第7話 実験
※
「いやぁ……思ってた以上にやばいかもな、この学園」
入学式を終えた生徒たちは教室に向かう。
その道中、彼らの様子が少しばかり騒がしくなっていた。
理由は学園長の式辞だ。
「学園長、迫力ありすぎだろ」
『諸君、金とは力だ!
では、この世で最も金を生み出すものはなんだ?
石油か? 情報か? 戦争か? ――違う――この世で最も金を生み出すのは人だ!
人だけがこの世で金を必要とする。
だからこそ人は金を稼ぐ為に努力する。
この世で最も優秀な人材こそが、世界を飲み込むほどの莫大な金を生み出すのだ』
他の教育機関であれば、こんな挨拶は存在しないだろう。
『入学生諸君、金を生み出せ!
金こそが世界を牛耳る為の国家の財源となる!
そして、金を生み出す人間こそが国家の最高の資産である!』
学園長の真似をする生徒が、周囲の生徒たちの笑いを誘った。
が、その言葉こそ学園の理念だ。
人的資産こそが国家の更なる財源を生み出す。
その理念から、パンゲアが多額の出資をすることで、国家戦略の一つとして時代を切り開く才能を輩出する為の学園が設立された。
それが、
(……人的資産育成機関――
学園には能力鑑定システムが存在しており、学力、運動力、戦闘力、魔力、容姿、人気、家柄などあらゆるデータから、将来的に国家に与える価値を算出する。
そして、生徒の価値がデータ化されて学園内市場に上場される。
人間の才能を使ったマネーゲームをこの学園はやっているのだ。
自身の価値を示す成功は生徒自身の市場価格を上げ、失敗は下げる。
そして価値のなくなった生徒は――。
「どうしたの? そんな難しい顔して?」
隣を歩くアネアが、俺の顔を覗き込んでくる。
「……ああ、いや。
学園長がすごい迫力で、少し気圧されたのかもな」
「あ~……確かにびっくりだったよね。
でも、この学園に入学したって実感は湧いたかも」
確かに気を引き締める生徒は増えただろう。
この学園はただ、学業を学ぶ為の場所ではない。
自身の価値を、その後の人生を決める為の場所なのだから。
「ちなみに、ヤトくんの目標は?」
「俺は無事に卒業できたら、それで十分かな」
勿論、これは表向きの発言だ。
俺は出来るだけ、この学園のシステムを利用することで多くの資金を集めたい。
近い未来、パンゲア帝国を打倒して、国を、誇りを、自由を取り戻す為に。
「アネアはどうなんだ?」
「……私は……」
なぜかアネアは言葉を止めて、視線を下げた。
戸惑うような顔を見せるアネアの表情に影が差す。
「言いづらいことなのか?」
「ううん……そうじゃないんだけど……。
私は……卒業するまでに自分の価値を証明したいかな」
返事に悩みながらも、アネアは俺の目を見ながらそう答えた。
彼女の言葉に嘘はないだろう。
自分の価値を証明したいというのは、この学園に入学する生徒であれば当然のことなのだが……アネアの口振りに俺は少し違和感を覚えていた。
(……価値の証明、か)
他人に自分を認めさせることで、自身の価値が生まれる。
だが、どれだけ周囲に評価されようと、自身を評価できない者もいるだろう。
自分自身を認めるというのは、簡単なようで難しいことだ。
だから、
「できるといいな」
もしそれが出来たなら、きっとアネアにとってこの学園の入学は価値のあるものになるだろう。
「ありがとう、ヤトくん」
会話を終えた後、アネアの表情はすっかり明るいものになっていた。
「……あ――もう着いちゃった。
話してるとあっという間だね」
一年の教室は三階。
左の部屋からA、B、C、Dの四つのクラスに分けられている。
クラスの通達は事前に行われており、全員迷うことなく自身の教室へ足を運んでいた。
「……俺たちも行くか」
「うん……えっと、私たちの席は……」
教室に入るが特に席順の指定はない。
が、生徒たちの何名かは既に席に腰を下ろしていた。
「自由席ってことで、いいのかな?」
一般的には教員側が管理しやすいよう名前順などで並ばせるだろう。
だが、既に座っている生徒がいる以上……適当に座るしかないか。
少し様子を見ていたが、他の生徒たちも次々に席を埋めていく。
「ヤトくん、よかったら隣の席にならない?」
「そうだな」
頷く俺を見てから、アネアは席を選び始め、入口側の一番後ろの席に向かっていく。
「この辺りでい――っ!?」
突然、がたいのいい男がアネアを突き飛ばした。
俺は反射的に手を伸ばして、彼女の華奢な身体を支える。
「大丈夫か?」
「……う、うん」
アネアは驚きで目を見開き、身体を硬直させている。
何が起こったのかもわかっていないようだった。
「邪魔だ。
どこを見て歩いてやがる」
アネアを突き飛ばした男が、見下すような上から目線で俺たちを見ていた。
教室が静寂に包まれ、俺たちのほうに視線が集まっていく。
「何か文句でもあるのか?」
威圧する低い声で、俺に射殺すような眼差しを向けてきた。
何が気に喰わなかったのか、こちらに詰め寄ってくる。
それを見て、俺は支えていたアネアを下がらせ、一歩前に出た。
(……なんの文句もないんだが……一方的に絡まれてしまったな)
なぜか怒りの矛先を向けられた。
苛立ちを隠そうともせず、男は今にも殴りかかってきそうだ。
(……ならいっそ……)
学園のシステムを把握する為に、この機会を利用させてもらおう。
「弱い犬ほど、よく吠えるってのは本当だと思ってな」
「あん?」
男の明らかな苛立ち。
それを見た時、こいつは挑発に乗ることを確信した。
「思い切り彼女を突き飛ばしたろ?
今直ぐ謝れ」
「ああん? 雑魚が舐めたこと言ってんじゃねえぞ!」
傲慢な男が俺に向かって拳を振るう。
だが、あまりにも遅い。
こんな時間カメみたいに鈍間なパンチ、眠っていてもよけられるが……。
「っ……」
敢えて俺はその攻撃を受け、派手に倒れてみせた。
そして顔を伏せながら、歯で自ら唇を軽く噛み切る。
伏せていた顔を上げると、血を流す俺を見て生徒たちが悲鳴を上げた。
「や、ヤトくん、血が……。
あなた、いきなり殴りかかってくるなんて、なに考えてるの!?」
「ちっ……この程度のことで騒いでんじゃねえよ」
苛立ちを隠そうともしない男に対して、アネアは物怖じせず俺を守るように立ち塞がった。
だが、足は震えている。
(……無理してるのがバレバレだ)
それでも、俺を守ろうとしているその気持ちは伝わってくる。
この行動だけでもアネアの真摯な性格が伝わってくるようだった。
(……アネア、もう安心していいぞ)
この状況は直ぐに解決する。
そう考えた直後――ガラガラと教室の扉が開いた。
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