その26 左町さん、モテ期がくる

 朝起きると枕元にニクスさんが立っていた。

 そこが定位置なんですか? 守護霊じゃないんだから……。まあ、とりあえず挨拶か。


「お、おはようございます」

 

「おはようございます。昨晩はタクミ様がお部屋にいらしていたのですね」

 

「ああ、はい。あれ? アイツは?」

 

「タクミ様でしたら先に起きられました。「疲れてるだろうから起こさないように」と申しつけられまして、こうして待っておりました」

 

「拓光が?」

 

「タクミ様がです」

 

「ウソでしょ」

 

「……。お着替え置いておりますので。外でお待ちしております」


「分かりました。すぐ行きます」


 無言の間が拓光への忖度発言だと物語る。ニクスさん大丈夫。オレ、アイツにそんなこと期待してないから。

 ニクスさんが部屋から出て行くの見送り、一つ確信を持つ。

 とりあえず、ニクスさんはセブンセンスの刺客ということではなさそうだ。じゃなきゃ昨日の時点でられてる。

 拓光はそういうことを考えずにオレを部屋に残していったのだ。アイツ……昨日はなんの為にこの部屋に泊まったのか分かってないんじゃないか?

 それよりもだ……

 また寝れんかった。

 拓光の「彼女いますから」発言のせいだ。

 自分の命が狙われているのにも関わらず、仲村さんの色恋沙汰に動揺して寝れなくなるとは……正直どうなんだ? やはり仮想世界ということもあり、命を狙われているということに実感を持てないのだろうか。

 よくないな。今日は緊張感を持ってまいりましょう。



 ────────


 

 食堂に着き朝食をもらいに行くと、なにやら厨房の奥が騒がしくなった。お盆を持ったまま待っていると、奥から取り出してきたメニューにビックリした。

 こ、米だ! お米や!

 茶碗ではなく平皿に乗せられているが紛れもなくお米のご飯。そして、味噌汁! え? 味噌汁!? そして厚焼き卵という和食なメニューだった。他を見渡すといつものトーストなところを見ると、このメニューはオレだけの為に用意されたようだ。

 

「う、うおおお。な、なんで!?」

 

「サマチ様! ご満足頂けましたか!?」


 後ろを振り向くと、大男が……シルバが笑顔で立っていた。


「え? もしかして、これシルバ君が用意してくれたの?」


「ええ。タクミ様からこのような食事がお好みだとお聞きしまして……ヴァクヴァクという国の料理に似ていると、ここの厨房の者に聞き用意させました」


 シ、シルバ君! 急にいいヤツになって!

 正直、体感1ヶ月半ほど和食を食べていなかったので体が欲していた所だ。ほかほかご飯に味噌汁、卵焼き。正直漬物も欲しいところだがそれは欲張り過ぎ……


「あと、その者がこの黄色くて毒々しいモノもつけた方がいいと言うのですが……」


「たくあん!? いる! いる! 絶対欲しい!」


「そうですか。では、どうぞ」


 おお……家に居てもコレはなかなか……

 平日は時間ないからトーストとコーヒーだけ。

 コレは……コレは……

 日曜のちょっと豪華な朝食!

 

「いただきます」

 

 まずは味噌汁から……熱い汁を唇を尖らせ迎えに行く。ズズズ……っと啜ると、舌の根の両端に味噌の風味が広がる。ほっと一息つき、次はたくあん。口の中に放り込み、一噛みカリッ。そこへほかほかご飯をかき込む。ご飯にちょうど良いたくあんのしょっぱさを噛み締め、口の中からご飯が消えようかというタイミングで卵焼きを頬張る。たくあんのしょっぱさをを少し甘めに、ふわふわに仕上げられた卵が塗り替えていく。そこへ、またご飯。味噌汁! 卵焼き……ご飯! たくあん! ご飯……

 

「ごちそうさまでした」

 

「ご満足いただけたようでなによりです」

 

