だから、少しだけルールを追加しましょう」

 一通り私の演説を聞いた友人は、笑顔を崩すことなくそう言うと、私の手を握った。私は少しだけ驚いたが、友人が言葉を続けるのを待つことにした。

「いいかしら。犯行は必ずキッチンで行うこと。あちらこちらでやっては、思わぬ場所に証拠を残したり、アリバイ作りにボロが出てしまうでしょう?」

「ええ、そうね。貴女の言う通りね。殺す準備は必ずキッチンで行うわ」

 友人はあの笑顔で頷くと、私に三回目の薬をくれた。

「毎日はダメよ。あまり頻度を短くすると、殺すことに慣れてしまって、アナタの復讐心が満たされなくなってしまうから」

「ありがとう。気をつけるわ」

 友人は立ち上がると、また一人で静かに公園を出て行った。


 三回目の薬をもらった次の日、私の住むマンションで空き巣騒ぎがあった。しかも私の隣の部屋である。私は慌ててキッチンの上の戸棚にある、重なった二つの鍋を出してバラバラにした。下の鍋底にあの薬を置いて、その上に鍋を重ねることで隠していたからだ。夫も息子も、食事は口を開いていれば自動的に出てくるものだと思っていて、自分で作ろうなどとは考えたこともないから、我が家で一番安全な隠し場所は、このキッチンなのである。

 恐る恐る確認をすると、薬はちゃんと鍋底に隠したままの位置にあった。私は安堵して、鍋を元に戻した。

 

 三回目は、手っ取り早く殺してみたいと思った。そもそも、夫が悪いから殺しているのに、こちらが努力するのは、なんだか馬鹿馬鹿しい話ではないかと、風呂に入りながらふと思ったのだ。だから、今回はお気軽な殺人をやってみた。朝のコーヒーに入れたのだ。薬のすべてが溶けきるのか不安になったが、問題なく、するりと黒い液体の中に溶けていった。夫はミルクと砂糖がたっぷりなコーヒーが好きなので、いつも以上に砂糖を入れてあげた。匂いを嗅いでみると、コーヒーの香りなどどこにもなく、砂糖の暴力的までに甘い香りだけがする。

 夫は無言でトーストを食べながら、視線を合わせることもなくコーヒーの入ったマグカップを手にして飲み干す。そして夫は、三回も無残な死を経験していること知らずに、慌ただしく支度をして、私に声をかけることもなく家を飛び出していった。私はあと七回死ぬ予定の夫の背中に、「いってらっしゃい」と呟く。息子はあれから変わることなく反抗期の中にいるが、私は少しだけ息子を許せることができるようになっていた。だから、夫と同じように無言で家を出ようとする息子を、笑顔で見送ってあげる。そして、見送りが終わった私は、夫の殺害現場である朝食の残骸を、とても穏やかな気持ちで、ひとつひとつ丁寧に片付けていくのであった。

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