その28 左町さんは瞬間移動(ドッキリ)
モウスさんは執務室。
執務室ってどこ? 聞くの忘れてたわ。
パルデンスの拠点はとにかくデカイので歩き回ってみた。
その道すがら、所々でパルデンスの女性の冒険者に「凄かったです」とか「素敵でした」とか賞賛を送られる。
チヤホヤされるのは正直悪い気はしない。
悪い気はしないが……女性が来ると「スパイでは?」と身構えてしまい、会話にならない。
もったいない……。
ここにきて、日本人特有の精神『もったいない』を真の意味で体感するとは……恐るべき学習マシーンだぜブルマイン。
ついでに、賞賛をくれた女性の冒険者に「執務室ってどこかな?」と聞くと「案内します!」と返ってくる。でも今は女性が怖いので「あ。一人で大丈夫だから」とそそくさと逃げるようにその場を離れる。
今は……今だけは男性の冒険者がいい。
だが人見知りが激しいせいで、なかなかしゃべりかける勇気が出ない。そもそも男性の冒険者は強面が多いのだ。顔が怖い。格好が怖い。しゃべり方も怖い……。しゃべりかけようものなら「自分とも闘ってくれませんかね?」などと言いかねない。
で、結局迷っている。
そもそもココは迷うように作られているのではないだろうか。敵対組織に拠点を制圧されにくくする為にそういう作りにしている施設も現実世界にあると聞いたことがある……それがコレか。おかげで、いい歳こいたオッサンが迷子の子猫ちゃんだぜ。
すると長い廊下の曲がり角からモウスが息をきらしながら走って飛び出してきた。
おお! 居た!
大声で呼ぼうと息を大きく吸い込むより早く、モウスはこちらに気付いて全力疾走で駆けてきた。
「サマチ様ぁーー!」
自分のとこまで来ると、息をつく暇もなく
「他の者からサマチ様が私を探していたと聞きまして! ど、どうされました!?」
そんなに必死になって探してくれてたのか。
やっぱりシルバと闘ってからのオレの評価はパルデンスの中で鰻上りみたいだな。超VIP待遇。
「拓光がモウスさんとこに来なかった? モンスター相手に魔法の試射がしたいって言ってさ」
「ええ。いらっしゃいましたよ」
「オレも行ってみようと思って……今、どこにいるか分かるかな」
「ええ、もちろん。ご案内いたします」
そういうと、モウスは「こちらです」と先導して歩きはじめた。
うむ。苦しゅうないぞ。
────────
「でさ。拓光と仲村さんは、どこらへんに行ったの?」
モウスの後に着いて行きながら、拓光の行き先を尋ねる。
行き先があまりにも遠いなら、よした方がいい。移動中に襲われでもしたら元も子もないからだ。
「そうですね……ここから馬車を走らせて1時間といった所でしょうか」
「え!? 1時間!? ちょっと遠くない?」
「ランドルト王国は……特にエンカンの周辺は極端に魔物の出現率が低いのです。それくらい離れなければ魔物など、まずお目にかかることすらありません」
そうか。エンカンには騎士団がいるだろうし冒険者だっている……周辺には寄りつかないか……。
「それに、タクミ様が乗られている馬車はエンカンで1番速いものを用意させていただいてます。他の馬車だと1時間半以上はかかるでしょうか」
往復3時間……乗り物酔い最中に襲われちゃう……。
「あー……モウスさん。そんなに時間がかかるなら……」
そこまで口にするとモウスはそれを遮るように振り返り、手をかざしてきた。
「しかし、ご心配はいりません。空間転移の魔方陣がございます」
「魔方陣?」
モウスから魔方陣と聞いた瞬間、胡散臭いモノを連想する。ワケ分からん文字を円陣状にかき込んで黒づくめのフードを着込んだ怪しい連中が悪魔呼び出すみたいな、アレだ。
「ええ。タクミ様が向かわれている『使徒侵食地帯の森』はパルデンスでも訓練する為に使われています。怪我を負った時や緊急時の為に転移魔方陣が設置されているのです」
使途浸食地帯の森……
物騒な名前の森だけど大丈夫なんか、そこ。
いや……それよりも気になるのは……
