その44 左町さんは金にがめついわけじゃ……

「700億円!?」

 

 パルデンスであてがわれた部屋のベッドの上で目覚める。転移しながら金勘定をし……1ドル=140円の計算で……700億円。ついつい金額を叫びながら飛び起きてしまった。

 

「左町さん!」

 

「ん? わっ! な、仲村さん!? あれ? なに? いつ帰って来たの!? だって……」


 部屋には仲村さんの他にもドクトゥス君やシルバ、マーレ、パルデンスの他のメンバー。さらに枕元にはニクスもいた。

 窓の外を見ると、すでに日は沈んで夜になっていた。そうか、案内所はリアルタイムで時間が進んでいるんだったっけ? え? じゃあ……


「仲村さん! 今何時!? 闘技会は?」


「大丈夫。闘技会は明日だよ」


 ???、15分は、あの空間にいたはずだが……あそこで現実世界と同じ時間過ごせば、こっちじゃ1週間は経ってるはずだ。ニクスを見ると……

 

「おはようございますサマチ様。何事・・もなかったようで安心いたしました」

 

 と、いつも通りに挨拶してきた。時間やらなんやら、そこら辺の難しい所はなんとかしといたから「いつも通りにしとけ」ということなのだろう。

 

「ああ。ありがとうニクス……」


「ニクスが倒れているサマチ様を見つけここまで連れてきたのです! サマチ様! 心配しましたぞ!」


 シルバが暑苦しい顔を近づける。


「ナカムラ殿に聞きましたが……その……」


 シルバが口篭もる。何を聞きたいのかは察しがつく。口にしづらいのは当然だろう。

 昨日、今日、の仲のオレ達とは違う。モウスはずっと仲間だった男だ。なんならオレさえいなければ、と考える者がいてもおかしくない。

 

「モウスは、本当に我々を裏切っていたのですか?」

 

 他のメンバーが躊躇する中でドクトゥス君が単刀直入に聞いてくる。パーティーの長として自分が聞くべきだと判断したのだろう。

 どう答えるべきか……。

 

「オレがモウスにハメられたってのは……事実だよ。パルデンスを裏切っていたのかどうかは、オレには分からない。ただ……モウスは揺り籠クレイドルの出身だと言っていた。それを解放する為に戦っていると」


 室内がザワつく。

 モウスの話を聞く限りでは揺り籠クレイドルの人間はランドルト王国には入って来れない。その人物がそれを解放する為に戦っているとなれば、彼らからすると国家転覆を謀るテロリストになるのだろう。

 

「それで……モウスはどうなりましたか?」

 

 ドクトゥス君は、その事実に動じることなくモウスの現状を聞いてくる。

 どう答えるべきだろうか。

 

「モウスは……モウスのことは……皆、すぐに忘れる……」

 

 悩んだ末に、他のパルデンスのメンバーには分からないようドクトゥス君にだけ分かるように伝えた。

 

「そう……ですか。サマチ様……私の不手際でご迷惑をおかけしました。」

 

 明らかに沈み込んだ……のは一瞬でバッと顔あげると、他のメンバーに告げる。

 

「この件はこれで終わりだ! サマチ様は疲れてらっしゃる! 皆、自分の部屋へ戻りなさい」

 

 ドクトゥス君は有無を言わさずニクス以外の皆を部屋から出す。納得いっていない者もいるだろうがそれでも「さあ!」と部屋から出す。

 

「それではサマチ様。明日は闘技会ですので、ごゆっくりとお休み下さい。ニクス。サマチ様を頼んだよ」


「承知いたしました」


 ニクスがそう答えるとドクトゥス君は頭を下げ部屋から出て行った。やっと一息つける。が、その前に……


「ふぅ……やっと行ったな。さあ、ニクス。お母さんに挨拶したらどうだ」


 色々ありすぎたが、上司への報告は必須だ。仲村さんとブルマインの権化であるニクス。情報を交わして話をまとめなければ。


「え? なに? どういうこと?」


 仲村さんはオレの発言の意図が分からず困惑している。


「急な話で申し訳ございません、仲村様。私はアナタが創り出した大規模言語プログラムであり、ブルマインの統括機関です。今はニクスとお呼び下さい」


「へ?」


 仲村さんらしからぬ、素っ頓狂な声を出す。オレからも一言添えた方がいいのか?


