第15話 アネアの指令

     ※


(……思っていたよりも早く解放してもらえたな)


 だが、一息吐いている暇はない。

 この後はアネアと会う約束をしている為だ。


(……もう寮に着いた頃か?)


 廊下を歩きながら、そんなことを考えていると。


「……?」


 下駄箱の前で見覚えのある生徒が立っていて、俺は思わず足を止めた。


「ぁ……」


「アネア……待ってたのか?」


「……ダメ、だった?

 ヤトくんと、早く話しておきたかったから」


 不安そうに窺うような目をアネアに向けられる。

 俺が彼女の秘密を漏らすのではないか?

 それを不安に感じていたのだろうか?


「いや、連絡する手間が省けた。

 寮の部屋で話そうと思うんだが、それでいいか?」


「ヤトくんの部屋?」


 俺の目は見ずに確認をしてくる。


「ああ」


「……わかった。いいよ」


「それじゃ行くか」


 学園校舎から出た俺たちは、学生寮へと向かう。

 その道のりの中でも、コンビニや飲食店、雑貨屋など多くのお店が並んでいた。

 この辺り一帯は支王学園の敷地となっており、多くの商業施設や娯楽施設が存在する。 もし『小さな国』と言われても違和感はない。

 それほどこの敷地内の設備は充実しているように思えた。


「……ここで、いいんだよな?」


 十五分ほど歩くと学生寮に到着したのだが……。


「本当に学生寮……なんだよね?

 上級区画の高級マンションよりもすごい建物かも……」


 アネアの言うように、高層ビルのような高級感溢れる外観は学生寮のイメージからはほど遠い。

 念の為、アセスを起動して学園敷地内のマップを表示させる。


(……やはり、間違ってないな。

 本当にこの学園は至るところに金が掛かっている)


 三十階建ての学生寮は、一階から二階が男子部屋。

 三階から四階が女子部屋だ。

 上層のフロアには様々な最新設備が導入されているそうなのだが、資格がなければ立ち入ることも禁じられているらしい。

 その辺りはアセスで寮内の説明を確認できるようなので、改めて後日確認しておくことにしよう。


「とりあえず、行くか」


「う、うん……なんだか、豪華すぎても、ちょっと緊張するよね。

 住んでいくうちに、慣れるかな?」


 エレベーターを待っていると、アネアは意外なことを口にした。


「アネアでも……そう思うんだな」


 今の発言は、皇帝の娘という立場であっても――という意図を含んでいた。

 この場で口にするには軽率だったかもしれない。


「……私なんて全然……。

 いつも何かに脅えてたり、怖かったり、緊張してたり……」


 皇帝の娘とは思えない。

 まるで、どこにでもいる普通の……いやちょっと気の弱い女の子のような。

 考えていると、エレベーターが止まった。

 俺の部屋は二階の二〇〇号室。

 エレベーターで降りた先にある左の角部屋だ。

 部屋の前に移動すると、俺はアセスを起動した状態で扉にデバイスを向ける。

 すると、ガチャ――という重たい音と共にロックが解除された。

 そして扉を開き室内に入る。


「上がってくれ」


「それじゃあ、失礼します」


 俺が一言伝えると、アネアは改まったように言って部屋に入った。

 室内を見回しながら、監視カメラや盗聴器の類がないかを確認する為、コンタクト型のデバイスを起動した。

 これを用いることで、視界内をスキャンして本来は目には見えない詳細情報を調べることが可能となる。

 短時間で室内のスキャンは百パーセント終了。

 結果、常識外れの支王学園も、流石に生徒のプライベートくらいは保障してくれていることがわかった。

 つまり、自室であれば何を話しても問題はないということだ。


「……どんな部屋なのかと思ってたが、かなり広いな」


「……一人で暮らすには十分すぎるくらいだね」


 無法区画の俺の家よりも遥かに立派だ。

 しかも、最低限生活に必要なものは最初から完備されている。

 石鹸やシャンプーなどの日用品は、備品が尽き次第、自身で購入すればいいそうだ。


「とりあえず、その変に座ってくれ」


「えっと……」


 俺に言われてアネアが室内を見回す。

 椅子は一つしかない。

 クッションなどもない為、あと座れそうなのはベッドくらいか。


「悪い。

 ベッドか椅子にでも座ってくれるか?」


「じゃあ……椅子を、借りるね」


 アネアは少し考えてから、机まで足を運ぶと椅子を引いて腰を下ろした。

 変わりに俺はベッドを椅子代わりにして座る。


(……何から話を切り出すべきか)


 そんなことを考えている。

 アネアは少し気まずそうに顔を伏せていた。

 部屋の中は不思議なほど静かで、俺と彼女以外に誰もいないみたいだ。


「……あ、あの……ミラ先生との話、大丈夫だった?」


「ああ……特に問題はなかったぞ。

 リカルドのことで、ちょっと話を聞かれたくらいだ」


 流石に無法区画の話をするわけにはいかない。

 しかもアネアはイギリカ皇帝の娘だ。

 身分も姿も偽装してはいるが、万が一にも正体に気付かれれば、肯定は間違いなく俺を捉えようとするだろう。


(……現時点で帝国の主力軍と交戦すれば勝ち目は薄い)


 個の実力では対抗できても、圧倒的な戦力差を覆すほどの力を、今の俺たちは保有しているわけではないのだから。


「……ごめん」


「うん?」


 何を俺は謝られたのだろうか?


「ヤトくんは、ただ私を助けてくれただけなのに……。

 それでヤトくんに……迷惑掛けちゃってるから」


 今回は、本当にその件とは関係ない。

 この謝罪は俺の嘘で言わせてしまったことだ。


「……すまない」


「え? なんでヤトくんが謝るの」


「……俺の行動で、謝らせてしまっているからな。

 だから今後は、俺に何も謝らなくていい。

 キミには何も非はないんだから」


 俺はキミに沢山の嘘を吐いてるのだから。

 そしてこれからも――キミを騙し続けるんだから。


「なら……これからは、ありがとうって伝えるね」


「……? どうしてそうなる?」


「助けてもらったのに謝ってばかりじゃおかしいから。

 ちゃんと言葉にして、感謝を伝えるほうがいいって思ったの。

 それに……私が本当に伝えたいのは謝罪の言葉じゃなくて、ヤトくんへの感謝だから」


「アネア……」


 俺はキミに感謝される資格なんてない。

 だって俺は……これからキミを利用するのだから。

 後ろめたさが心を暗く覆っていく。

 だが決意は変わらない。

 帝国を倒し国を取り戻す為なら、俺は悪魔にでも魂を売ると決めたのだから。


「雑談が過ぎたな。

 ……本題に入らせてもらっていいか?」


「うん。

 ヤトくんには……話すって決めたから。

 全部、聞いてほしい」


 アネアの決意の眼差しが俺を捉える。

 ずっと緊張から身体は強張ってはいたが、気持ちは固まっていたのだろう。


「なら、まずはもう一度聞かせてほしい。

 キミは本当に、イギリカの皇女なのか?」


 イギリカの皇女であれば公務に参加することも多く露出は避けられない。

 だが、アネアという名前は聞いたことがなかった。


「私は間違いなく皇帝陛下の血を引いてる。

 でも、その存在を歴史から抹消された皇女なの」

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