その19 左町さんは出世出来ない

 無数の石つぶてが襲いかかってくる。

 

「シルバさんは遠距離攻撃の魔法で戦うタイプじゃないみたい」とか言ってた仲村さんの言葉を思い出す。


 いや……魔法じゃねえけど……う、嘘つき!

 

 くっそ! 隠れられそうな遮蔽物は……ない!


 なら……




 ドガガガガガガ! という着弾音。

 避けられない。結界を張った様子もない。確実に当たった。石つぶてと同時に駆け出していたシルバは着弾時に舞い上がった砂煙に踏み込むと同時にガクンとバランスを崩す。

 穴?

 次の瞬間、シルバは頭部の左側面に衝撃を覚えた。

 穴の中心、砂煙から飛び出してきた左町から一撃を受けたのだ。



 やばかった……



 咄嗟に『英雄殺し』で穴を掘って、石つぶてをやり過ごした左町は、確実に当てたと思ったシルバが不用意に突っ込んできてくれたおかげで一撃入れることが出来た……しかし……



 効いてない?

 なに殴ったんだ今……人間の頭部の感触じゃねえ……

 

 

 シルバを見ると殴られた側頭部をポリポリとかきながらこちらを見据えていた。

 

「どうやった? こんな穴を一瞬で……音すらしなかったが……」

 

「話しかけんなバカ! ムキムキ!」

 

 近距離の攻撃が捌けるなら間合いは詰めるべきか?

 さっきのを連発されると、そっちの方がマズイ……

 なら……

 こっちから行く!

 

 距離を詰めて接近戦だ! 余計なことはさせないくらいに手を出して押し切る!

 

 シルバの懐に潜り込み近距離で打ち合いをはじめる。こちらは反射神経や反応速度があがっているおかげかシルバの攻撃を避けながらコンパクトに突きや蹴りを当てて行く。

 こちらの攻撃が効かないと判断したのか、シルバは大きめのモーションでこちらの脳天目掛けて拳を振り下ろしてきた。なんとか避けられたものの、その威力や凄まじく……拳で地面を割るほどだった。

 が、あまりに隙の大きい攻撃だ。

 体重を乗せた全力の右フックが再びシルバの左頭部を捉える。

 ゴッ! という鈍い音と共にシルバが仰け反った。


 行ける! 


 そう思い、追撃したのがまずかった。

 仰け反ったのは上半身だけで足はまだしっかりと残っていたのだ。シルバはそのまま身を捩って足刀のような形でこちらに蹴りを放ってきた。

 だが蹴りと呼ぶにはシルバの足と自分が接近し過ぎている。シルバはこちらの腹部を押し出すような形でそれを繰り出した。

 

 調子に乗りすぎた……これはもう避けられない。

 が、あの凶悪なメリケンサックパンチを食らうより全然マシ! 蹴りを食らうのは仕方がな……いぃい?

 

 腹部にとてつもない衝撃を受けるとこちらの思考ごと後ろに吹っ飛んだ。

 

「ぐぇ……」

 

 信じられないスピードでシルバから射出されると、20メートルは離れていた向かい側の壁が急激に接近してくる。


 か、壁に激突する……

 

 激突の間際、取り出した『英雄殺し』を壁に向ける。

 壁は一瞬ノイズが走ると、くり抜かれたように丸い穴を開けた。穴を抜けても勢いは弱まらず吹っ飛んで行くが、その間に態勢を立て直し地面に叩きつけられながらも、なんとかやり過ごした。


 うう……い、いってぇ……

 息が出来ん……吐きそう……死ぬ……


 アホか……オレは……蹴りを食らうのは仕方ない?

 あんな不完全な蹴りじゃなきゃ、終わってたぞ……

 まともに食らったら終わる……

 しかもマズイことに、こちらの攻撃は全然効かん!

 腕力は確かに倍になったかもしれんが……ウェイトが足りん……決定打にかける。

 どうする? あのデカイの……


 突っ伏したまま、シルバの方を見る。

 追撃してくる気配はなさそうだ。

 場外に出たら負け、みたいなルールだっけ?


 いや……警戒しているのか?


