第3話 仲間

     ※


「やっと帰ったな……」


 あの少女が無法区画から無事に出ていくのを見届けてから、俺は家に戻った。

 普段なら放っておく……ところだが、見たところ相当なお嬢様だ。

 資産家の令嬢が行方不明なんてことになったら、無法区画にパンゲアの警備隊が集まってくるかもしれない。


(……明日はついに、計画の実行日)


 だからこそ、今は大きなトラブルを避けたい。


「……はぁ……ま、今は少し寝るか」


 早朝の睡眠妨害で軽い睡魔に襲われる。

 そう決めて俺はソファに倒れると、同時に部屋の扉が開いた。


「……れんか?」


 入ってきたのは、無法区画の犯罪組織『セブンズ・ホープ』のメンバーの一人だ。

 後ろに結んだ黒髪を揺らしながら、彼女は俺のほうに歩み寄ってきた。


「おはよ、『大和』」

 ……なんか、疲れてる?」


 大和――近衛大和このえやまと

 これが俺の本当の名前だ。


「朝からちょっとした災難があってな」


「……そっか……なら、疲れちゃった分もあたしが癒してあげる」


 嬉しそうに言いながら、狭いソファにれんが座ってくる。

 そして、頭に柔らかい感触――俺は膝枕をされていた。


「このほうが、休めるでしょ?」


「ああ……」


 れんとはこの無法区画で知り合った。

 当時の無法区画では子供たちは自然に身を寄せ合っていた。

 戦争で両親を亡くし、何の力も持たない。

 弱者がこの秩序のない世界で、強者に喰われる為には、互いに協力し合うしかなかった。

 無法区画で共に生き抜いた仲間たちとは、家族以上の絆が生まれていた。

 その中でもれんは、グループの初期メンバーの一人で、今では大切な……家族のような関係だ。


「……ねえ、大和やまと……。

 本当に、行っちゃうの?」


 心細そうなれんの声が聞こえた。

 悲しそうな眼差しを俺に向けている。


「ああ、全て計画通りに進める」


 その計画を実行する前に、決めておかなければならないことがある。

 今日はその為の会議を行うことになっていた。


「正直ちょっと……ううん、本当はすごく、寂しい」


「別に、ずっと会えなくなるわけじゃないだろ。

 定期連絡や、会議には参加するんだから」


「そう、だよね。

 でも……大和やまとが『学園』に入学したら……会える時間が少なくなっちゃうから……。ごめん……これからって時にこんなこと言って」


「謝ることなんてないだろ。

 れんがそう言ってくれるのは嬉しいよ」


 言って俺はれんに手を伸ばした。

 その頬に優しく触れる。

 そして、頬に掛かった髪を梳くように撫でた。

 れんはその手に触れて、目を閉じる。

 それから、ゆっくりと瞼を開いた。


「あたしも……一緒に入学できたらなぁ。

 そしたらさ、大和やまとと一緒に学園で過ごせたのかな。

 普通の学生みたいに……」


 そんな風に生きられる未来があったのか?

 もしそうなら、どれだけよかったか。


大和やまと、あのね……ずっと伝えたかったことがあるの。

 この機会だから言っておきたいんだけど……」


 何かを決意するように、れんが俺を見つめる。


「あたし……ずっと昔から大和やまとのことが――」


「先輩~! どもども~! おはようございま~す!」


 れんが何かを言い掛けたその時、


さくら!? ちょ……い、いつからいたのよ?」


 組織の情報担当であるさくらが、わざとらしいくらい元気な声が部屋に入ってきた。


「え~何がですか? 先輩に膝枕してメス貌になってたところなんて見てませんよ?」


「めっ――そ、そんな顔してない!」


 からかわれて、れんは顔を真っ赤にしていた。

 まるで仲の良い姉妹のようにはしゃぎあう姿は、子供の時からかわらない。 


「せんぱ~い、お別れする前に……わたしも先輩に何かご奉仕させてほしいです」


 迫るれんをくるりと交わして、さくらはベッドで横になる俺に跨ってきた。


「わたしに……してほしいこと、ありますか?」


「ちょっ!? あ、あんた、大和やまとに何してんのよ!」


「え~? 何って……先輩の上に乗ってるだけですけど?」


 ニヤ~っと、からかうようにさくらは笑った。

 そして、さらに身体を俺に寄せてくる。


「い、今直ぐ離れて! ひ、人前でなに考えてんのよ!」


 それを見て、れんさくらを引きはがした。


「残念。何か先輩の思い出に残ること、したかったのになぁ」


「……れんにも言ったが、別に会えなくなるわけじゃないからな」


 念の為、さくらにも伝えておく。


「わかってますよ。

 でも……わたしたちって、先輩の為に頑張ってるところもあるんで……優位な立場になるなら、ここが勝負かなあと!」


「俺の為? 組織の目的は奪われた国を、奪われた自由を取り戻すことだろ?」


 その願いはセブンズ・ホープのメンバーに共通したものだ。


「先輩~、そうじゃなくて~!」


 さくらは不服そうに、再び俺に詰め寄ってきた。

 俺は何か間違ったことを言っただろうか?


「ふふっ……今日も本当に仲がいいですね」


「姉さん、わたしたちも混ざりますか?」


 二人の少女が共に部屋に入ってきた。

 双子の姉妹――右目に片眼鏡を掛けているのが姉の白鴉はくあ、左目に片眼鏡を掛けているのが妹の黒鴉こくあだ。 

 セブンズ・ホープの幹部――組織内で七希しちきと呼ばれるのメンバーの中で、唯一の血縁者でもある。


大和やまと様、お待たせしてしまい申し訳ありません」


 そして最後のメンバーである詩季が到着した。


「今朝は急にすまなかった」


「いえ、新たな人材をありがとうございます。

 更生後、下部組織のメンバーに加えさせていただきます」


「わかった。

 よろしく頼む」


 詩季しきは組織の人事を担当している。

 無法区画は犯罪者同士の抗争が頻繁に発生する。

 勝った組織に負けた組織が吸収され、さらに大きな組織を作る。

 だが、それをまとめるだけの統率力がなければ意味がない。

 人材の徹底的な教育と管理により、セブンズ・ホープは無法区画の中でも最大の組織となったのだ。


「それじゃ、会議を始めるか」


 俺の一言で。それぞれが決められた席に付いた。

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