その27 左町さんは失言が多い

 拓光と仲村さんに連れられ3人でパルデンスの訓練場に来た。昨日地面に空けられた穴が埋められており、壁の方は修理中といった具合だ。人が消えた時はともかく、地面や壁が消えた時のことは記憶に残っているらしい。

 3人で訓練場に行くとシルバに伝えたところ「サマチ様が空けた壁の穴はまだ補修中でして……」すいませんと謝られた。いやこちらこそ、すいません。

 とにかくだ。ヒトとモノではワケが違うらしい。


「えー……っと、じゃあ拓光君。あの木の柱に向けて撃ってみようか」


 訓練場には拓光の魔法の試し撃ちをしにきた。未えだに、なんの魔法か教えてもらっていない拓光はウッキウキというわけだが……オレはそうはいかない。気まずくてしょうがない。

 ウキウキの拓光を見て楽しそうな仲村さんを見ると心が痛い。

 スレンダー美人にして高収入キャリアウーマンの仲村さん。何が不服なのよ!? と、言いたい所だが…… そういう問題ではないよな……コレは。

 まあ、わざわざ言うようなことでもないし黙っとくけどね。


「撃つ……ってどうやって撃つんすか? なんの魔法かも知らないんすけど……」


「手を前に出して……そうそう……その手のひらの前で弾丸を作るイメージをしてみて……」


 仲村の言うとおりに拓光が手を前にかざすとペキペキメキメキと音を立てながら石の塊が精製されていく。


「お、おお……なんか石! 石! 石! 石! 石が!」


 拓光が興奮気味に仲村さんに現状を伝える。


「そうそう。落ち着いて。……この世界の大賢者である拓光君なら魔法の扱い方は分かるはずだよ」

 

 それを聞いた拓光は目をつむり、深呼吸を一つ……目を開くと同時に石の塊を木の柱に向かって射出した。

 射出された石の塊は弾丸のように唸りをあげながら木の柱に向かっていきガカッ! という衝撃音をたてて見事命中する。


「おー……凄え」


 拓光が撃った石の塊は太い木の柱にめり込んでいる。人に当たればタダではすまないだろう。

 撃った拓光は感動し、仲村さんは胸を張り自慢気だが……

 

「石投げたんと変わらんのじゃない?」


 この自分の一言がどうやら不用意な言葉だったらしく、二人の導火線に火を点けてしまったらしい。


「はぁ!? 全然違うっしょ!? そもそも、石を精製して撃ち出すんすよ? 石の塊を探さなくていいし、投げるのとは違ってノーモーションで相手に飛ばせるって、タイミング測りづらいくていいじゃないすか!?」


「左町さん、えらく簡単に言ってくれるねぇ!? じゃあやってみたら!? 左町さんならもっと凄いの出来るんだ!? へぇ~凄~い」


 非難囂々ひなんごうごう……。


「いや……悪いって言ってるわけじゃなくて……これで敵を倒せるのかなぁ……って思っただけで……人には、当たれば効くだろうけど……大型のモンスターとかちょっと無理かなぁ……なんて」

 

「じゃあ、外で大型モンスター倒してきますよ! コレで! 今から! それなら文句ないっしょ!?」


「そう! コレで! ……え? コレで!? 今から?」


 売り言葉に買い言葉。勢いのついた拓光の言動に一瞬同調するも、仲村さんは明らかに動揺していた。


「いやー……今からすぐにはちょっと……どうかなぁ」

 

「いやいや! 今すぐ行ってデカイの狩って帰ってくるっすよ! 「投げたんと変わらん」みたいに笑われたまま黙ってらんないっすから」

 

 いや、笑ってはいない。

 なぜか仲村さんより拓光の方がヒートアップしておりこのままでは済まないといった具合だ。拓光としては念願の魔法が使えた事がよほど嬉しかったのか……それに水を差されたことが頭にきたのだろうか。


「じゃ、ちょっとモウスさんにちょうど良さそうなモンスター出るところ教えてもらってくるっす! 仲村さん! 行きましょ!」


「え? 拓光君! ちょっ、ちょっと待ってよ!」


 なんだか怒ったまま、勢いそのままで訓練場が出て行ってしまった……。

 アイツ……オレが命狙われてるって事を忘れてるんじゃないのかな。まあ、部屋に引き籠もってりゃ平気か……いや! ドクトゥス君と一緒にいるのが一番安全か! でも一日中一緒に居てくれるのかなぁ……あ。シルバと一緒って手も……


