第24話 義兄(ミラ視点)

 テロが発生したことで、学園区画は警戒態勢に入っていた。

 支王学園(ルーラーズアカデミア)の教員である私も、学園区画を見回っていた。

 なのに、学園区画の夜は怖いほどの静謐に包まれている。


(……テロが起こったとは思えないくらい)


 何事もなかったように時間は過ぎていく。


(……誰かにとって、大切な人の命が失われているのに)


 せめてもの救いは、被害を最小限に抑えられたことだろう。


(……でも、まだわかっていないことも多い)


 なぜテロリストたちは学園区画を狙ったのか?

 テロを起こすにしても何も訴えがないのはおかしい。

 捕縛された犯罪者たちから有力な情報を得られるだろうか?

 私が考えても意味なんてないはずなのに、どうしても考えてしまう。

 それは私が犯罪者という存在を強く憎んでいるからだろう。

 どれだけ憎んだとしても、父が帰ってくることはないのに。


「――ミラ」


「……?」


 聞き覚えのある声に名前を呼ばれて顔を向けると、長身痩躯の男性が立っていた。

 学園主任であるファリス先生だ。


「こんばんは……何も問題はないかな?」


 彼も見回りの途中なのだったのだろう。


「はい……今のところは」


「そうか。

 ……こんな時間まで、キミに手間を掛けさせてすまない」


 普段は気難しそうな顔をしたファリス先生が頬を優しく緩めて微笑する。

 まるで歳の離れた兄が、妹に見せるようなそんな顔だ。


「……ファリスさん。

 私だけ、特別扱いはやめて」


「これはすまない……気を付けてはいても、普段の態度が出てしまうな。

 でも、今キミも兄さんって言ったぞ?」


「……わざとだから」


 そう伝えると、ファリス兄さんは優しい顔で笑った。

 つられて私も気が緩んでしまう。

 彼は両親が亡くした後、私の後見人になってくれた人で、今では唯一頼れる存在となっているからかもしれない。


「勿論、学園の中であればわたしも気を付けるさ。

 だが今は家族として言葉を向けさせてもらってもいいだろ?」


「……まあ、ね。

 なら私もそうさせてもらうから」


 ファリス兄さんは首肯して、続けて口を開いた。


「……ところで、事件に遭遇したというキミのクラスに生徒ことなんだが……」


「全員無事。

 みんな、怪我もしてなかったみたい」


「それは何よりだな。

 しかし教員になって早々、自分の受け持っているクラスの生徒がこんな事件に巻き込まれるなんて……キミも災難だな」


「私は別に……生徒たちは大変だったと思うけど……」


「そうか。

 ……だが、もし何かあればいつでもわたしを頼るといい」


「……ありがとう、兄さん」


 感謝は伝える。

 だけど、兄さんに頼るつもりはなかった。

 今では頼れる人のいない私だからこそ、自身の力で生き抜く力を身に付けなければいけない。

 両親が殺された時……私はそう誓ったから。


「しかし、テロリストの襲撃を受けて怪我一つないというのは大したものだな」


 実際、あれだけの数に襲われて簡単に切り抜けられるとは思えない。

 秩序のない犯罪者は、たとえ子供であっても容赦はしないだろう。

 なのに、テロリスト側にほぼ死者がなかったというのは特筆べき点だ。


(……ヤトくんの実力は無法区画で一度見ているけど、あれはまだ本気ではなかったということ?)


 彼の事情については聞かせてもらったけど、やはりいくつか疑問は残る。

 だが、ヤトくんの義妹さんの事情を考えればあまり口にしたくないこともあるだろう。 ただの教員としては、これ以上踏み込むべきではないかもしれない。


「おっと――」


 何か連絡が入ったのか、ファリス兄さんは端末を手に取った。

 ファリス兄さんの表情が少し硬く強張った気がした。

 急な仕事の連絡だろうか?


(……邪魔しないほうがよさそう)


 電話も長引きそうだと感じたので、私は挨拶代わりに会釈をして踵を返した。

 だけど、


「うん?」


 この場から去ろうとした私の手を、ファリス兄さんが掴み引き留める。


「……兄さん?」


「今、テロリストの取り調べをしていたパンゲアの軍部から連絡があった」


「軍部から?」


「テロリストたちは全員、事件の首謀者をセブンス・ホープだと口にしているそうだ」


「っ……それって、じゃああのテロは……?」


「大罪の王の命令かもしれない」


 今回の事件と大罪の王が繋がっている。

 なら、テロリストから何か情報を掴めれば、奴の――両親の仇の行方に迫れるかもしれない。


「……ファリス兄さん、私も取り調べに参加できない?」


「ミラ……気持ちはわかるが、それは難しい。

 今のキミは学園の教員だ。

 パンゲア軍の指令で教員を兼ねている私とは違う」


「……そう、ですよね」


 兄さんの言うことはもっともだ。

 こうして何かしらの情報を聞けるだけでも、本来は感謝しなければならない。


「もし大罪の王に繋がる情報があるなら、それは必ず伝える。

 だから……」


「……無理言って、ごめん。

 それだけでも、十分すぎるから」


 私が感謝を伝えた後、兄さんは小さく頷く。


「一人で帰れるか?」


「そこまで子供扱いしないでください」


「……そうだったな」


 兄さんは私の言葉に苦笑して、急ぎこの場を去っていった。

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