第14‐2話 仇①

(……セブンス・ホープと、大罪の王が、仇……?)


 大罪の王は、無法区画において最強と言われた犯罪者だ。

 そして、日本の貧民街の出身で、ヘル・ジャッジメントという犯罪組織のリーダー。

 日本が第二十三パンゲア領になってからは、無法区画の支配者として9年もの間君臨し続けていた。

 その時代は大犯罪者時代クリミナルエイジと呼ばれ、一般区画の一部にまで被害が及ぶほどに、無法区画の犯罪者が増長。

 結果、パンゲアの軍が出動するほどの事態になった。

 しかし、それでも大罪の王とヘル・ジャッジメントを壊滅させるまでには至らず。

 最終的に大罪の王が打倒されたのは昨年。


(……セブンス・ホープが、大罪の王とヘル・ジャッジメントを打倒した)


 これまでの戦いで奴らに仲間を、恩師を、親友すらも奪われた。

 俺たちにとっては、倒さねばならない仇敵だった。

 その大抗争の後、セブンス・ホープは無法区画最大の犯罪組織と言われるまでになったのだ。


 ただ、元々は弱者が生きる為に集団を形成したに過ぎない。

 犯罪組織との抗争に勝ち抜き、徐々に組織が大きくなり無法区画の頂点に立ったのは事実だ。


 だが、セブンス・ホープには無下に命を奪うようなメンバーはいない。

 仮にそれが、俺たちの国を奪ったパンゲア人であったとしてもだ。

 相手から仕掛けてくるなら話は変わってくるが。


(……敵は人ではなく国家だ。市民の命を奪ったとしても、憎しみを育てるだけだ)


 敵国民の虐殺や奴隷化を繰り返すパンゲア皇帝とは、絶対に同じ真似はしない。

 憎しみや復讐心に駆られたとしても、決して犯してはならないことがある。

 セブンス・ホープは人殺しの為の組織ではないのだから。


(……だからこそ、犯人は別にいるはずだ)


 なら、その調査を進める必要がある。

 俺たちに罪を被せようとした、その第三者にはそれ相応の責任を取らせなければならない。


「……服、着てくれませんか」


「じゃあ、私の頼みを聞いてくれる?」


「まず服を着てください。

 何を話すにしてもまずはそれからにしましょう」


 言って俺は背を向ける。

 ミラは、このままでは俺が何も語らないと察したのだろう。

 背後からスルスルと、衣擦れの音が聞こえた。


「着たよ」


 その言葉のあとに、俺は振り向いた。

 彼女が服を着ているのを確認して俺は口を開く。


「何度も言ってるが、俺にできることはないんだ」


「でも、あなたはあの場に――」


「無法区画にいたことは認めます」


 その事実は認める。

 同時に嘘で事実を塗り固めていく。

 彼女から必要な情報を引き出す為に。


「……義理の妹に、会いに行ってました」


「義妹、さん?」


「……義妹は父の妾――日本人との子なんです。

 だから……俺の実母の手前、家に置いておくことができなくなった」


 この話自体は作り話だ。

 が、第二十三パンゲア領に置いて珍しい話ではない。


 奴隷となった日本人の中には、パンゲア人と子を為す者もいる。

 だがそのほとんどは、パンゲアの貴族にとっての遊びだと聞く。

 容姿のいい女を囲い飽きては捨てる。

 たとえそれが――血を分けた実の子供でもあっても。

 そして行き場を失った者は、無法区画に流れ着く。


「……義妹さんと、お義母さんは?」


「義妹は生きてます……でも、あそこで一人で生きていけるほど強くはない。

 俺の助けがいるんです」


「……それがあなたが無法区画にいた理由?」


「はい。

 黙っていたのは、日本人と関係があることを知られたくなかったから。

 余計な疑いを持たれて、俺の価値が下がる可能性があると考えました」


 咄嗟に考えた作り話としては悪くないだろう。


「……ごめんなさい。

 そんな事情があったなんて……」


 まだ真偽を疑われるかと思っていたが、納得してくれたのだろうか?