 色々と思案を巡らせていると、一人の女性冒険者が訓練場に入ってきた。


 銀髪の、褐色ボイン。

 あ、この人が……


「マーレと申します」


 セブンセンスのスパイ候補のマーレ……か。

 こんな所で2人きりはあまりよくない。


「シルバに聞いた所、ここにいらっしゃるとお聞きしましたので……サマチ様、少しだけお時間よろしいですか?」


「はじめまして……ですよね? なにか?」

 

「……」

 

 沈黙。

 ポケットに手を入れ『英雄殺し』を握りしめる。

 こちらの間合いには遠い……シルバからマーレは相当な実力者だと聞いてはいたが、詳しい話を聞いていない。魔法や不思議な現象を起こせるこの世界では、戦闘スタイルが分からないのは非常にマズイ。ちゃんと聞いときゃよかった。

 だが……遠距離で魔法を使うには近い。ここは、もう少し距離を取るべきか……

 ポケットに手を入れたまま半身に構えジリジリと後ろに下がる。するとマーレは躊躇せずにを1歩前に進める。

 んな!? そんな詰め方ある?

 こちらが慎重にジリジリと稼ぐ1歩を、マーレはおかまいなしにズンズンと歩を進め広げた間合いを打ち消していく。

 次第にこちらも、ジリジリと下がっていたモノがゆっくりとした1歩に……さらに後退する足が速まっていく。それでもマーレは構えすらとらず、こちらに歩みを進める。

 恐怖を感じた。相手の意図がまるで分からないからだ。無防備に近づいてくる、あの態勢から一体どんな攻撃を出す気なのか……

 4、5メートルこの状態が続き、ついに均衡が崩れることになる。マーレが肩から下げていた鞄に手を入れたのだ。

 武器だ! そう思った瞬間、後ろに下げていた軸足を滑らせた。

 その後はもう無様なものだ。態勢を崩しながらワタワタと腰が抜けたように敗走を始める。


「う、うわあああああ!」

 

 完全に戦意を喪失し、マーレに背中を向けて叫びながら駆け出す。振り向くと後ろからマーレもなにかを叫びながら追走を始めたのが見えた。

 

「あ、あわわわわわ」


 とにかく、この訓練場から出て助けを……ドクトゥス君を!

 と……ここで訓練場の入り口からちょうどドクトゥス君が入ってきた。

 ドクトゥス君はこちらに気付くと「サマチ様、こちらにいらっしゃいましたか」と笑顔でこちらに語りかけた。

 駆けていたスピードをそのままに、その笑顔のドクトゥス君の肩をガッと掴むと遠心力を利用してそのまま後ろに回り込む。ドクトゥス君は困惑した様子で


「サ、サマチ様。どうされたのです?」


 と聞いてきた。

 どうもこうもない。後ろから武器を持った女が追いかけてきてるんだぞ!?

 言葉にならずにマーレが武器を持っているであろう手を指差す。


「マーレの持っている包みが……どうかされたのですか?」


 ドクトゥス君にそう言われ、肩越しに改めてマーレの方を見てみる。

 マーレの手に握られているのは武器ではなく布の包みだった。


 これは……


「ば、爆弾!?」

 

「分かって……らっしゃったんですね」

 

 せ、正解!? マーレは包みを解く。

 じ、自爆する気か!?

 

 ドクトゥス君の影に隠れて身を屈める。

 ……。

 爆発……しない。

 恐る恐る顔をあげて再びドクトゥス君の肩越しにマーレを見る。

 

「ばくだんおむすび。サマチ様よくご存知でしたね」

 

 包みの中は大きく黒々としたおむすびだった。

 

「中にシャケと昆布とおかかとたくあんを刻んだモノを入れてあります。お昼のお弁当にどうぞ」




 ────────




「シルバからとても喜んでらしたと聞きまして、急いでお作りしたのですが……そのような事になっているとは知らず……申し訳ありません」

 

 ドクトゥス君と一緒に事情を話すとマーレはふかぶかと頭を下げてきた。

 

「いやいやいや! こっちが過剰になり過ぎてただけで! 別にマーレさんを特別疑っていたわけじゃなくてね!?」

 

 謝るのはこちらの方だ。弁当のばくだんおむすびを作ったのがマーレだとすると朝食を作ってくれたのもマーレだったということだ。もし彼女がスパイで暗殺を目論んでいるのなら毒でも入れればいいわけで……

 彼女はなんの問題もない……というわけだ。多文……。

 味噌汁も美味しかったしね!


