写真館ツミホロボシ
masuaka
不思議な写真館に迷い込むと......?
ふと気がつくと、俺はレトロな雰囲気の店の中に立っていた。
「ここは……?」
配置している照明やレトロなカメラから、おそらくスタジオか何かか? こだわりがあるのか、随分ふる……趣のあるスタジオだ。
なぜこのスタジオに居るのかさっぱり覚えていない俺は、
「何で俺こんな古いスタジオに居るんだ?」
「いらっしゃい、お客さん」
困惑した俺はそう呟いていると、急に声をかけられた。人がいるなんて思わなかった。
「あの、俺。気づいたらこの店に入ってたんですけど」
俺は店主らしき初老の男に慌てて言った。まさか、先ほどの失礼なつぶやきを聞かれていないだろうか。
しかし店主の対応は、俺の予想とは異なっていた。
「気にしなくていいよ。世の中、そういう風にできてるから」
この店主は、何を言っているんだろう?
どういう意味だ……?
俺がぽかんと間の抜けた表情を気にもせず、店主は「さあ、こっちに座って」と席をすすめた。
※ ※ ※
俺は気がついたら、見知らぬ店でお茶を飲んでいた。
俺が席につくと、まだ10代後半くらいの青年がお茶を運んできたのだ。
「ごゆっくり」
そう言って青年は、お茶と角砂糖を置いて、奥の部屋に戻ってしまった。
「いや、俺! 今スマホも財布も何にも持ち合わせないんですけど……!」
「いいよ、これは私からのサービスだから」
「さ、サービスですか」
いいのだろうかと俺が悩んでいると、ははっと店主は笑ってこう言った。
「うちの弟子、写真を撮るのはまだまだなんだけど、お茶を淹れるのは私以上に上手いんだ。せっかく淹れてくれたんだから飲んでいきなさい」
目の前に置かれた温かなお茶を見ながら、俺は気になった言葉についてたずねた。
「写真? ここ、何かのスタジオですか」
「ここは【写真館ツミホロボシ】っていう店さ」
俺は店名を聞いて、反応に困ってしまった。
すごく個性的な名前の写真館で、自分の顔がひきつってしまっていないか心配だ。
俺の反応を特に気にせず、店主はたわいもない様子で話し続ける。
「ずっと昔からある写真館なんだけど、人がすっからかんの店なんだよね。……まあ、お客がたくさん来たら困るからいいんだけど」
なんてやる気のない店主だろうか。仮にもお客になるかもしれない人の前で、そんなことを言ってしまっていいのだろうか。
俺は怪訝そうに店主を見る。
すると店主は角砂糖が入った瓶を俺に見せて、こう聞いた。
「角砂糖はいるかい?」
「じゃあ、角砂糖ひとついただきます」
それにしても俺……。さっきりからなんで、この人に遠慮なく打ち解けているんだろう?
「それで、君はどうしてここに来たのかい? 何か悩み事でもあるのかな」
「はいっ?」
そんなの俺が聞きたい、何故この写真館にいるのか。
「最近、俺のおふくろが病気で亡くなって……」
普通だったら、こんな店主に悩み事など言わないだろう。なんせ、初対面の相手にだ。しかし、何故か俺は悩み事をぽろっと呟いていた。
「それはつらい出来事だったね。君は大丈夫なのかい?」
「まあ、覚悟していたんで。でも……」
「でも……?」
店主は遠慮なく、俺に話の続きを促す。
「なんも親孝行できなかったなって、最近そんなことばかり頭に浮かぶんです」
※ ※ ※
「俺、いい大学入って、大手企業に入社して、いっぱい仕事をこなして稼ぐのがいいことだって思ってたんです」
俺は堰を切ったように話し続ける。
「それで素敵な奥さんと結婚して、子ども作って、おふくろに奥さんと子どもを連れて会いに行くんだって……」
「俺、おふくろの体調が悪いだなんて、……全然知らなかった」
「君は後悔しているのかい?」
「後悔、そうですね。俺は後悔しているんだと思います」
「大丈夫。君は大丈夫だよ」
「これからお母さんの墓参りに行って、いっぱい君自身が幸せになればお母さんはきっと喜ぶ」
「でもおふくろに親孝行してこなかったのに、俺ばっかり幸せになっていいんですかね」
「自分を自分で貶めるようなことを言ってはいけないよ。その言葉はそっくりそのまま自分に返ってくるからね」
自分に返ってくる? どういう意味だろう。
俺が困った顔をしているのを見て、店主は悲しそうにこう言った。
「君は自分を大事にしてこなかったんだね」
※ ※ ※
「そうだ、君よかったら写真を撮っていかないかい」
「えっ? あの……、今の話の流れで何でそうなるんですか」
やっぱりこの店主は変わった人なのだろうか?
店主はからっとした笑みで、こう言った。
「いい機会だろう。悩みを吐きだして、これから前を向いて一歩踏み出すための記念みたいなものさ」
写真を撮るのに、ぜんぜん理屈が通っていない。
でも、何故だろう。胸の奥が少し軽くなった気がする。
「これから自分を大事にして、お母さんに親孝行するために。はい! お客さん。一枚撮るよ」
パシャッ
カメラのフラッシュを浴びた瞬間、一瞬おふくろの笑った姿が見えた気がした。
店主は嬉しそうに笑ってこう言った。
「いい写真が撮れたよ。お疲れ様」
しかし、店主の言葉は耳を通り過ぎる。
おふくろの笑った顔が頭から離れない。
「さあ、君を呼んでるよ。元の世界に帰るんだ」
店主はそう言って、店の入り口のドアを開けた。
※ ※ ※
「店長、この前来たお客さんなんですけど。最近、後悔が消えたみたいですよ」
ほらっと若い弟子が壁を指指す。
写真をかけた部分が、ちょうど焦げたような跡になっている。
「最近お子さんが産まれたそうで、お母さんのところに家族で行ったみたいです」
「ふふっ、幸せそうでよかった」
私は写真が焦げた跡を指でなぞった。
「店長。この仕事って、いつ終わるんですかね?」
「なんだい、急に」
「だって! お客さんがひとりずつ来るけど、絶え間なく来て後悔を写真に現像していくんですよ。この作業の終わりが見えないなあって思いまして」
「終わり……。たぶん私が満足するまでかな」
「たぶんって、何も分からずにこんな仕事をしているんですか?」
「うん、気づいたらここの店長を任されていたし」
「店長って、変わってますね」
弟子に買い出しをお願いして、私は奥の部屋へ向かった。
この部屋は、私以外だれも入れない。
鍵を開け、部屋の中に入る。
部屋の中は所狭しと写真が飾られている。
「私の後悔も……、あとどのくらいで消えるんだろうね」
写真館ツミホロボシ masuaka @writer_koumei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます