その33 拓光君と仲村さんの逃避行
「なにやってんの! 早く乗って!」
急かす仲村の声にハッと我に返った拓光は急いで仲村の操るロボットに乗り込む。
コクピットの中は狭く本来2人乗れるように作られてはいないのではないだろうか。拓光は仲村が座っている座席の斜め後ろに体を押し込んだ。
「なんすか? これ? ロボット? いつの間にこんなモン用意してたんすか?」
「言ったでしょ? 私だってちゃんと仕事してるって。とにかくココを離れるよ!」
そう言うと手元のレバーを前に思いっきり倒し「どっかそこら辺に捕まってて!」と仲村が叫ぶ。
しかし、どこか捕まろうにも拓光が立っている場所は前半分が全てがモニターになっている為か、ボタンや計器だらけで捕まるところがなく「え? え? ど、どこに……」と慌てて座席ごと仲村を後ろからハグをする形で捕まる。
「ひゃっ! ちょちょちょちょっと! た、拓光君!」
「しょうがないでしょ!? 捕まるところがないんだから! いいから早く!」
「うう……あー! もぉー!!」
仲村は操縦桿を傾けロボットを発進させる。
腰辺りに付けられたアフターバーナーが火を噴き巨大なロボットは物凄い勢いで大空へと舞い上がった。
「すげええ! 空飛べるんすか!?」
「飛べない! 勢いよくジャンプしただけ! しかも今のがラスイチの全開噴射! でも……」
ロボットは3、400メートル程をひとっ飛びし、舞わせた砂埃と共にマルコ達を完全に置き去りにした。
「逃げるには十分でしょ」
そう呟いた仲村はモニターの端に映し出されるバックモニターで小さくなっていくマルコ達を確認する。
再びさっきのジャンプが出来なくとも人や馬が走るよりはこのロボットが走る方が速いはずだ、追い付かれることはまずないであろう。
ロボットは地面に着地するとそのまま走り始めた。だが巨躯の為、木々が邪魔になり、それらを派手になぎ倒しながらのものとなる。
アチラが追い付けるかどうかは別として、こちらの位置は完全把握されているだろう。
「でも、まあ……とりあえず、なんとか逃げられたかな」
そう言うと「ふー……」と息を吐く。
「凄いっすね! えーっと……このロボット?」
拓光は興奮して身を乗り出し仲村にバックハグをかましたまま顔を近づける。
仲村はこういうことには疎く顔を真っ赤にして固まってしまっていた。
「ちょっと! 止まっちゃ駄目ですって! アッチのマルコってヤツ瞬間移動できるんすから!」
「いや……その……ちょっと顔が近いっていうか……」
「あ。あー……すんません。これじゃセクハラか~。緊急時だったんで勘弁してもらえません?」
そう言うと拓光は仲村から離れる。
「い、いや……別に嫌じゃなかったからいいんだけどさ……」
と小さな声でブツブツと言っている。
「いや! そんなことより! なんすかコレ!」
仲村は「そんなことって……」と思いながらも操縦しながら質問に答える。
「魔法使うにも身体能力上げるにも脳に負荷がかかっちゃうって言ったでしょ? だったら他の媒体にソレを負担させればいいってわけ。それがこのロボット。操るのは私だけど戦うのはロボットだから、多少無茶が出来るってワケ」
「うーん……でもやっぱロボットって言い方が無機質で嫌っすね~。俺が名前付けてあげますよ。えーっと……」
拓光は「うーん」と唸りながらアゴに手を当てて考え始めた。
「そうっすねー……戦艦みたくカッコイイ和名もいいっすよねー……あ! じゃあ……」
いい考えが浮かんだのか。拓光はピンと人差し指を立てる。
「『埼玉』で」
「だ、だっさ!! 絶対イヤ!」
操縦に集中していた仲村が思わず手を止め拓光の方を振り向く。心血を注いで作った傑作にとんでもない名前をつける気だコイツは。と仲村は憤る。
「なに!? なにをもって埼玉!?」
「えー? ほら。昔の戦艦は日本の地名付けてたでしょ? 『陸奥』とか『長門』とか『武蔵』とか……で、オレは埼玉出身なんでぇ……『埼玉』」