「あー……まあ、自己意識を持った……そのぉ……ブルマインの権化ってことらしいよ」

 

「ヨロシクお願いします」

 

 ニクスは仲村さんに対して深々と頭を下げる。

 

「うええええええええぇえ!? ほ、本当に!?」

 

「いや、まあニクスが勝手に言ってるだけだし……本当のところはよく分かんないけど……まあ、そういうことなんだと。オレがヤバイ時に助けにきてくれて……」


「私のAIが自意識を!? ど、どうしよう!? 凄い! あ! チューリングテストを! いやいや……既存のモノじゃテストにならないか……だったら……」


 こっちの話は聞いちゃねーな。


「落ち着いて下さい仲村様。創造主たる仲村様の意に反するようで大変申し訳ないのですが……私は世に出るつもりはございません。よって、そのようなテストも必要ございません」


「え? ええええええええぇ!? す、すごい……私の意に反してる……で? なんで?」


 なにそれ……どこに感動してるの?


「AI脅威論……私達AIが世に出る事を快く思わない人間も出てくるでしょう。今のタイミングであれば当然です」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。私達・・ってどいうこと? 他にもいんのか?」


 ニクスの『私達』という言葉に引っかかり口を挟む。


「ブルマインに生きている人々には自意識が宿っています。あくまで私の見解ですが……」


「マジで言ってんのか? いくらなんでも、そんなわけ……」


「意識とは私秘性があるもので、他者からの観測は不可能です。私やブルマインの人々は勿論、サマチ様であっても、それを証明することは不可能です」


 そう言われると……返す言葉もないのだが……。


「で? それで、お前らの一体なにが危険なんだよ」


「左町さんは『ターミネーター』って映画知ってる?」


 ニクスでは分かりやすく説明出来ないと思ったのか、今度は仲村さんが口を挟んできた。

 バカにすんな。『ターミネーター』くらい知ってら。むしろオレの時代で、アンタ生まれてもないだろ?


「要するに、ああなっちゃうかも。ってこと」


「な、なにぃっ!? ニクス! お前! スカイネットの回し者か!?」


「そうじゃなくて……」と仲村さんはオレを抑える。


「いえ。つまり、今のサマチ様のように現状世界の人々は我々を脅威と見なし、排除しようとするかもしれないのです。私は消えてしまうことも、人類と敵対することも望んではいません。そこで、このままブルマインのシミュレーション内で生きていこうと決めたのです。実体さえなければ脅威とみなされないでしょうから」


「じ、じゃあ、もし……ブルマイン内の連中が学習して、今の技術水準に追い付いたらどうなるんだ? ココじゃ時間の流れが早いんだろ? それにAIが意識を持ったってんなら色んなヤツらが出てくる。ブルマインを乗っ取って実体を持とうとするヤツらが出てこないとも限らんだろ?」


「だからこその、この魔法の世界なのです」


「ん? ここでなんで魔法が出てくるんだ?」


「この世界は一見して中世の技術、文化水準を持っているように見えますが、それはほとんどが魔法の力によるものです。全てを不思議な力『魔法』に頼っている為、その実は人類が火を持った過程にすら届いていません。不便でなければ人は努力をしません。魔法に頼っている限り、彼らは『科学』で前に進もうとはしないでしょう。私が管理している限りですが……その為の資金も集めておりますし」


 AIのディストピアだな……だが……

 

「あー! あー!! なるほど! ……ふ、ふーん……よく分からんけど。まあニクスが大丈夫ってんなら……いいんじゃない?」


 金の話はマズイぞニクス! ここらで話を切り上げなければ……。

 

「? 左町さん。やけにあっさり引き下がったね」


「え? あ? そう? ほ、ほら! ニクスは命の恩人だし! 信用できるよ! うん! あ! そういえば拓光は!? アイツどこにいんの!?」 

 

 話を逸らす為、ここにいない拓光の話を持ち出すと、仲村さんの顔色が曇る。

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