 あちらは脅威だと認識しているはずだ。

 それはそうだろう。足下に空いている穴。それに、叩きつけられるはずだった壁の穴だ。

 破壊されたわけではない。削り取られたわけでもない。

 音もなくただ消えた。消えたのだ。

 しかも予備動作なしに、いつでも瞬時に出せる。

 突きや蹴りによるダメージは与えられていないが……何発かあてることが出来ている。

 ならばおそらく……


 あの男はいつでも消せるのだ。この地面やあの壁のように……


 そういう考えに至っている。……はず!


 吹っ飛ばされた先で体のホコリを払いながらゆっくり立ち上がる。

 ホコリを払い終えた後、左右に首をゴキッっと鳴らして目の上をポリポリと掻くとシルバを見据えて訓練場に戻る為にゆっくりと歩き出した。そう……ゆっくりとだ。

 時間を稼ぐのだ。ダメージを抜く時間を……!

 ホントはギリギリ! 表情に出すな! 無表情にダリぃなぁ……って感じで。

 悟られるな! ホントは激痛で地面ゴロゴロしながら悶えたい! だなんて……

 ……腹部に感じる激痛、吐き気を必死にこらえ余裕を装う。

 訓練場のシルバの元まで戻ると


「なぜオレに使わん!」


 といきなり怒鳴られる。

 

「え? なに? 」


 蹴られてムカついてんのはこっちなんだけど……

 

「この穴を開けた技をオレに使えば終わっていただろう!」

 

「はぁ!? いやいや……命の取り合いではないって説明聞いてなかったの?」

 

「手を抜かれるなど……戦士に対して失礼だとは思わんのか!?」


 ブチッ

 

「戦士ぃ!? 知るか! ルールはルールだろ! お前のプライドなんか知るか! じゃあなにか!? ドクトゥス君が『はじめ』の合図言う前に攻撃するのもありだったのか!? それがルールだろ! 一見意味のないルールでも理由があるんだよ! 社会ってそういうもんなの! お前みたく自分の都合だけでクレーム入れてくるヤツはホント苦手! じゃあいい! わかった! ルール無用がお望みなら、そうしてやるよ! こい! かかってこい筋肉ダルマ!」

 

 こちらが言い終わると同時にシルバが飛びかかってきた。

 

 なぜ使わん? はぁ?


 さっきとは打って変わり、足を使い大振りな攻撃はなりを潜めている。

 試しに意味もなく手をかざすと、シルバは目を見開き横に大きく飛び退いた。


 いや、ビビってるし(笑) コイツ、ビビってるし(笑)



 戦士に失礼だとは思わんのかぁ? だって(笑)


 ……。


 とはいえ本当に使うわけにもいかない。そんなことしたらココにいられなくなる。

 だが、まともにやってても勝てない。この筋肉ダルマ、攻撃効かないし……こちらを警戒しだして不用意な大振をやめ隙がなくなってる。


 唯一、弱点があるならば、このお手本のような動きだ。

 基本が出来ている突きや蹴り。キレイで淀みなく、空手の『型』を見ているようだ。ゆえに……

 分かりやすい。

 まったくと言っていいほどダーティーさがない。

 武ではなくスポーツ。そこを突く

 練習試合とはいえ、これはもう喧嘩だ。手を抜くなというのであれば、やってやろうじゃないか。

 

 シルバの蹴りを後ろに飛んで躱した後、再び手をかざすとシルバはやはり大袈裟なまでに反応し、転がるようにして横にそれる。

 その様を見てニヤニヤ笑ってやると、シルバは顔を真っ赤にして膝をついた低い態勢から猛然と向かってきた。

 怒りで単調になり直線的な動きになったシルバの顔面、そこに大きめの右ストレートを放った。

 が見事に避けられ、シルバの左頬をかすめた……

 

 が、避けたはずのシルバは前のめりに、こちら側に倒れ込んでくる。

 

 そのままシルバは、倒れたままピクリとも動くことがなかった。

 決着だ。


 が、訓練場はシーンとしたままで誰もこっちに寄って来なかった。

 広い訓練場だ。遠巻きに見ている人間には、なにが起きたのか分からなかったのだろう。

 とにかく、やっと終わったのだ。

 ホントの所は全身激痛で叫びながら転がり回りたいところだが、大賢者の師匠という肩書きがそれを邪魔した。

 偉いってのも大変なんだなぁ……と出世コースから外れた左町は思うのだった。

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