第25話 価値上昇
(……眠い)
昨晩は逃がしたテロリストの動向を見守っていた。
だが、無法区画に入ってからは大きな動きはなかった。
恐らく、あの女が自ら行動して首謀者と接触するということはないのだろう。
首謀者からの接触を待っているのか、それとも既に切り捨てられたのか。
まあ、あのテロリストに関しては恋に対応を任せているので、何かあれば直ぐに連絡が来るだろう。
(……そんなわけで、俺は睡眠を取らずに学園に向かっていた)
爆破テロがあった翌日でも、学園が休校になることはない。
今日がもし休みなら、立ったままでも寝落ちできる自信はあるが……遅刻などしたら俺の価値が下がるかもしれない。
そのリスクを考えるなら、このまま学園に向かうしか選択肢はなかった。
「おはよ~、ヤトくん!」
後ろから聞こえてきた元気な声に反射的に振り向くと、昨日の疲れを感じさせないアネアの眩しいくらいの笑顔が見えた。
「ああ……アネア、おはよう」
「大丈夫? 体調が悪そうだけど……もしかして昨日ことで、眠れなかった?」
心配そうに俺の顔を見つめるアネア。
睡眠不足による顔色の悪さがそれほど出ているのだろうか?
「まあ、そんな感じだ」
「そっか……やっぱりヤトくんでもそういう時、あるんだね」
「そういう時?」
「気を張って眠れなくなっちゃう、みたいな」
そういうわけではないのだが、あの事件が関係して眠れなくなったの本当のことなので否定はしないでおこう。
「……アネアは大丈夫だったか?」
「いつもよりは、ちょっと睡眠不足、かな」
どうやらアネアも少し寝不足らしい。
だが、それを感じさせない立ち居振る舞いなのは、彼女の皇族という立場故なのかもしれない。
「でも……昨日は本当に大変だったよね」
「入学初日から驚かされることばかりだわな」
パンゲアの管轄である以上、俺にとっては気が休まる場所ではない。
「昨日のこと学園の生徒たちもみんな知ってるよね?」
「あれだけの騒ぎだからな」
「色々聞かれると思う?」
「興味本位で聞いてくる奴はいるだろうな。
あまりしつこく騒がれるなら、軍のほうから口止めされてるってことにしとけばいい
「うん。
今も取り調べ中かもだから、余計なことは言わないほうがいいよね」
ぺらぺらと話すようなことじゃないのは確かだが、そもそも詮索されずに済むのが一番いいだろう。
※
アネアと雑談を交わしているうちに気付けば学園に到着した。
が……今日は昨日よりも遥かに生徒たちの視線が集まっている気がした。
「なあ……なんだか見られてないか?」
「う、うん……そんな気が、するよね」
やはり事件のことが関係しているのか?
だが、それにしたって露骨すぎる。
気にしていても仕方ないので、俺たちは教室へと向かった。
その途中、
「あら?」
廊下の先にいた生徒会長と目が合った。
すると俺たちに手を振って、こちらへ近付いてくる。
「ディナ会長、おはようございます」
礼儀正しく挨拶をするアネアに習って、俺も挨拶代わりに一礼する。
「昨日は大変だったみたいね」
「ぁ……えっと……それは……」
アネアは困ったように俺に目配せしてくる。
会長にどこまで伝えていいかを悩んでいるのだろう。
「ごめんなさい。
事件について聞きたいわけじゃないの。
でも、ヒーローとヒロインたちを労うくらいは構わないでしょ?」
「そこまで言われるほど、大袈裟なことはしてないと思うんですけどね」
「そんなことないわ。
あなたたちがしたことは勇気がないとできないことだもの。
だから、もっと胸を張っていいのよ?」
まあ、普通はテロリストと遭遇したなら戦わず逃げるべきだろう。
相手は武装しているわけだから、自身を危険に落とすようなものだ。
「それに……アセスもあなたたちを評価しているわけだし」
「アセス?」
「あら? もしかしてまだ見ていないのかしら?」
会長の言葉に、俺とアネアは目を合わせる。
「あなたたちの『価値』――上がってるわよ。
特にヤトくんは注目株よ」
アセスの価値!?
言いながら会長は手に持っていた端末をこちらへ向けてくれた。
そこに示されていのは、3億という数字。
「入学初日からこんなに価値を伸ばしたのは、ヤトくんが初めてみたいね」
感心するような会長の口振りだが、何より驚いていたのは俺だった。
入学時、2100万だった俺の学園市場価値が一気に3億まで上昇していたのだから。
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