その36 左町さんは降参します
モウスの姿が見えない。
ヒョイっと飛んで木から木へと移動し、上から探してみるが、やはりいない。
半裸の女性達に混じってるので目立つはずだが……
モウスを探す事にばかりに気を取られていると、光線や火球、氷塊に大岩……次々に魔法が迫ってくる。
たまに矢が飛んで来るのがやっかいだが今の状態なら苦もなく消していける。最早、作業のように消している、目の前に巨大な水柱が天に向かって昇っていった。水柱は軌道を変え、竜のようにこちらに襲い掛かってくる。
が、それも『英雄殺し』でなんなく消し視界が開けると目の前まで鬼のような魔獣が眼前まで迫って来ていた。
角こそ生えていなかったが、その風貌はまさに鬼。
もちろん『英雄殺し』で迎え撃とうとするが……知っている顔にどこか似ており、その手が止まる。
「モウス……か?」
急いで『英雄殺し』を引っ込めると振り上げた拳を避けることが出来ず、とっさに右肩でその拳を受けた。
ゴッっという音と共に勢いよく吹っ飛ばされ、後ろの木に直撃する。それでも勢いは収まらず、その後も木々を次々になぎ倒しながら飛ばされる。そして大きな岩山叩きつけられ、ようやく止まった。
「いつつ……」
くっそ! 痛ってぇー……なんだありゃ。
……っていうか、これで「痛ってぇー」程度で済むのも凄いな。さすが身体能力5倍……
ゴッシャ!
立ち上がろうとしている所、側頭部に追撃の一撃が入る。鬼の膝が入り、後ろの岩に頭が半分くらいめり込んだ。
モウスは完全に体勢を崩している所にさらに追い打ちをかけてくる。何度もヤクザキックで体を岩に叩きつけてきた。その威力や凄まじく巨大な岩山が5、6発で崩壊してしまった。崩壊した岩山から足を掴まれ引きずり出されるとハンマー投げのハンマーのように木々に向かってぶん投げられた。再び森の木に叩きつけられながら飛んで行く。
鬼は投げ飛ばした後に雄叫びをあげる。まさにハンマー投げだ。
木々に叩きつけられながら勢いを殺す為、木に捕まろうとするがズルっと滑り何本も掴み損ねた。
「があああああああ!!」
それでも、なんとか1本の木にしがみ付きようやく止まる。そしてそのまま、しがみ付いた木を引っこ抜こうと踏ん張るが、なかなか抜けない。
「うぐ……んんがあああああ身体能力10倍ぃいい!!」
木はメキメキと音を立て地面から離れていく。さっきボコボコにされた事を思い出し、怒りに任せて木を引っこ抜くと、そのままヤリ投げのように鬼にむかって投げ飛ばした。投げ飛ばすと同時に走り出す。
身体能力10倍。走り出す1歩目から今までとは次元の違う世界に足を踏み込んだ事を実感する。走るというよりは『飛ぶ』と言った方が近い。
投げ飛ばした木は鬼には当たらず、その近くに音をたてながら叩きつけられた。だが陽動にはなったようで、鬼が飛んで来た木に一瞬気を取られてくれる。
数瞬も置かずに、鬼の目の前まで移動するとさっきのお返しとばかりに膝蹴りを繰り出す。
目の前に現れた瞬間、こちらに対して反応は見せたが身体能力を10倍まで強化した膝蹴りは防ぎきれるものでもなく顔面にまともに入った。
「調子ん乗りやがって……相当痛かったぞコラ」
その後さらに後頭部を掴み、もう一方の足で再び膝蹴りを入れた。仰け反った所、顔面を掴み後頭部を地面に思いっ切り叩きつけた。
これで少しは大人しくなったか。胸ぐらを掴み無理矢理上半身だけ起こして問いただす。
「お前、モウスか?」
鬼は返答する代わりに胸ぐらを掴んでいる腕を掴み返してきた。ので、掴み返してきた手の指を思いっ切り反対側に倒し、へし折ってやった。
鬼は叫びにも似た咆哮をあげたので、黙らせる為に顔面に思い切り頭突きをかます。鬼の鼻は折れ、叫ぶことを止めたのでもう一度質問をする。
「うるせえよ。質問にだけ答えろ。 お前、モウスか?」
鬼はグルルと、うなり声をあげるが叫ぶ事はしなくなった。しかし答える事はなく、ただこちらの目を見据えている。
……。
も、もしかして……この状態だと喋れないのかな?
