その20 左町さんは痛いのが嫌い

「お、おーい。ドクトゥス君ー。終わったよー!」

 

 誰もこっちに来ないのでドクトゥス君を呼ぶと何人かを引き連れ、こちらに駆け寄ってきた。


「ど、どうなったのですか? 見ていても私には分かりませんでしたが……」


 ドクトゥス君と一緒に来たモウスが聞いてくる。


「シルバは……シルバは大丈夫なのですか?」


 ドクトゥス君はシルバが無事どうかが気になるようだ。

 まあ、なにがあったかも分からずピクリともしなくなったら心配だよな。しかし……ドクトゥス君には悪いが今はそれどころじゃあないんだよ。


「気絶してるだけだよ。どうやったかは……まあ、コイツが起きたら説明するよ。悪いけど、昨日から戦いっぱなしで疲れててね。なにせホラ……10万歳だから……ちょっと休ませてもらうよ」


「あ……はい! すいません! 配慮が足りませんで。ごゆっくりどうぞ」


「悪いねドクトゥス君……拓光! 仲村さん!」


 いまだ遠巻きにこっちを見ていた二人を呼ぶ。


「行くぞ」


「え、あ……はい。え? どこにっすか? 左町さん!」




 ────────




「左町さん! メチャクチャかっこ良かったよ! 私、格闘技とか興味無かったけど今日のアレほど見応えあるモノなんて、もう見れないじゃないかな!」


「っすよね? 凄ぇでしょ左町さん! 前の世界とかでもちょっとしたヤツは見てたっすけど身体能力が倍になるとヤバかったっすよ!」 

 

 左町は賞賛を送る二人に目もくれず、ただひたすらに黙々と歩いていく。

 後ろから付いきている二人……拓光と仲村は先程の闘いがよほど凄かったのか興奮さめやらず、やいのやいの騒いでいて、左町が一言も喋らずに歩いているだけということ気付いていない。部屋に着くと、左町はやはり無言のまま部屋に入り部屋の中央で下を見たまま動かなくなった。

 拓光と仲村の二人は、しばらくその事に気付かず盛り上がっていたが後ろ姿を見せたまま止まっている左町に仲村が気付いた。

 

「あれ? 左町さんどうしたん?」

 

「……ドアを……閉め……て」

 

「え? ああ。はいはい」

 

 左町に言われるがまま仲村ドアを閉めると、その直後に左町は膝から崩れ落ちるとそのままゴロゴロと床を転がり回り始めた。

 

 

「いっっっっっっってぇええええええええ!!

 ぐっぎゃあああああああああああ!

 痛っぇええええええ!

 くっそおおおおおおおおおお!

 バカじゃねえの!? バッカじゃねえのぉおお!? 」

 

「ちょ、ちょっと左町さん大丈夫?」

 

「あるかぁ! 大丈夫なわけあるかぁあああ!

 い、痛い!! 痛すぎて、もう!

 うっぎゃああああああああああ!! 

 アンタ! アンタなぁ! 痛みまでリアルにして、どうすんだ! ん!? 痛みまでリアルにぃい!

 現実より痛い! 現実より数倍痛いわ!! 」


 現役時代はケガだってした。なんなら骨折だってしたものだ。

 それに比べても痛い。全身激痛……特に腹はもう……

 すると仲村さんは

 

「痛みを伴わない暴力はよくないよ左町さん」


 なにキリっとして良いこと風なこと言ってんだ、この女!

 激痛に悶える男にかける言葉がそれか!


「拓光コラァ! お前は、もうアレ! 絶対!

 絶対許さん! 同じ……同じ目に合わせてやりぃいいいいいいいいいいいってぇえええ! 」

 

 いや、特に許せんのはコイツだ。もう絶対……絶対に許せん!

 


「えぇ……左町さん、せっかくカッコ良かったのに……そりゃねえっすよ」

 

「あ、ぐうううう……

 いや、おま……え……うううぐううううう……

 くっそ……

 仲村さん! 拓光を……コイツを! 魔法使え……るように!

 オレばっかりオカシイ……だろ! 」


 そう。オレばかり闘ってんのはオカシイ。

 とはいえ拓光は喧嘩の方は、からっきしの3級品だ。役に立たない。NPC相手にイキってるとはいえ反撃に出られると簡単にやられるし……そういや仲村さんにも一発KOされてたしな。

 だが、魔法が使えるというならば別だ。戦力になるかもしれない。


「え? 拓光君に魔法を? うーん……でもなぁ」


 仲村さんは口に手を当てて渋っている。拓光に気があるせいか? 公私混同も甚だしいぞ!


