第14‐3話 仇②


「私に何かできることはある?」


「今直ぐは思い浮かびません。

 でも、もしも何かあればその時、俺に手を貸すか検討していただくことはできますか?」


「わかった。

 誰かに危害を加えるような内容でないなら、可能な限り力になる」


 ミラは、他者を意図的に傷付けるようなことができる人間ではないらしい。

 それに比べて、自身を犠牲にすることに躊躇いはないようだが。


「最後にもう一つだけ……聞かせてもらってもいい?」


「なんですか?」


「……これからも、妹さんに会いに無法区画へ行くの?」


「それは……はい。

 毎日ではありませんが、必要な物資を定期的に届けるつもりです」


 まだ学園のシステムが明確になっていない為、暫くは外出を控えるつもりでいる。

 だが、元々は定期的に無法区画に足を運ぶつもりではいた。

 セブンス・ホープのメンバーと、情報共有をする為だ。

 学園と無法区画。

 どちらの状況も把握しておかなければならない。

 学園で価値を高めることはこの先の未来への投資だ。

 が、無法区画にはまだ、セブンス・ホープと敵対する犯罪組織も少なくない。

 いざ大きな抗争になれば、俺の力が必要になる時もあるだろう。


「……なら私にも、協力させて」


「協力?」


「あなたが無法区画に行く時、私も同行する」


「は?」


 いや、それはまずい。

 だって俺はセブンス・ホープの大大罪の王なんだぞ?

 俺は犯人ではないが、それを証明する手段は今はないのだから。


「あなたは強いけど、あの場所は危険でしょ?

 教師として、私がヤトを守ってあげる」


 責任感だろうか?

 任せてと訴えるように、両手をぎゅっと握って、胸の前に掲げる。


「いや、ですが先生……」


「気にしないで。

 これはお詫びだから」


 いや、だからそれ、全くお詫びにならないんだが!? 

 だが、ここで断るのはおかしいか?


「もしあなたが無法区画に行っていることを学園に知られたら、その時は私に無理に協力させられたことにしていい」


 それは思い掛けない提案だった。

 もしもの時、ミラを切り捨てていいのなら、万一の時のリスク回避にはなる。


「それに……私はこれからも、無法区画に行かなくちゃならない」


「……大罪の王への復讐の為、ですか?」


「うん」


 そこまで言い切るのだから、何か理由があるのだろう。

 それを確認しておきたい。


「その……先生、あまり立ち入ったことを聞くべきではないのかもしれませんが……」


「なに?」


「……その、セブンス・ホープという組織。

 そして、大罪の王という人物が犯人なのは、間違いないんですか?」


「間違いない」


 ミラは即答する。

 その表情に変化はない。

 だが、目には確かな怒りを宿していた。

 それは俺と同じ、復讐でしか癒せない憎しみを抱えた者の瞳だ。


「……パンゲア軍からの情報なの。

 父は任務中にセブンス・ホープという犯罪組織との戦いで殉職したと聞かされてる。

 その戦いには無法区画の大罪の王っていう最強の犯罪者もいて、父様とも戦ったって……」


 つまり、ミラの父親は軍人か?

 だがセブンス・ホープはこれまで軍と戦闘になるようなことは一度もなかった。

 二年前であれば、セブンス・ホープとヘル・ジャッジメントの第一次抗争があったが、それはあくまで無法区画の犯罪組織同士の戦いだ。


(……今でも鮮明に思い出すことのできる最悪の抗争。

 多くの仲間を――恩師である人すら失った)


 あの戦いに……パンゲア軍が関わっていた?

 少しでも情報が欲しいミラが、嘘を言っているとは思えない。


(……だが、この情報には明確な間違いがある)


 あの時、大罪の王は戦いには参加していなかったはずだ。

 抗争の終結までを目にしているのだから、間違いはないはずだ。

 軍がミラに嘘を吐いている可能性はあるか?

 いや、だがそうだとしたら何の為に?


(……ヘルジャッジメントの残党であれば、何か知っているかもしれない)


 近いうち、七希と連絡を取る必要があるな。

 残党に付いて調査を進めてもらおう。


「……ごめんなさい。

 本来なら、こんなこと生徒に伝えるべきじゃなかった」


「いえ……事情を聞いたのは俺ですから。

 言いづらいことを話してくださってありがとうございます」


 ミラは気にする必要はないと言うみたいに、小さく首を左右に振る。


「義妹さんのことで何かあれば、いつでも相談して」


「ありがとうございます」


 教室のロックが解除される。

 これで話は終わりということだろう。


「……ヤト……今日は、本当にごめんなさい」


 去り際、もうミラからもう一度謝罪の言葉を向けられた。

 俺はそれに振り向き、会釈をしてから教室を出たのだった。

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