「他の生徒や教員に伝える必要があれば、それは自由にしてください」


「言わない。

 それに、ルーラーには人種で価値を決めるような評価基準はない」


 ミラはそう言い切ったが、正直意外だった。

 ルーラーはシステムである以上、人種で差別されるということはないのか。

 純粋に力を示す者を評価してくれるということなのだろう。

 それが敗北国家の国民であろうと。


「あなたの事情はわかった。

 でも、もう一つ聞いてもいい?」


「なんでしょうか?」


「……あの時、あなたは私を助けてくれたよね?

 でも、あの人数を一瞬で討伐するほどの戦闘力は異常」


「……そ、そうですかね?」


 あの時、だいぶ手加減していたのだが……。

 どうやらあれでも、普通ではなかったらしい。


「これは私の予想だけど……ヤトは、日常的に無法区画で犯罪者相手に戦ってる」


 鋭い。

 まさか、俺が無法区画の住民であることを疑っている?


「……どうしてそう思ったんですか?」


「義妹さんに食事を届けたりしてるんでしょ?

 なら、犯罪者と遭遇した時に戦いになる」


 無法都市で物資を持っていれば、名前の売れた犯罪者でもない限りは襲撃される。

 ミラも無法都市に関して最低限の知識は持っているらしい。


「確かに何度も戦闘にはなりました。

 ……なので、この学園の生徒よりは戦うことに慣れているかもしれません」


「実戦に慣れているからこその実力……?

 ううん、そうじゃない。

 あなたの力は根本的に何かが違う」


 俺に対する疑いが完全に消えたわけじゃない。

 疑問を残したままにしておけない。

 ミラの目がそう物語っている。

 なら、納得できる言い訳をすればいい。


「……先生は異常と言いましたが、そうじゃありません」


 無法区画とこちらの世界では、そもそも戦い方が違う。

 犯罪者同士の戦いはルール無用。

 どんなことをしても勝ち、生き抜いた者こそが本当の実力者だ。

 幼少の頃からそんな世界で常に戦い続けていれば、異常だと思われても仕方ないだろう。

 それに、無法区画の住民たちは魔術体系が異なっている。


「どういうこと?」


 質問されたので、一例として答えることにする。


「国によって魔術体系が違うのは、先生もご存じですよね?」


 ミラは口を挟むことなく、肯定の意志を伝える為に頷き返す。

 世界の国々は独自の魔術体系を進化させてきた。

 自国のベースとなる魔術――日本なら陰陽術などがあるが、そこから様々な国の技術を取り込むことで、今も魔術は発展と進化を続けている。

 たとえばパンゲア人は、魔術と科学を組み合わせた魔科学を世界で最初に生み出した。 魔科学というのは術式をデバイスに登録することで、術式の処理を短縮して発動する技術だ。

 これにより魔術は革命と言えるほどの飛躍をすることになった。


「まだ日本がパンゲアの領土になる以前に、俺は日本の魔術を義妹の母親から教わりました」


「……日本の魔術?

 私が異常だと感じたのは、見たことのない力だったから?

 でも、そう考えれば……」


 ミラは唇に指を当て、何かを考えるように視線を伏せる。

 暫くの逡巡のあと、彼女は俺を見た。


「……質問ばかりしてごめんなさい。

 それに、話したくないことを沢山言わせてしまった」


 どうやら納得してもらえたようだ。

 これで無法区画との関係性を疑われることはないだろう。


「いえ……俺も、先生の事情を聞いてしまいましたから」


「それは、私が勝手に話しただけ。

 あなたに対するお詫びをしなくちゃならない」


 お詫び、か。

 どこまで協力を得られるかはわからない。

 が、これを借りだと感じてくれるなら、いざという時に助けを得られるかもしれない。

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