第16話 抹消された存在
「歴史から抹消された? どういうことだ?」
「暗殺されたはずの皇族。
今ではいない存在――それが私、アネア・イギリカ」
皇族の暗殺。
その言葉を聞いて思い出したのは、
「アネアは……十年前の皇族殺しの犠牲者なのか?」
俺の言葉に、彼女は頷く。
イギリカ皇族への襲撃――その事件は世界中でニュースになった。
どの国がテロリストを送り込み、イギリカの皇族を襲撃したのか。
その事実は未だに判明していない。
そもそも、厳重な警備を突破してどう皇族殺しを為したのかなど謎が多い事件でもある。
「テロリストの仕業と公式には発表されているけど、あれは嘘。
本当は皇族内の権力抗争が犠牲者を生んだ原因だったの。
でも世間的に皇族同士で殺し合ったとは発表できないから、事実は伏せて国民へのプロパガンダとして利用された」
偽の情報を流して、都合のいいように意識を誘導していく。
国家が国民を騙すというのは昔からされてきたことだろう。
(……だが、話を聞いて納得がいった)
厳重な警備を突破できた理由。
内部犯がいたのなら、敢えて警備に穴を作ることも可能だったはずだ。
「当時のイギリカは一枚岩ではなくて、皇帝の侵略行為を止めようとする派閥もあったから……今よりも内紛も多かった」
イギリカは能力主義ではあるが、同時に選民思想も強い。
イギリカ人こそが世界で最も優れた人種である。
全ての人がということではないが、そう信じて疑っていない者も多いのだ。
そんなイギリカの中にも戦争を止めようとする皇族がいたのか?
もしくは、戦争を止めるという大義名分で皇帝の地位を奪おうとした可能性も考えられる。
「元々、皇族内で立場の弱かったお母様は……その権力闘争の末に……お母様は私を守って亡くなったの。
お母様のお陰で……私は命を救われた。
でも、これから先も命の危険は常に付き纏う――だから、私はあの日身分を――その存在すらも捨てて、生きる道を選んだ」
人種や国は違う。
だが、俺と彼女の境遇は酷似している。
身分も、名前も、その存在すらも消して――互いに生きることを選んだ。
俺は復讐の為――なら、アネアは?
「生きることを選んだのは、復讐の為か?」
「復讐……ううん。
怒りや憎しみの感情はあっても……復讐をしようとは思ってない」
その答えは、俺にとっては意外なものだった。
「お母様が守ってくれた命だから……私は生きなくちゃいけない。
なんでも出来る優しいお母様みたいな人が、価値のない何もできない弱い私を守ってくれた。
なら私に出来ることは……どれだけ辛くても、悲しくても、最悪な感情に圧し潰されそうになっても、生きていくことだけ」
救われた命である以上、捨てることはできない。
その想いは理解できる。
だが、アネアの選んだ道は、一生癒されることのない傷を抱えたまま、自身の気持ちを押し殺して生きる道だ。
(……俺とは違う)
アネアは自分を弱いと言ったが、俺はそうは思わない。
逆立ちしたって、俺にはそんな強い生き方はできない。
奪われたなら、全てを取り戻す。
俺には――この消えることのない憎悪を抑えることなんてできないのだから。
「そして、生きる為に私が逃げ延びたのは戦争終結後の第二十三イギリカ領――かつては日本と言われたお母様の故郷」
「日本人!? キミの母親がか!?」
皇族内で母親の立場が弱かったとアネアは言っていた。
だが、もし彼女の母親が日本人であるなら。
選民主義のイギリカ人――それも皇族の中に、日本の娘が迎えられることを、良くは思わない保守派がいてもおかしくはないだろう。
「突然のことばかりで、驚かせちゃうよね。
私もまだ小さい頃だったから少し記憶が曖昧なことも多いんだけど……三葉(みつば)という家の生まれみたい」
「っ……」
三葉財閥。
日本の三大財閥の一つ。
国家社会の為の三葉とすら言われるほどに、日本の経済の多くを賄っていた。
既に解体されてはいるが、イギリカ領となった日本ですらも未だ三葉の影響力は残っている。
(……三葉の娘が、イギリカとの政略結婚の道具に使われた?)
