第28話 授業

     ※


 早朝にいくつかトラブル?はあったものの、授業自体は滞りなく進んで行く。

 支王学園の授業は一般的な高校のような通常のカリキュラムも存在するが、メインとなるのは魔術と科学――そして現代の魔術体系の基礎ともなっている【魔科学】の授業だ。

 魔科学を最初に考案した国家であるパンゲアは、魔術と科学を組み合わせた魔法技術に関しては現在も他の国よりも一歩秀でた国家である。


 圧倒的な領土の広さを誇るパンゲアは多くの資源を利用して科学技術を発展させた。

 そして科学を用いることで、魔術をより簡易的に発動させる技術を生み出す。

 過去の魔術師たちは魔力を高める為に、杖や宝石のような触媒を魔術の詠唱に利用していた。

 現在もそういった国家は残っているが旧来の魔術では、現代の魔術に絶対的に敵わない点が一つある。


 それは――魔術を発動するまでの速度だ。


 この速度という点が、魔術師の多くが科学を用いるようになった理由でもある。

 かつての杖や宝石の代わりに、現代では魔術の使用に特化した機械――端末デバイスを用いている。


 端末デバイスに予め魔術を登録することで、自身の魔力と連動させることで瞬時に発動が可能となる。

 端的に言ってしまえば、魔術の発動が非常に簡単になったのだ。


 神秘とされる魔法と違って、魔術は学問である。

 魔術には論理が存在しており、その論理を用いることで魔力が魔術という形として出力されるのだ。

 ただ詠唱をするだけで発動するものではなく多くの条件が存在する。


 だが、端末デバイスがあれば、そういった条件の全てを機械が対応してくれる。

 魔術の登録には条件があるが、それをクリアしてしまえば現代科学の恩恵を大いに堪能することができるわけだ。

 しかも、登録する魔術にはそれぞれ設定が可能である。

 このくらいの効果範囲でとか、このくらいの威力でとか、連続で発動するとかな。

 魔力が続く範囲内で魔術の自動化できることも、魔科学の強みだろう。


(……まぁ、旧来の魔術が現代魔術を上回っている部分もあるんだが……)


 そういった点を差し引いても、便利さ快適さで言えば現代魔術を使わない理由はないだろう。

 欠点という欠点は……登録できる魔術には限りがあるという点か。

 魔術の発動には複雑な処理が必要で、魔術の種類や効果によって使用する容量が異なる。

 大容量の端末デバイスを用いたとしても、小規模の生活に使用する程度の魔術なら百程度。

 中規模の魔術――戦術利用するものであれば三十程度。

 大規模魔術――たとえば周囲一帯を焼き野原に変えてしまうような戦略利用するものであれば三個程度登録できればいいほうだ。


 それと端末デバイスを破壊された場合、現代魔術に慣れている魔科学士は咄嗟に魔術の発動をすることはできないだろう。


 とはいえ、そういった欠点を差し引いても現代魔術を利用しない理由はほぼないだろう。

 もし現代魔術を使いながら、旧来の魔術マスターしている者がいるとしたら、それは魔術オタクに違いない。

 まあ、過去の技術を学ぶことで多くを知ることができるのもまた事実ではあるのだけど。


「ヤトくん」


 などと考えていると、ミラに名前を呼ばれた。


「はい」


 入学して間もないということで、基礎的な魔科学の話をしているのだと思うが、退屈過ぎてぼうっとしていたのがバレたのだろうか?

 表向きは真面目な顔で黒板をしっかり見ていたのだけど……。


「あなたは端末デバイスを使わずに、何か魔術を発動できる?」


 淡々とやってほしいことだけを俺に伝えた。

 なんの為にと思ったが、それを尋ねることなくミラの授業の流れを振り返る。


端末デバイスという科学の触媒が生まれた結果、恩恵は多いが基礎的な魔術の使用すらも簡単にはできなくなっている』


 だからクラスの中で端末デバイスを使わずに魔術を使用できる生徒はいないかというような話をしていたんだったか。


「どう?」


 改めてミラに尋ねられた。

 結論から言えば、イエス――なのだが、物珍しい目で見られても面倒か?

 だが簡易的な魔術であれば使える生徒がいてもおかしくはないとも思う。

 何より俺の価値の上昇へ繋がるかもしれない。

 考えた結果、


「簡単なものでもいいんですよね?」


 俺の言葉にミラが頷く。

 なら――俺は掌を上に向けて炎を出した。


「こんなのでいいですか?」


 その瞬間――教室が驚愕に包まれる。

 生徒たちがどよめき、ミラすらも目を丸めて俺を見ていた。


(……え? こんなの生活で使うような簡易魔術なんだが……?)


 なぜこんなに驚いているのだろうか?


(……あ、そうか。

 あまりにもレベルが低すぎて引かれてるんだな)


 なら、


「今のはなしで……こんなのはどうでしょうか」


 端末を机に置いて、魔術でそれを浮かせる。

 物体を浮遊させる魔術だ。

 だが、それだけでレベルが低いと思われるかもしれないので、上下に移動させたり、宙で弧を描くように動かしたり、縦横無尽、自由自在に操っていく。

 すると、先程よりも大きな驚愕に教室が揺れた。


「お、おい! 流石にこれは端末デバイスに登録してる浮遊魔術だろ!」


「そ、そう、だよな。

 こんな特殊な動きを端末デバイスなしにできるわけ……」


 誰かの疑うような声が聞こえた。

 だが、こんな簡易魔術で疑われるのは心外だ。

 流石に俺をバカにしすぎだろ。


「ヤトくん、もう大丈夫」


「……わかりました」


 ミラに言われて俺は魔術を止めた。

 そして、落下してくる端末デバイスを手で受け止める。


「結論から言うと、彼は端末デバイスは使ってないよ。

 旧魔術と同じで大気中のマナが彼の身体に集まっていくのが見えたから」


 担任である彼女の言葉に、生徒たちはさらにどよめきを上げた。

 だが、今響いたその声は喝采にも近いものだった。


端末デバイスに登録してある魔術を発動しているなら、マナは端末デバイスに吸われてから魔術へと形を変える。

 それはみんな知ってるよね」


 その通りだ。

 現代の魔術を使用する際は、自身の魔力とマナが端末デバイスに吸われ、それが魔術という結果へ変わり発動する。

 だから俺自身にマナが結びついたというのは、俺の体内の魔力に魔術が反応した証拠――旧来の魔術を扱った証なのだ。


「でも……ヤトくん。

 みんなが驚くのは無理ない」


「……うん?」


「無詠唱で、しかも二つの魔術を発動させるなんて……キミがやったことは旧時代の魔術師にも簡単にできることじゃない」


「え……?」


 あれ?

 そんなにレベルの高いことをしたつもりはなかったんだが。


「流石だね、ヤトくん」


 この直後、ミラの言葉を証明するように俺の価値はさらに向上することになる。

 その結果――現在の俺の価値は3億から3億8000万に膨れ上がったのだった。

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