「いや! でもじゃない! オレばっかり痛いのは嫌だ! コイツも痛い目に合わせてやりたい!」


「え~……部下を巻き込んで痛い目に合えとか……何らかのハラスメントっすよ。っていうか、結構余裕だったじゃないっすか?」


 余裕……だと?

 人があんだけ派手に吹っ飛んだのを目の前で見て、よくそんな感想が出るものだ。


「よ、余裕に見せてたんだよ! クソやせ我慢して! とにかくお前、運動神経いい方じゃないんだから使えても損なんてないだろ!? なんか簡単な……限定的に1つか2つくらいでもいいから出来ないの? 仲村さん!」


「うーん……エフェクトがあんまり派手じゃなければ……まあ1つくらいなら使えるように出来るかもしれないね。それでもいいなら今日にでも……」


「さすが! 仕事が早い! じゃあそれで! 異論ないな!? 拓光!」


 エフェクトとやらのことはよく分からんが……拓光が参戦できるならそれでいい。多少痛い目に遭ってもらわないと釣り合いが取れない。

 それに昨日のようなこともある。狙われるのはオレだけとは限らないのだがら拓光にも自衛の手段を持たせるべきだろう。


「まあ魔法は使ってみたかったんで、オレはそれで構わないっすけど……あ、そうだ。左町さん、話は変わるんすけど……」


「話変えんな! そもそもお前のせいで……いっつつ……くそ……マジで痛ぇ……」


「いや、でも……ほら、闘技会もう明後日っすよ? どうします?」


 う……闘技会には出たくないな……

 かと言って、時間がもうない。やぶれかぶれで突っ込んで行くにも情報も戦力も足りない……。


「左町さん。やっぱり闘技会でやっちゃうってのが一番じゃないっすかね? ほら1対1で武器ありルールだし……」


 思案を巡りらせ始めたところで拓光が恐ろしい事を提案してきた。


「まあ、今のところそれしかないかもねー」


 その恐ろしい案に仲村さんまで同調する。他人事だと思って簡単に言ってくれる……

 正直、考えなかったわけではない。闘技会のルールは各パーティーから選ばれた3人1組、3対3の勝ち抜き戦だ。確実に1対1になれるうえに武器使用が認められるのなら、これ以上のシチュエーションは望めないかもしれない。だが……ヨシミツ以外ともサシで勝負ってことになると……


「絶対イヤ!」


 女神セブンの力は未知数だが、他の仮想世界のラスボス級と考えると今のオレでは力不足だ。山を消し飛ばし、海を割るほどの力を、前の3つの世界では見てきた……身体能力2倍程度では太刀打ち出来ない。

 しかもだ……オレはすでに女神から命を狙われているのだ。確実に殺しにかかってくるに決まっている。仮想世界だからって死ぬのは勘弁だ。本当に死ぬ可能性だってあるのだから。

 

「仕事で命までかけられるか!」

 

「え? でも……こっちにはドクトゥス君がいるんだし、ワンチャンあるんじゃないかな」

 

「ドク……トゥス君?」

 

 そ、そうか……現時点、この世界でのプレイヤー側の最大の敵はドクトゥス君になるのか。

 あくまで、この世界の主人公はヨシミツであり、その最大の敵……いわばラスボスがドクトゥス君なのだ。この世界に来て自分が闘うことになって勘違いしていた。

 

「オレが闘う必要がないってことか……」

 

「いや、闘わなくていいってことはないっすけどね」

 

「どういうことよ?」

 

「闘技会のルールは3対3の勝ち抜き戦でパーティーの代表者が大将っすからね。運良く1回戦からセブンセンスと当たるならいいっすけど、そうじゃないなら他のギルドとも対戦しなきゃっすよね。それでなくても先鋒は左町さんっすから」


「え? 先鋒なのオレ……?」


「え、だってさっきシルバぶっ倒したじゃないっすか。あれって、闘技会で自分の出番がないってシルバが怒ってたからで……そしたら、まあ勝った左町さんが先鋒ってことになるっすよね」


「きぃいいいいいい!!」


 拓光に飛び掛かり首を絞めた。「ちょっと、なにするんすかー」という拓光の言葉がよけいに癪にさわる。

 

 謝ろう。謝りに行こう。

 拓光を絞め落としてから、シルバに謝って「お前がナンバーワンだ」って言いに行こう。

 

「ちょ、ちょっと左町さん。ほんとに、なにしてんすか?」


 拓光が呑気に声をあげる。

 両の手に力は入らず、オレはただ、うなりながら拓光にのし掛かっていた。

 

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