第12話 価値基準②

「お前ら一年だな。

 そこはオレたち専用だ……さっさと失せろ」


 机が蹴られたらしく、座っていた生徒たちは直ぐに退散していく。

 賑やかだった空間が一瞬にして静まり返っていた。


(……これだけ生徒の目があるところで、堂々と暴力行為?)


 何もメリットなどない。

 よっぽどのバカでなければ、こんなリスクは避けるはずだ。


(……あいつら、何を考えてるんだ?I


 食堂にいる生徒の多くが、同じことを考えていただろう。

 皆が状況を見守っている。

 ルーラーが動けば、何らかの審判が下されるはずだ。

 だが……。


「……どうして、ルーラは対処しないの……?」


 アネアは戸惑いの声を漏らした。

 どれだけ様子を窺っていても、何も起こることはなかったから。

 それどころか暴力を行使した生徒たちは、平然と食事をしていた。

 これが、日常的に当たり前に行われているかのように。


「……ヤトさんが言っていたように、ルーラーの価値基準は簡単に判断できるものではない。

 そういうことなのかもしれませんね」


 俺たちに知らされているのはきっと、最低限のルールだけ。

 なら徐々に、学園のシステムを解き明かしていく必要がある。

 もしかしたら、それすらも……生徒の価値を決める為の査定に繋がるかもしれない。


(……あの生徒たちに話を聞いてみるか?)


 恐らく一年ではない。

 衆目の前で平然と暴力に訴える時点で、まともなグループではないだろう。


(……間違いなく、何かを知っている)


 アセスを起動して、デバイスで騒ぎの中心にいる生徒をスキャンする。

 すると直ぐに検索が始まり、生徒情報が表示された。


(……二年のキラ・アコンか)


 総合評価はB+ランク。

 全体的な能力も高く、中でも戦闘能力はAAランクとずば抜けていた。

 対して社交性はDランクと高いとは言えない。


(……上級生と上手く接触することができれば、この先、自身の価値をより高める為の情報を得ることができるかもしれない)


 が、キラに関して言うなら、こちらの質問に正直に答えてくれるような相手ではなさそうだ。

 なら、現時点では不用意な接触は避けるべきだろう。

 繋がりを持つのであれば社交性の高い上級生を選ぶほうが――


「……っ」


 それなりの距離が離れていた。

 なのに、キラは射殺すような鋭い視線を俺に向ける。

 常に身を危険に晒されるような場所で生きてきた者の特有の鋭い嗅覚、野生的な直感だろうか。

 危険察知能力の高い人間は稀にいる。

 無法区画ならともかく、そんな人間がこの学園にいるなんて。


(……さて、どうしたものか?)


 俺は目を逸らした。

 が、時すでに遅く、キラがこちらに近付いてくるのがわかった。


(……また、やられる振りをするか?)


 だが今回は食堂。

 一目の多さは教室の比じゃない。

 あまりにも目立つことになる。

 それに、さっきと同様にルーラーが機能しない可能性もある。


(……いや、確かめてみてもいいかもしれない)


 どの程度の暴力行為を受ければルーラーの裁定が行われるのか。

 それとも、何も起こることはないのか。

 決断のあと、俺は顔をあげる。


「おい……お前、今俺を見ていやがったな」


 自身が支配者だと語るように、キラは俺を見下ろす。

 首に刃物を当てられるような威圧感。

 いつでも俺を殺すことが出来るとでも言いたいような目を向けられた。

 普通の人間なら緊張から、過呼吸でも起こしかねない。

 まぁ、俺は何も感じないわけだが。


「……気のせいじゃないですか?」


「惚(とぼ)けるなよ。

 間違いなく、お前だ」


 胸倉を掴まれ、俺の身体は浮いた。


(……片手で、男一人を軽々か)


