その32 拓光君は根に持つタイプ

 自己紹介してきたその男は不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりと地上に降り立った。

 

「ははは。滅茶苦茶だ。一人……それなりのが、こっちにいたと思うんだが……」

 

「さあ。違いが分かんないっすね」

 

 実のところ拓光はギリギリだった……

 魔力なんて概念は理解出来ないが、これ以上魔法を使うのは辛いところだ。体力をもっていかれたのか精神力をもっていかれたのか……マラソン大会を終えた後のように体は重く、脱力感が全身を覆っていた。

 ともかく……これ以上戦うのは御免被りたいが、目の前のコイツはソレを許してはくれないだろう。

 今は、石弾を再び発射出来るようになるまで時間を稼ぐしかなかった。

 

「で? いまさらっすけど……なんの用っすか?」

 

 その言葉を聞いたマルコヴィチは目を丸くした後、大笑いをした。

 

「あっははははは! 要件も聞かずにコレか? おとぎ話以上に無茶苦茶だぜ、大賢者様!」

 

 余程面白かったのか、ツボにはまったか……マルコヴィチは笑いをこらえようとするが中々収まらない。

 

「いやいや……ククク……悪いね。上から自己紹介はさすがに失礼だったな。オレはパーティー『エーテリアル・ギャング』の代表、ノアナ・マルコヴィチだ。マルコでいい。用件はだな……明日の闘技会の話さ。1回戦からオタクとやるらしくてね。戦力を削ぎに来た。まあ……だからアレだな。この惨状でもしょうがないっちゃ、しょうがねえなぁ……殺しにきたんだから」

 

「あっそう。でもオレは闘技会にゃ出ないんすけどね。左町さ……師匠が出るんで」

 

「あん? そうなのか? ……あの野郎……話が違うじゃねえか……まあいい、ここまでやっちまった以上は後にゃ退けねえしな。死んでもらうぜ大賢者様」

 

 伝説の大賢者様に正面切って喧嘩を売ってきたのだ。闘技会で得られる利権というものは余程のモノなのだろう。それとも自信があるのか……。


「とりあえず。手合わせしてもらおうか大賢者さ……」

 

 再び、石弾を発射出来る手応えを感じた拓光は、マルコの話の腰を折り石弾を発射した。

 が、そこにはすでにマルコの姿はなく、石弾はその後ろの木に直撃した。

 突然姿消したマルコに拓光が面食らっていると後ろから声がした。


「喋ってる途中じゃねえか……大賢者様ともあろうお方が不意打ちとはなぁ……」


 マルコは後ろで倒れていた木に腰を掛けていた。一瞬で移動出来たのは恐らく魔法の力であろう。

 拓光はすぐさま狙いを定め再びマルコに向けて石弾を発射する。

 

「おいおい。いちいち話の腰を折るなよ」

 

 マルコは再び姿を消し瞬時に別の所に現れる。

 拓光は両手を駆使し、消えては現れるマルコに石弾を放っていくが全てが空しく空を切った。


「テスラリフトって魔法だ。ここ2、3年で出来た新しい魔法でな、目の届く範囲に瞬間移動出来る。引きこもりお爺ちゃんじゃ知らねえか」


 そうして拓光を馬鹿にしながらモグラ叩きをさせるように、マルコは完全に遊んでいた。

 そこでマルコは拓光の違和感に初めて気付く。


「……もしかして、それしか魔法が使えないってこたぁないよな?」

 

 拓光は無言のまま、返答の代わりのようにマルコに石弾を放った。

 

「ハッハッハ! マジか!? 図星かよ! 大賢者様が!?」

 

 マルコは拓光の石弾を避けつつ、中空をリズミカルに移動しながら実に楽しそうに笑っている。


「たしかに……魔力は凄え。一緒の空間にいるだけでヒシヒシと感じるよ。底なしのバケモンだ、アンタは。だが……それだけじゃあな……さすがは伝説だが……所詮はカビが生えるほど昔の伝説ってことか」

 

 拓光は両の手でマルコに照準を合わせる。石弾を放とうとした次の瞬間……頭に激痛が走り。膝から崩れ落ちてしまった。


「ハハ……こんだけ撃ちまくってりゃ、当たり前だろ? それとも大昔はもっとイケたのかい?」


 マルコは瞬間移動をやめ地上に降りてくると、膝をついた拓光にゆっくりと近付いていった。


「アンタが、その絶大な魔力に胡座あぐらいてる間に、非力なその他大勢のオレ達は研鑽しソレを受け継いできた……。人ひとりが出来ることなんてたかが知れてるってことさ。いつまでもそんな魔力ゴリ押しの戦法が通用すると思うなよ、お爺ちゃん」


