その37 左町さんはゲス野郎

「「モウス!!」」

 

 セプトと声が被る。

 愕然としていると、足元が突然、沼に変わりバランスを崩す。

 

「セプト! 離れて! 今、前衛の皆はこっちに向かってる!」

 

 他の女神がこちらに追い付いたようだ。

 急いで足元の沼を『英雄殺し』で消して脱出する。

 沼から飛び出すと、数本の矢がこちらに向かって来ているのが見えた。銃弾よりも速いのでは、と思われる程の速度でこちらに向かっている。左に少し体を傾けコレを避けた。身体能力強化のお陰でかなり遠くまで見渡せる事が出来るうえに、どこに避ければいいかが瞬時に分かる。この状態なら負けようがないな。

 いや、そんなことより……。帰る手段がなくなってしまった。

 

 マズイ……マズイ、マズイ、マズイ、マズイ!

 どうする? どうやって戻る?

 モウス……モウスが……いなきゃ、どうやって戻れば……。

 コイツら相手にしてるヒマなんてないのに……


「逃げよ……ここにいたら全員殺されちゃうよ」


「みんな戦ってんのに逃げるわけにはいかないでしょ」


「だってアイラーヴァタですら簡単にやられちゃったのに……」


 ん? なんだ? なんか聞こえる。


「あっち! 木がなぎ倒されてる方!」


「セプトは? まだ生きてるの?」


「モウスさんがやられたって……鬼人化状態でも歯がたたなかったって……」


 声が聞こえる。いや、さっきから聞こえてはいた。女神達の話し声。意識していなかったせいで内容が聞き取れてなかっただけだ。身体能力を10倍にした影響で聴覚が鋭くなっているからか……色々聞こえ過ぎても邪魔くせえな……。


「でも! 逃げるヤツは追わないって! それに、もし転移門壊されちゃったら、それこそ逃げられなく……」


 ザザザザ……と、急ブレーキをかけて声の方角を見る。木々が邪魔して声の主は分からないが……たしかに転移門って言ったな。

 転移魔方陣じゃなくて転移門……ってことは移動し放題ってことか。女神達はそこからここに来て帰る手筈を整えてたのか。

 そりゃそうか、2日前から時間かけて移動してきたってこともないよな。

 で、どこにいるコイツら?

 どうも戦うことには及び腰のヤツらもいるようだ。コイツらを見つけられたら交渉次第で帰ることが出来るかもしれない。

 とにかく声のする方へと駆け出す。声のする方……ということは女神達が待ち構えている。ということだが……。

 上等だ。『英雄殺し』と今の身体能力10倍の状態なら負けるはずがない。

 案の定、声が近付いてくると女神達の反撃があった。

 2、30人程で固まっていた女神達は突然の接敵に狼狽えてはいたが、魔法をこちらに放ってきた。

 とはいえ、片っ端から消すとさっきの声の主まで消してしまう可能性がある。ここは慎重に相手を選ばないと……。

 相変わらず様々な魔法が襲いかかってくるが、その都度『英雄殺し』で消していく。こちらが接近しないと消せない、と判明したからか直接物理的な攻撃を加えてくる女神はいなくなった。

 まあ、今は聞いた声と照合しながら邪魔してくるヤツは消すしかない。

 攻撃を捌きながら女神の数を減らしていく。




 ────────


 

 

 どうもここにいた連中は後方支援をする部隊だったみたいだ。抵抗こそすれど、そこまで激しい攻撃に晒されることもなく消していくことが出来た。聞こえてくる声から察するに残り2、3人ってとこか。一切の攻撃が途切れたところを見ると、戦意は喪失しているようだ。『あの声』の主もまだ生き残っている。酷く怯えてはいるようだが……。