「じゃあ、なんでそれで行かなかったの?」
「転移魔方は超高等技術です。1回使う度に魔方陣は消え去り、また膨大な時間をかけて書き直さなければなりません。その時に使われる塗料も中々に高価でして……」
「う……そんなモノをオレが使っちゃっていいわけ? アレだったら諦めるけど」
思いのほか大事になってるようで、たじろいでしまう。オレが部屋にこもって震えてればいいだけの話しでは? しかしモウスは……
「問題ありません。サマチ様の御用事は優先事項です。私も一緒に行って魔方陣を描き直しますので」
とサマチ様の為なら! と意気込んでくれている。
なるほど。ついにオレは仮想世界で成り上がったようだ。
至れり尽くせり。会社でもかなり上の役職になるとこうなってくるのだろうか。
普段なら恐縮して断っているところだ。が……
今回は堪能しておこう、もう二度と味わえないこの感覚を。まあ、命も掛かってるしな。
「じゃあ、よろしく頼むよ」
────────
パルデンスの地下に案内される。
魔方陣は地下にある、ということか。こう言っちゃなんだが怪我人の為の施設なら医務室とかに作らなきゃ。アドバイスした方がいい?
「こちらです」と案内された部屋に入る。灯りも灯っていない部屋に魔方陣はあった。ぼんやりと青白く光り、浮かび上がっている魔方陣はやけに不気味で……中に入ることを躊躇わせる。
傍らに目をやると壊れた家具等のガラクタが転がっておりホコリをかぶっていた。この部屋自体、普段は使っていないようだ。『使途浸食地帯の森』なんて大層な名前をしちゃいるが大ケガを負うような魔物はめったに出ないのかもしれない。
「で? ……これは……入った瞬間に転移する感じ?」
「転移する者が中に入り魔方陣に魔力を注ぐと起動します。生半可な量では起動しないので、このままにしてあるんですよ。鍵もつけていなかったでしょう?」
そういえば……「こちらですガチャ」ってすぐ入ってたね。思春期の息子を持つお母さんでも、もうちっと慎重に入るぜ。
「ではサマチ様、参りましょう」
モウスは先に魔方陣の上に乗り、自分にも乗るように促してくる。
一度、ドクトゥス君の転移魔法を体験したことがあったが……気が付くと終わっている。という感覚だった。なにを恐れるわけでもないのだが……魔方陣の不気味さのせいか、ちょっと怖い。おずおずと魔方陣の上に乗り
「じゃ、よろしく」
と、なるべく平静を装う。
モウスは「行きます」と言うと手をかざして魔力を魔方陣に注ぎはじめる。青白く光っていた魔方陣は眩いばかりの光りを発して思わず目を閉じる。
目を閉じたままでも分かる眩い光が収束する前に肌が外気を感じ取り、屋内から屋外に移動したことを感じた。
光が収束し目を開けると、そこは薄暗い森だった。
足元を見ると魔方陣が徐々に光を失っていき消えてしまった。
「ここが『使途浸食地帯の森』?」
回りを見渡すと確かに森。そこら辺の森と……なんなら初めてこの世界に来た時の森となんら変わらない。木アンド木アンド木アンド草。
ここで、移動してきて初めて気付いたことがある。
「ねえ。この森ってどんくらいの広さなの? あのさ、今初めて気付いたんだけど……これ拓光と仲村さんと会えないと歩いて帰らなきゃなんじゃない?」
半分冗談でモウスさんに聞いてみる。
「いえ。その心配はございません」
そりゃそうだ。そんくらいの事考えて……
「サマチ様はここで消えてもらいますので……」
またまたー冗談を~……と振り返るとモウスの顔からはすでに笑顔は消えていた。薄暗い森の中の為か、青白い血の気の失せた顔に据えられた目には決意と殺意が宿っていた。
「あはは……いやいや……」
ネタばらし後のドッキリが絶望的だと笑ってしまうらしい。モウスの後ろの森の茂みから挑発的な衣装を纏った女性達が次々と現れてやっと全てを理解した。
「マジで?」
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