 そう言うと、睨み付ける拓光の顔に手をかざした。


「これで終わりだ。骨董品め」


 拓光は『この世界』での死を覚悟する。それでも、この男……マルコを睨み付けることを止めなかった。

 なぜなら拓光は、もうすでに思考を切り替えている。


 とりあえず。『この世界』では一旦死んでおこう。と……


 なに……『死ぬ可能性がある』だなんて、どうせ大した確率ではないのだ。

 例えばフグ。フグの毒の致死率は5%から10%らしい。あの毒の代名詞のようなフグですらだ。『死ぬ可能性』があるなんてのは、どうせその程度。なら90%から95%は死にはしないし……

 ペロッ。これは! ……でお馴染み殺人犯御用達の、あの青酸カリですら致死量を注入して50%ということらしい。

 ならばきっと仲村さんが言う「死ぬ可能性がある」なんてのはあくまで「そういうこともあるよねー」程度の、かなり可能性が低い話なんだと思う。多分……

 だから、とりあえず『この世界』では一旦死んで会社の開発室のベッドで目が覚めたら、またすぐにここに戻ってこようと……

 そんでもって、偉そうに能書き垂れているこのスカしたゆるふわパーマのオッサンを左町さんにボコボコにしてもらった後、この手で恐怖のズンドコまで叩き落としてやろうと……

 

 その為には今、コイツの顔を覚えておかなければ……


 自分の顔を見据える拓光の、その目にマルコは困惑する。死を覚悟したモノではない……かといって希望を見出した目でもない。

 まるで死の……その先を見ているような……どうやって復讐をしてやろうか、と考えているような……そんな拓光の表情にマルコは思わず、その手を止めてしまった。その時……


 ズズン……


 突然の地響きにマルコは我に返った。音の大きさで割と近い所だと分かる。


「なんだ? 今の音は? アンタ……じゃあねえな、さすがに。魔物でもねえ……この『使徒浸食地帯の森』で、こんな地響き起こせるようなデカイヤツはいねえからな。とすると……お仲間か?」


 拓光は心当たりもないので、ただ黙っていた。興味すらない。とりあえずコイツ、ケツを爆竹爆破してやろうと、そういったことしか考えていなかった。


「おい。さっさと答え……」

 

「いた! ま、マルコさん! た、た、たた大変です! 」

 

 マルコの部下であろう冒険者達、数名が大慌ててでマルコに駆け寄ってきて現状の報告を始めたが混乱している為か、なかなかマルコに伝わらないでいる。

 

「ああ? 鉄の巨人? なんだそりゃ?」

 

「い、いきなり現れて、オレらを見るなり襲いかかってきたんです! 他のヤツらは、そっちに向かってて、今応戦中です。アイツ、まるで魔法が効かなくて……」


 部下からの報告を受けたマルコは拓光を見る。仲間か……もしくは賢者が召喚したものか……それとも……なにも関係がないということもないだろうが、拓光は相変わらずマルコを睨み付けるだけだった。

 マルコにとって今の事態は想定外が過ぎた。

 パルデンスの最大戦力である大賢者を狩るだけだったはずが大賢者は闘技会には出ない。そもそも警戒するほどの強さでもなかった。そこに訳の分からない鉄の巨人が自分のパーティーを襲っているというのである。まったくもって割に合う話ではない。


「鉄の巨人ねえ……とんだ貧乏くじだ。まあ、でも……アンタを生かしといたからって、事態が好転するわけでもねえよなぁ大賢者様?」


 マルコは拓光に向き直り再び手をかざした。


「とりあえず死んどけ」


 手に魔力を込めた瞬間。風を切るようなヒィーーーン……という音がマルコの耳に届いた。

 マルコは直感的に瞬間移動で後方へ飛ぶ。

 その直後。巨大な拳が目の前を横切り、自分がいた場所の地面がゴッソリと抉れた。


 ズズン!

 

 その巨大な空からの飛来物は拓光とマルコを断絶するかのように立ちはだかる。

 巨人と呼ぶにはあまりに重厚感があり無機質なそれは、拓光にはなんであるかが一目で分かった。

 

「ろ、ロボット?」

 

 世界観に似つかわしくない、原色ギラギラの光沢が施されたボディを持つそのロボットは拓光に背を向けて膝をつくと機械音と共に背中のハッチを開ける。


「乗って! 拓光君! 逃げるよ!」

 

「仲村さん!?」

 

 聞き覚えのある声の主は仲村だった。

 ピンチに颯爽と現れた仲村に拓光は「カッケー……」と小さく呟き、子供の頃に見たヒーローと姿を重ねるのだった。

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