 美味しいとは一言も言わなかったが、食べる勢いを見るだけで理解出来たのだろう。あのいつも険しい顔をした大男がニコニコしている。

 

「大満足! ほんと、ありがとう! いやぁ、いいヤツだったんだなシルバ君! なんか大変だったんじゃない?」

 

「いえ。散々失礼な態度を取ったお詫びと思って下さい」

 

 シルバの好感度はカンストしたようだ。朝から至れり尽くせりで、久々に充実感を得ることが出来たのは非常に有難い。

 

「あの……シルバさん」

 

 ふと気付くと、シルバの後ろに若い女性が3人。話に割って入ってきた。

 

「どうした?」

 

 シルバはパルデンスでは幹部クラスの冒険者らしいのでこの3人はシルバの部下ということになるのだろう。仕事の話をするのであればお邪魔だろうから、ここらへんで……お盆も持って席を立とうとすると。

 

「私達もサマチ様とお話したいのですが」

 

「へぇあ!? お、オレ?」

 

 急に自分の名前が出たのでビックリして変な声が出てしまった。会社では若い子から話しかけられる時は大抵苦情だったりする事が多いので思わず身構えてしまう。

 しかし、この世界ではドクトゥス君やシルバ……後はニクスさんくらいしか絡みがないので苦情を言われるような覚えがない。もしかして、いい年こいたオッサンが仕事もせずに居候していると思われてるのか!? ……いや、オジサンこれでも就業中ですよ?

 

「はい! あ、私マルチって言います! こっちがキューで、こっちがハッチです。昨日のシルバさんとの訓練見ました! シルバさん相手に体術のみで勝っちゃう人なんて初めて見て……感動しました! 特に、あの最後の打撃なんて全然見えませんでしたもん」

 

 3人組の一人、マルチと名乗る女冒険者が興奮気味に話しかけてきた。どうやら、苦情ではないらしい。昨日のシルバとの闘いに感銘を受けたらしく「凄かったです!」とか「素敵でした!」とか「かっこ良かったです!」とか……悪い気はしないが褒められ慣れてないせいで、どういう顔をしたらいいか分からない。


「サマチ様。この3人はパルデンスでも体術を得意としている冒険者達です。昨日のを闘いを見てサマチ様のお話を聞きたいと申しておったのですが……」

 

「オレの話!? いやぁ……オッサンの話なんて退屈だと思うけど」


 シルバと闘った以外は女神と闘ったくらいだが、もう女神はいなかったことになっているし、彼女達を満足させるような武勇伝は持っていない。若い子が……特に別世界の若い子が満足できるようなエピソードはないんだが……。


「色々聞いてますよ。竜を素手で締め落とした後、手懐けて乗り回して世界を1周した話とかー。あと、攻めてきたレッドオーガの大軍を正座で並ばせて説教した話とか……オーガが多すぎて全員に説教を聞かせるのに5日かかったんですよね? あとー……」


「ちょ、ちょっと待て。なに!? 誰だ? そんなこと言ってんのは!?」


「え? みんな噂してますよ? これが最強の大賢者様の師匠の武勇伝だっ! って……」


 ひどいな……この世界にも東〇ポがあるのか?

 あまりに飛躍し過ぎた噂話にため息が出る。

 

「いや……そんなこと……」

 

 とここで言葉を止める。目の前で目を輝かせている、3人の少女達……わざわざ「そんな事実はない」などと言わなくてもよいのではないか。幸い(? )自分の年齢としは10万41歳という馬鹿げたことになっているのだし。数千……数万年前の話だと言えば確かめようもない……それになにより……

 

「そ、そんなこと10万年も生きてりゃ2度3度はあるっての。そんな大層な話じゃないよ。ハハハ」

 

「えー! もっと凄い話があるってことですかぁ!?」

 

 それになにより一度でいいから……若い子にキャッキャ言われてみたい! すまん……嫁。これ最後。最後のモテ期をオレにくれ。

 