「マーレ。すまないね。事情が事情だけに話すわけにはいかなくてね」

 

 ドクトゥス君が謝ると、両手を顔の前で振って恐縮している。見た目のキツそうな印象とは違い非常に可愛らしい。

 拓光の話だと「冷淡そうでスカしてる……乳しか能がないような女」ということだった……シルバにしてもそうだが、それはアイツの態度が悪すぎただけだろう。

 

「しかし……そうか。シルバが言ってたヴァクヴァクの国の出身者はマーレさんだったのか。ヴァクヴァクって結構遠い国だって聞いたけど……味噌とか手に入れるの大変なんじゃない?」

 

「いえ。ヴァクヴァクはそもそもランドルトと国交がありませんから、アレは自家製です」

 

「ええ!? 大豆から作ってんの!? 凄いねぇ……む! ということは、たくあんも自家製!?」

 

 この質問にマーレが無言で頷く。見た目とは裏腹に超家庭的。

 いい嫁になるねコレは。

 セクハラになるから言わんけど……。

 

「そんなことよりサマチ様! シルバとの闘い……私、感銘を受けました。失礼ながらパワーでもスピードでもシルバの方が上でしたが……サマチ様は技術でもってそれを制されていました。近接戦闘においての私の理想です」

 

「あ、ああ。ありがとう」

 

「そこで是非ご指導を! と……私、魔法は得意なのですが近接戦闘は少しばかり苦手でして……」

 

 ああ……そうか。避けてカウンター。避けてカウンターって感じだったもんなぁ……。でもアレは身体能力2倍で反射、反応速度をあげてたから出来る芸当で……教えることなんて……

 

「最後に放たれた……ラビットパンチ……ですか? アレはパワーを必要としない必殺の技だと聞きました。筋力がさほどない私には、うってつけだと思いまして……」


 なるほどな。それでわざわざ朝食と弁当を作ってくれたのか。

 たしかに非力な女性は急所を突くってのは大事よね。アレはアレで高等技術だし。金的でも教えてあげようかね。げへへ……


「そうだなぁ。マーレさんの和食は魅力的だったしなぁ。また味噌汁を作ってくれるってんなら……今度教えるよ」

 

「味噌汁を! ですか?」

 

 返ってくるリアクションが大きすぎて少しビックリする。そんな大変なのかな。

 

「うん。味噌汁」

 

「そ、それは……サマチ様の為に……ということですか?」

 

「ん? そう。まあオレが飲みたいし……そうだね」

 

「か、考えさせていただけますか?」

 

「あ……はい。どうぞ」

 

「で、では。失礼します」


 なんだろう……マーレは思い詰めた顔をして訓練場を後にした。作ってた味噌をきらしちゃってるのかな……。手間がかかるのに悪いこと言っちゃったかなぁ……。

 

「あ、そうそう。ごめんドクトゥス君。オレになんか用?」

 

 マーレとの話に集中し過ぎてドクトゥス君の事をすっかり忘れていた。重要な話に決まってるのに。

 

「あ。いえ。タクミ様に魔法のご指導をと思ったにですが……」

 

「えー? アイツちゃんと指導出来るの?」

 

「はい! タクミ様の魔法指導は大変分かりやすく勉強になります! 私の知らないこともよく存じ上げてらっしゃいますし」

 

 へえ。アイツ、ドクトゥス君には結構ちゃんとしてんのか……。

 

「拓光と仲村さんは……えっとぉ……モンスター相手に魔法の試し撃ちに……」

 

「タクミ様の新魔法ということですか!?」

 

「新魔法? ああ……そうなるかな。モウスさんに聞いて、ちょうどいいモンスター相手に試し撃ちしたいって言って……」

 

「そ、そうですか。是非とも拝見したいですが……今日はここから離れるわけにはいかず……残念です」

 

 ドクトゥス君はきっと拓光がものすごい新魔法の試射をしていると思っているのだろう……残念。石投げてるだけです。

 

「というわけで、オレはちょっと行ってみようかと思ってるんだけど……ドクトゥス君、モウスさんがどこにいるか分かる?」

 

「モウスなら執務室にいます。明日の準備もありますし……」

 

 そう言うと、ドクトゥス君は本当に悔しそうな顔でオレを見送った。

 いや、本当……石投げてるだけですって。

 

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