 戦闘能力が高いというルーラーの評価には、やはりそれなりの理由があるらしい。

 俺は何も言うことなくキラの様子を窺う。

 だが、


「キラくん……そのくらいにしておきない」


 静寂の中、凛とした女性の声が響いた。

 その瞬間、重い空気が一瞬にして晴れていく。


「会長だ!」


「ディア様ぁ~!」


 男子の野太い声と、女子の黄色い声が上がった。


「……なんのようだ?」


「私は生徒同士の喧嘩を止めてるだけよ?」


「あんたに指図される謂われはねえ」


 キラは既に俺を見ていない。

 俺よりも、生徒会長を敵として上だと判断したのだろう。

 胸倉を掴んでいた手が離された。


「……ここで、あんたとりあってもいいんだぜ?」


「お誘いしてもらってるところ悪いけど、あなたは趣味じゃないのよね。

 女性のエスコートなんて、出来そうにないもの」


「ははっ、お望みとあれば、いくらでも試させてやるよ」


 キラの手が、生徒会長に伸びた。

 だが、触れられる前に、見えない壁のようなものにキラの手が弾かれる。


「……残念だけど、私に触れられるのは、私が許した人だけなの」


 デバイスすら起動する動作はなかった。


(……今のは、魔術の自動展開か?)


 この支王学園の生徒会長を務めるだけあって、高い能力を有しているのは間違いなさそうだ。


「――キラ、まずい」


 キラの側近が慌てるような声を上げた。

 俺も状況を確認していたが、ディアの友人……いや、生徒会のメンバーだろうか?

 彼らはデバイスで、どこかに連絡を取っているようだった。


「……用意周到だな。

 最初から戦う気はねえってか?」


「私、女性よ? 暴力行為なんて野蛮な真似、するわけないでしょ?」


「よく言うぜ。

 あんたほど好戦的な奴を俺はこの学園で知らないがね」


「だとしたら、それはあなたの勘違いよ。

 まぁ……あなたが調和を乱すような真似をするなら、例外になるかもしれないけれど」


 ディアは余裕の笑みを浮かべた。

 挑発的にも聞こえるその発言から、彼女が好戦的とすら思えてくる。


「はははっ……面白いねぇ。

 いつか、お前を屈服させてやるよ

 あんたのその綺麗な顔が苦痛で歪んでいくのを見るのが楽しみだ」


「そう。

 もし出来るなら、私も楽しみにしてるわ」


 売り言葉に買い言葉。

 どちらも自身が負けるなど微塵も思っていない。

 二人の表情は自分の力に対する自信が伺えた。


「――生徒会からトラブルがあったと聞いたが……何があった?」


 食堂の入口から、凄みのある声が聞こえた。

 視線を向けると、そこには神経質そうな細身の男が立っている。

 スーツを着ているところを見るに、学園の教師だろうか?

 その隣にはミラが立っており、状況を確認している。


「……よりにもよって面倒なのが来たね。

 行こう、キラ」


「ま、ここまでか。

 ……じゃあな、ディナ」


 生徒会長から視線を外す。

 そして去り際、


「それとお前……次に舐めたことをしやがったら、殺すぞ」


 それはスキャンされたことを言っているのか?

 再び俺に射殺すような鋭い目を向け、キラたちは食堂を去っていく。


「キラ……またお前か?」


 神経質そうな男性教師がキラを呼び止めた。

 だが、その声に足を止めることすらしなかった。


「ファリス先生、お呼び立てして申し訳ありません。

 多少のトラブルがありましたが、無事に解決しましたので」


 ディナが男性教師に声を掛けた。


「……そうか。

 怪我を負ったものはいないか?」


 ディナから状況説明を受け、問題ないと判断した二人の教師はこの場から離れた。


「さて、大丈夫でしたか?」


「はい。

 えっと……ありがとうございます。

 一年のヤト・イラークと言います」


「ヤトくんね。

 私は三年のディナ・ノーグ。

 この学園の生徒会長をしているの、これからよろしくね」


 キラに対する挑発的な様子はどこへやら。

 人懐っこい笑みを浮かべて、ディナは自己紹介をした。


「稀にああいう荒っぽい生徒もいるから、困ったことがあればいつでも相談して。

 勿論、自分で対応できる力を持つことも大切だけどね」


 最初は頼ってもいい。

 でも、少しずつでもいいから成長していくことを忘れるな。

 そうディナは言いたいのだろう。

 その言葉から、生徒会長として優れた人格者であることが窺えた。


「ありがとうございます」


 会釈と共に感謝を伝える。


「みんなも騒がしてしまってごめんなさい。

 ゆっくり食事を楽しんでね」


 トラブルを終わらせて、

 そして、ディナ会長は「それじゃあね」と手を振って踵を返した。

 思わぬトラブルに巻き込まれたが、こうして食堂には賑やかな声が戻った。

 それから少しして、食事を終えた俺たちはこの場を離れるのだった。

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