当時の首相は、イギリカとの戦争もギリギリまで回避する方向で進めていた。
なら日本の財閥の娘を人質にという線は有りえなくはない。
情報統制があったのかこれまで聞いたこともない話だ。
生き残っている三葉の関係者と接触できるなら、確認することができるかもしれないが……。
(……イギリカ皇帝と三葉財閥の娘の子。
どちらの象徴にも成り得る存在――政略結婚の道具とされた三葉の娘が日本の旗印として立ち上がったとしたら――)
アネアの価値。
Sランクの理由。
皇帝や日本の財閥との関係性。
この国にに置いて、これほど利用価値の高い人的資産は他にいない。
「……これ……」
アネアは付けていた首飾りを外した。
首飾りにのチェーンには指輪が通されている。
「お母様から貰った指輪なの
皇帝陛下との結婚の際に貰った指輪で、私の身分を証明するものだって言ってた」
デバイスで指輪をスキャンする。
すると、目で確認することが難しいほど小さく、三葉とイギリカ皇族の家紋が刻まれているのがわかった。
こんなものを作るには、相応の特殊技術でもなければ難しいだろう。
スキャンデータをネットにリンクしてさらに詳細を探ってみる。
(……やはりアネアの言っていることは事実のようだな)
この指輪に使われている素材は、特殊な金属と鉱石が使用されている。
素材はイギリカでしか取ることはできず、さらに装飾品として身に付けることが許可されているのも、イギリカ皇族だけという代物のようだ。
「こんな物まで持っているなら、アネアが皇族だってことは間違いなさそうだな」
「信じて、くれるの?」
「当然だろ? 信じられないような、驚く話ばっかりだたけど……アネアの言葉に嘘がないのは、話してればわかる」
「ヤトくん……ありがとう。
こんな私を信じてくれて……」
アネアは自分を卑下する言葉をよく口にする。
皇族という世界、立場の低い母親の元で蔑まれて生きてきたのかもしれない。
それでも母親の愛情が確かだったのは、アネアにとっての救いだろう。
「アネア……お前はもっと自信をもっていいと思うぞ?」
「……私は……誇れることなんて、何もないよ」
第三者目線であれば、血筋だけでも十分誇れるはずだが。
それは、自分自身の価値とは別ということだろう。
だが彼女には間違いなく、他の者に負けない気持ちの強さがある。
今、話しただけでも俺はそれを感じていた。
「そんなことない。
アネアは強い。
きっと、自分が思ってるよりもずっとな」
今後、彼女をどう使うかはわからない。
だがそれが明確に決まるまでは――旗印として彼女を成長させていく。
それも俺の計画に織り込むことに決めた。
「……ありがとう。
なんだか、ヤトくんと話してると……元気もらえる」
「そうか?」
「だって優しいし、いっぱい励ましてくれるから」
俺は優しくなんてない。
だから、キミにそんな嬉しそうな笑顔を向けられる資格はない。
心の内は誰にも知られることはない。
だが、それを伝えるつもりもない。
アネアがいいように考えてくれるなら、それでいい。
「聞けたいことはだいたいわかったんだけどさ……もう一ついいか?」
「……?」
「指令がどんな風に届くのか見せてもらってもいいか?」
俺に言われて、アネアはデバイスを取り出した。
アセスを起動してメールを開く。
指令の差出人は『ルーラー』となっていた。
「……指令はルーラーから届くのか」
「学園側が送っているのかもしれないけど……」
ふと、疑問が頭に過ぎった。
この指令が学園ではなく、ルーラーから届いた理由。
「学園の教員は、アネアが皇帝の娘だと把握しているのか?」
「……それは、多分ないと思う。
私が皇族だと知っているのは皇帝陛下と……日本に逃げ延びる手伝いをしてくれた、一部の側近たちだけ。
それに、少なくともこっちでの私の後見人は私と陛下の関係を知らないの」
そうなると、誰かが彼女の身分を、学園側に伝えたというのは考えづらい。
支王学園という特殊な環境であっても、教師がそれを知る手段もないだろう。
ルーラーはこの世界の全てを把握しているとでも言うのか?
なら、このシステムの正体は――想像することはできるが、答えを出すのは早計だろう。
「この指令のあとに何か連絡は?」
「今のところは何も。
送られてきたのは、ここに書かれているメッセージで全部だよ」
「……わかった。
アネア、このメッセージは削除しておいたほうがいいと思う。
誰かに見られでもしたら面倒なことになるだろ?」
「あ、そうだよね。
そうすれば見られる心配もなくなるし……」
言われるままに従順に、アネアはメッセージを削除した。
「それと自分のランクを人前で確認するのはやめたほうがいいな。
徹底するなら人前でアセスを起動しない。
それくらいはしてもいいと思う」
俺のように、彼女の指令を知ってしまう者が出てしまうかもしれない。
「うん、それも気を付ける。
他には何かあるかな?」
「今のところはそのくらいかな」
アセス内のデータをハッキングしてSランクの表示を操作するというのも考えたが、大きなトラブルになるリスクがある。
現時点ではそのリスクを負うほどアネアの状態は危険ではないだろう。
総合評価の差違――ましてやSランクという規格外の評価があるなんて、誰も想像はしないだろう。
それを考えれば、バレるリスクは低い。
(……仮にSランクの生徒の存在を疑う者がいるなら――それは同じくSランクの生徒だけ)
アネア以外にも同じ指令を与えられた生徒はいるか?
それともこのランクはアネアのみに与えられた特殊な数値なのか。
(……今後、学園で生活していく上で生徒たちの様子を窺っておくか)
今回のような、思い掛けない僥倖に繋がるかもしれない。
「随分と話し込んでしまったな。
今日はこの辺りで解散にするか?」
俺が言うと、きゅ~~~っと、可愛らしい音がアネアのお腹から聞こえた。
「ぁ……ぅぅ……」
アネアの顔がみるみるうちい赤くなっていく。
そんなに照れることはないと思うが、よぽど恥ずかしかったのだろう。
「あ、安心したら、お腹が空いてきちゃった」
「帰る前に何か買ってくればよかったな」
「だね。
ヤトくん……よかったらこのあと一緒に夕食、どうかな?」
アネアからの誘い。
それを受けようと思った直後――ピンポーンと、来客を知らせる呼び出し音が室内に響いた。
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