「そこに居るんだろ。出てこい。攻撃してこないなら危害は加えない。オレはエンカンまで帰りたいだけだ」


 今のオレは動物並みに耳がいい。隠れてても、震えてるその音すら聞き逃さない。

 反応がない。しかたなく隠れているであろう茂みまで歩み寄ると、うずくまってカタカタと震えている2人の女神がいた。


「急いでる。転移門まで案内してくれるだけでいい」


「ヒッ……あ、ああ……」


 会話も出来ないほど怯えてんのか。まあ、あれだけ仲間が消されればそうなるか。年頃の女性にここまで怖がられるような経験してきてないから、どうしたらいいか分からん。まあ、経験ある方がヤバイよな……。


「立て」


 しゃがみ込んでいた手前側の女神の腕を取り、無理矢理立たせる。

 

「さあ、どこだ! 死にたかないだろ!?」

 

「う……やめ……離して」

 

「いやいや……ぜっっっっっったい! なんもしないから! 転移門の位置教えるだけでいいから!」

 

「う、ううう……」

 

 泣いてしまった。もう一人の方に聞いた方がよかったか。


「おい」


 しゃがみ込んでいた、もう一人の女神に話しかける。


「他の女神が来ちまう。マジで時間がないんだ。アンタが言わなきゃ……コイツを消すぞ」


 腕を掴んでいた女神に『英雄殺し』を突きつける。

 これで、オレは……落ちるところまで落ちた……。

 圧政に苦しむ人々を救う為に立ち上がった正義の味方の女神達。年頃の容姿をした彼女達を多数消し去り、今は情報吐かないと消すと脅している。現実世界でもまずお目にかかれない程のクズだ。

 ど、どうしてこうなった? なぜここまで大それた事をすんなりとこなしてるんだオレは? 元々こういう人間だったってことか? 仮想世界で抑圧された何かが解放されて……これがオレの真の姿ってことか!?

 

「わ、分かりました……だから、もう……」


「他の女神達がすぐに来る、早く案内を……」


 掴んでいた女神の腕を離し飛び退く。後方から矢が複数飛んで来たのだ。

 さっきからちょくちょく飛んでくる矢。これが中々に厄介だった。

 魔法はその効果範囲が広いので面として捉えることが出来る。『英雄殺し』で消すのは非常に簡単なのだ。対して矢は小さいので点として捉えなければならない。いくら身体能力強化していてもこれを迎え撃つのは難しいのだ。故に避けなければならないので進路変更を余儀なくされる。今は女神も連れているので、すぐにでも消してしまいたいが、どうもスナイパーのようにかなり遠くから狙っているらしく簡単にはいかない。


「クソッ! こっちの方向か!? お前らここで隠れて……」


 ガッ! と先程まで女神の腕を掴んでいた方の腕に衝撃を感じる。驚いて振り向くと先程まで腕を掴まれていた女神が至近距離からこちらに魔法を放っていた。他の女神のよう派手な魔法ではない。恐らく拓光が放つような石つぶてのようなものだ。身体能力10倍のおかげでダメージはほとんどないが、怒りがこみ上げてくる。


「お、お前な!」

 

 直後、おびただしい数の石つぶてがこちらに襲いかかってきた。『英雄殺し』で消すことも出来ず、飛び退いて避ける。


「デカイ魔法は撃つな!  矢での攻撃は全て避けてた! 触れたモノ一つだけ……アレは広範囲で消せるわけじゃない! 小さく、細かく、数で押せ!」

 

 セプトの声だ。他の女神がこちらに追い付いてしまった。しかも、何やらこちらへの対処法も考えて来ている。

 女神達はセプトの指示通り小さな石つぶてや氷の粒でこちらに攻撃を加えてくる。確かに……やりづらい。だが……消せないってワケじゃない。

 女神達に近付きながらからの猛攻を避けつつ、攻撃を捌いていく。

 

「ダメじゃない! 全部消されてる!」

 

「全部じゃない! 消されてるのは当たりそうなモノだけだ! いいから撃て!」


 その通り。当たらなきゃ一緒だけどな。

 だが、あまりの猛攻にまばたきも出来ない。目が乾いて涙ぐんでしまう。

 クソ……視界が……。

『英雄殺し』で捌きながら反対の手で目を拭った。

 ヌルッとした感触にギョッとして拭った手を見る。


「え……」


 血だった。

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