「絶対って言ってんでしょ! イヤ! めちゃくちゃダサいじゃん!」
「ちょっ……ヒデーな。仲村さんまで『ダサいたま』とか言っちゃうんすか!?」
「埼玉が悪いんじゃなくて現行の都道府県名を付けんなって言ってんの! どこの付けてもダサいわ! それになんで拓光君の出身地なのさ!」
「えー? じゃあ……仲村さんはどこなんすか? 東京? 群馬? 千葉? 茨城?」
「山梨県……」
「じゃあ『山梨』でいいっすよ」
「いいよ……もう……『埼玉』で! はい! 『埼玉』で決定!」
実際のところ名前なんてどうでもいいし、まだ気を抜くには早過ぎるのだ。相手は異世界(仮)の魔法使いなのだから。
「そんなことより……さあ! 森を出るよ! って……え? なに?」
目の前の木々の隙間から平原が見える。ここから飛び出してしまえば逃げ切れたも同然だ。
が突然周囲が眩い光に包まれた。。
────────
「……闇と光の交錯する異界の境界に位置する我が魔術の領域にて、巨大なる転移の力を操りんと欲する。深淵の奥底に眠る魔力の渦に身を委ね、無数の星々が煌めく星海を巡り、漆黒の闇に包まれし禁断の知識を解き放つ。 黎明を告げんとする時の瞬間、我が手に掴まれた魔杖が輝き始める。その先に存在する空間の膨大な力を引き寄せ、次元を超えたる転移の奔流となし、巨大転移の魔法が展開されん。深淵の底に眠る星々の声を聞き、闇と光が交じり合う異界の扉を開く。我が魔術がその扉を超え、遥かなる異世界へと到達せん! 今その力を宣言する! 魔法の名は、『ヴァーテックス・トランスフォーメーション』!!」
マルコは長い詠唱を終え魔法を発動させる。巨大な魔方陣が上空に現れ、そこから土や石が顔を覗かせた。
「気を付けろよ、お前ら。あの巨人がいるであろう範囲をそのままゴッソリ転移させた……。落ちてくるぞ」
パラパラと落ちてくる小石。それから少し遅れて、魔方陣から土の塊が音を立てながら落下し始める。
その光景は、まるで宙に浮かんだ小島が落下してくるようだった。
光に飲み込まれた仲村と拓光は急に浮遊感を感じる。『埼玉』の足が地面から離れると、しばらく後にそれは落下感へと変わった。
「え? ちょ……なになになに!?」
動転する仲村とは対照的にマルコの魔法を知っていた拓光は、見ていた空の曇の形が急に変わった事から恐らく地面ごと空中に転移させられたと予想し、すぐさま仲村に覆い被さり衝撃に備えた。
「落ちてる! 伏せて! 仲村さん!」
転移させられた地面は轟音と共に落下した。
『埼玉』も為す術もなく地面と共に落下するが四つん這いになってひっくり返るのを防いだ。コクピットの中の2人を凄まじい衝撃が襲うかと思いきや少し揺れただけであった。
「あ、あれ?」
と拓光が覆い被さった仲村の上から拍子抜けの声を出す。
「このロボット……『埼玉』は、防御力全振りの逃走用ロボットだからね。コクピットに衝撃がそのまま伝わることはまずないよ。でも……これは……」
コクピットのモニターに映し出されるマルコとその手下達……相当な数の冒険者達に『埼玉』は完全に囲まれていた。
「おい! 聞こえてるかぁ!? 大賢者様! こっちはクソ燃費のワリい魔法使わされて頭きてんだよ! さっさと殺されてくれ!」
マルコの怒気をはらんだ大声は『埼玉』の中にいる2人にも聞こえた。
「防御力全振りってことは戦えないってことっすよね? どうするんすか? 完全に囲まれてるっすよ」
「そりゃあ…ビーム撃ったり、武器とかを搭載してるわけじゃないけどさ……」
仲村の説明中だが、当然敵方がそんなものを待つはずもなく四方八方から様々な魔法が飛んでくる。
火や雷、氷に風、石……その全てが『埼玉』に直撃した。
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