……というか、そもそも顔が似てるってだけでただの人違いか? 女神達の誰かが呼び出したって事も十分ありえるし。
あれ?
っていうか、こんな顔だっけ? 膝蹴りとか頭突きで鼻潰しちゃったからよく分かんないな……。
ひ、人間違いだとしたら恥ずかしい! コミュニケーション不可の生き物にひたすら話しかけてるってことだし!
「わ、私をどうするつもりです?」
お。やっぱモウスじゃねえか。
「さっさと喋れよ。人違いだと思ったろうが。お前、帰れる手段は確保してんだろ? さっさとオレをパルデンスまで帰せ」
「ふ、ふふふ……」
笑ったので再び、顔面に頭突きを入れる。鼻血が鼻や口に入り苦しいのか「ぐぶっ」という苦しそうなうめき声をあげる。あまり顔に入れすぎると喋れなくなるか。
「現時点で裏切り者ってバレるのはマズイはずだ。お前は帰る手段を持ってる、絶対に。大方、布か紙に魔方陣を書いたモノでも持ってるんだろう。違うか?」
「は、ハハハ……なるほど。帰って、どうするんです?」
「拓光と仲村さん助けに行くんだよ。ここだけの話。今、アイツは戦える状態じゃないんだ」
「タクミ様が? ふっ……そんなハズはないでしょう。あの方から感じる魔力は桁違いだ。それに……そんな話、私にしてどうするんです?」
「このままじゃ、お前は帰れない。俺がいる限りはな。だが心配するな。オレはもう『この世界』のことはどうでもいい。生きて帰ることの方が重要だ」
「なんのことです?」
「帰れたら消えるって言ってんだよ。革命だろうがクーデターだろうが好きにしろ。まあ、顔が潰れてる理由は考えなきゃだが……悪い話じゃないだろう?」
モウスは黙ったまま考えている。コイツからしたら急展開過ぎて当然っちゃ当然か。
「時間がないんだ。さっさと決めろ」
「他の女神達は消したにも関わらず、私のことは消さなかった理由がそれですか?」
他の女神達が消されていく様を見て、それでもオレに向かってきたのは、コイツはもう覚悟を決めていたということだ。一筋縄じゃいかないようだ。
「そうだ。正直まいってる。降参だ。ボコボコにして胸ぐら掴んだ状態でする頼み事なんて、オレもオカシイとは思うよ……だが……」
「女神が……女神セブンセンスが、なぜアナタを躍起になって消そうとしているのか、私にも正直わかりません。しかし……彼女がアナタを消すと言った以上、必ず消します。女神達は最後の一人になってでもアナタと戦うでしょう。それは、私も同じです」
こちらの会話を遮るようにモウスが話し始める。
「交渉決裂か?」
「この世界に現れた最初で最後の希望の為にヨシミツ様は……女神達は戦ってくれているのです。私が裏切るわけにはいかないでしょう? アナタが消えるという確証もないのですから」
「ドクトゥス君やパルデンスの連中は裏切ってもいいって?」
「ドクトゥス様は……」
ここでモウスの顔に影がかかる。後ろ振り向くと上から女神セプトが剣を振りかぶってこちらに斬りかからんとしているところだった。モウスから手を離し『英雄殺し』を再び取り出すと。『英雄殺し』で剣を受け止める。当然、剣は消え女神セプトはこちらの間合いに丸腰で立つことになった。
「話の腰を折るんじゃねえよ」
『英雄殺し』をセプトの肩口に向かわせたが、前に立ちはだかる影にコレを阻まれる。
『英雄殺し』は影の真ん中を捉え、ソコを中心に徐々に消えていく。
「ドクトゥス様に……」
モウスはそこまで口にすると全てを言い終える前に消えていった。
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