「サマチ様! もっとお話聞かせて下さい! あ、そうだ! 今日酒場で一緒にお食事でもしながら……」

 

「おい。あんまり調子に乗ってサマチ様を困らせるんじゃない。明日は大事な闘技会を控えてらっしゃるんだぞ」

 

 キャッキャとはしゃぐ3人組をシルバがたしなめる。

 

「まあまあ。いいじゃないシルバ君。別にメシ食うくらい……」

 

 と言いながらも若干の下心が顔を覗かせる。

 なにせ仮想世界の女性……いや女性に限らず男性もだが美形が多いのだ。人々の理想を叶えるブルマインはこういう所でも理想通り。

 仲村さんがポリコレ上等でよかった。アメ〇カで作られてたらヒデーことになってそうだ。


「じゃあ、ほら。キューちゃん。ハッチちゃん。マルチちゃん。今日は4人で酒場で……へへへ」


 酔っちゃったら、もしかしてってこと……も……?

 と、ここで仲村さんの言葉を思い出す。

「左町さん、ハニートラップには気を付けてね」

 ハニートラップ……そう! ハニートラップだ!!

 頭の中でこだまのように響き渡り、自分の意識を冷静な域に引き戻す。女神のスパイは女神……つまり女性ということだ……これがいわゆるハニートラップでないという確証などないのだ。

 大事にしたい下心。しかし、もっと大事なのは自分の命だ。

 

「……っと、まあ冗談はここまでにして……オジサン明日に備えて休みたいからさ。シルバ君……すまないが彼女達をどこかに……今日から闘技会が終わるまでは集中したいんだ」

 

「申し訳ありません。サマチ様。さあお前達、聞いただろう。この続きは闘技会が終わり、その祝勝会の席で、ということだ」

 

 シルバに促され、3人組は残念そうに離れて行く。マルチは食堂から出て行く間際

 

「じゃあサマチ様! 祝勝会で! 絶対、約束ですよ!!」

 

 大声でこちらに語りかけた。それに軽く手を挙げて返事を返すと。名残惜しそうにではあるが食堂を去って行った。

 

 血涙。

 

 ああ、どうしよう。現実ではきっと二度と訪れないチャンスを棒に振ったのだ。今きっと自分は血の涙を流しているに違いない。こんな熱い涙が流れるのは初めてだ。今のできっと好感度はだだ下がりに違いない。

 

「ふう……申し訳ありません。ですが、さすがサマチ様……。明日のことのみに集中していらっしゃる……」

 

 くそ! コイツの好感度が上がっても……。


「ところで、シルバ君。パルデンスの冒険者の中で実力者といえば誰になるの? いや、まあドクトゥス君とかシルバ君は分かるとして」


 パルデンスの中にスパイがいるのだとしたら相当な実力者ということもありえる、なんせ女神なのだから。いや……スパイなのだから実力を隠してるやも……

 

「そうですな……後はモウスとマーレ……最近ではニクスといった所でしょうか」

 

「え!? ニクスさんて冒険者なの!?」

 

「ええ。ニクスは相当な実力者ですよ。ニクスをご存知なのですか?」

 

「え? うん……まあ」

 

 パルデンスのメイドさんなのかと……な、なんでオレの世話なんてしてるんだ?

 

「で。モウスさんは分かるとして……マーレさんはまだ会ったことがないんだよね」

 

 拓光から少し聞いてはいるが……褐色ボインのナイスバディねーちゃんということしか分からない。会ったことないし……

 とりあえず実力がある女性冒険者ってことでマーレには気を付けておいた方がよさそうだ。

 

「あ。左町さーん」

 

 声のする方に目をやると仲村さんがこっちに手を振っていた。あと、拓光も……。

 なんか会いたくなかった組み合わせでこちらに近づいてくる。


「やっと起きてきたんすかー?」


 拓光の朝の挨拶は先輩であり上司である自分に向けられたモノとは思えない、いつもの調子のものだった。

 コイツは……誰のせいで寝れなかったと思ってるんだ。

 

 

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