第3話 最初の殺人
夕飯は無事、仕上げることができた。折角だから薬で殺すだけではなく、健康も阻害してやろうと思い、できるだけ塩分と糖分を多くした。豚の角煮には蜂蜜と砂糖をいつもの倍以上使用し、その濃さを誤魔化すために鷹の爪で辛味を加えてみた。煮卵も効果があるのかは懐疑的だが、砂糖を入れた水で茹でたものにした。夫は軽度な糖尿病を患っているので、ヘモグロビンA1cの上昇を期待しての行為だ。何よりもこれで夫が糖尿病による弊害で勃起不全になれば、わたしに殺される前に、浮気相手に愛想を尽かされるかもしれない。考えば考える程アイデアは湧き上がり、夫を殺したい想いは募っていく。私は中学生時代に書いたラブレターを思い出していた。恋に恋をして爆発的な勢いで書き殴った、あの時のようなパッションが今にして蘇ってきたからだ。ここまで完璧な意欲が出たのであれば、友人からもらった薬など不要ではないかという、まだ実行もしていないのに、妙な達成感すら覚えた。
私はそんな興奮を美味しそうに豚の角煮を食べる夫に悟られぬよう、予め薬を入れておいた二本目の瓶ビールを持った。
「たまにはあなたに、お酌でもするわ」
「珍しいな、今日の豚の角煮の旨さといい、何か良い出来事でもあったのか?」
「さぁ、どうでしょうかね」
夫は何の疑問も感じることもなく、私がグラスに注いたビールを一気に飲んだ。
「プハァー、仕事の後のビールは最高だな」
「あなた、それは良かったわね」
私は邪気を隠して微笑んでから、夫の死を心の底から喜んだ。
「アナタ、それは良かったわね」
「ええ。こんなに清々しい気持ちになれたのは久しぶりよ。貴女には本当に感謝するわ」
友人とあの公園で再開し、戦果を報告すると、友人は自分のことのように喜んでくれた。キャッチボールをしている少年がエラーして転がってくるボールを投げ返しては、私を褒め讃え続けてくれるのだ。
「それで、二回目はどうするのかしら?」
私はその問いに答えを持っていた。というより持っていたからこそ、友人にこの公園に来てもらったのだ。
「今度は別の方法で、夫を殺してみたいの」
「あら、アナタが殺したいのは、やっぱり旦那さんだったのね」
「ええ。口が滑っちゃったけど、貴女になら別に構わないわ。そうなの。私が殺したいのは、浮気をして私を相手にしなくなった夫なのよ」
私が感情的になったからか、友人は少しだけ考えこんでから、反応をした。
「相手が誰であっても構わないけれど、薬を入れるところだけは、絶対に見られないようにね」
「わかっているわ。そんなドジはしないわよ。長年の友人である貴女になら、信じてもらえるでしょう?」
私はそう言いながら、二回目の薬をもらって自分のカバンにしまってから、浮かんだばかりの疑問を口にした。
「一つ質問があるのだけれど」
「何かしら?」
「この薬、二人に飲ませたら、殺すまでに二十回分必要なのかしら?」
「まさか」
友人は不気味な笑いをしてから答える。
「ある程度の余裕はあるから、十回で大丈夫よ。さすがに何十人は無理でも、数人くらいなら、分けて使っても問題ないわ」
私は自分の興奮を友人に悟られぬよう、できるだけ静かに頷いた。
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